この世の理、それはすなわち―― お題:熱い味
「あなたが本当に私のことを愛しているのならカンタンでしょう。あの方との約束を破ることなんて」
美しい横顔を月のように傾けて、彼女は窓際で気持ちよさそうに夜空を仰いだ。
ちぎれた雲の隙間から夜風が舞い込むと、淡い栗色の髪が柔らかく宙に浮かんだ。
その流麗さはまるで名工による細緻な彫刻品のようであり、すっかり男の心を魅了していた。
「……神に逆らえば、山が怒り、大地が割れ、海が荒れます」
「さよう。だが、それがどうした。私はあの肉を口にしたいといっている」
「ですが神様はあの羊に深く寵愛を与えていらっしゃる」
「だからこそ、私は求める。蹂躙したいのよ、神の秘匿する肉の味を」
「どうやら、あなたさまは悪く酔っていらっしゃる」
「あなたがやらないというのなら、もう私は口をきくつもりはない」
「それはご無体な」
男がうろたえると、女がすっと横目を流した。
「でも、あなたが羊を奪い、暗闇に紛れて屠殺し、その肉を鉄に乗せ、あらんかぎりの火を持って、私の舌に最高の状態で堪能させてくれるというのなら、今度は私が肉の脂ようになってあなたの隆々とした筋骨を籠絡してみせましょう」
「……」
石床に視線を落とし、男は黙り込んだ。
新調したばかりの石はいつのまにやら傷やら汚れを纏っている。
男と神は親友だった。
神の悲しむ姿はみたくはない。
だが、そうして懊悩する様子に、女は口の端をほころばせて笑みを浮かべた。
そして男は走って行った。




