惨夜
琉詩葉が、悲鳴にも似た声で叫んだ。
「冥条流蠱術『ダーク・バースト』!」」
ぼちゅっ!!
おお、次の瞬間、電子レンジで加熱された卵の様な異音……不気味な炸裂音をたてて裂花の左肩が、まるでザクロのように爆ぜた。
「うぐぁぁぁぁぁあああああああ!!」
血飛沫を撒き散らしながら左肩をおさえて琉詩葉を振り払う裂花。
血と肉片に混じって彼女の肩から湧きあがるのは、わんわん羽音を立てて黒煙を成す琉詩葉の徒ダークレギオン。
『ダーク・バースト』!
敵の体内に直接羽虫の雲霞を注入し内側から破裂させる禁断の技。
冥条琉詩葉最凶最後の、まさに必殺蠱術であった。
「や……殺っちゃった……」
地面に投げ出された琉詩葉は、絶叫をあげながら身悶えする裂花を見て、恐怖に震えた。
「ひうう……れ、裂花ちゃん!あなたが悪いんだから……あんなことするから、つい!」
苦しみ悶える裂花を眼前に、琉詩葉が地面を這いながら金切声を上げる。
恐怖から解放された安堵と取り返しのつかない事をした悔恨が綯い交ぜになり、目からは止めどなく涙があふれだした。
だが……
「そ……そんな!」
泣きぬれた琉詩葉の頬がひくついた。安堵が、更なる恐怖に変わった。
「うぅぅぅぅ……ぉぉぉぉおおおお!」
何故だ。裂花は斃れない。
ざっくりと裂けた左肩からは背後の樹木まで見え、左手は皮一枚でつながって、今にも地面にもげて落ちそうになってるというのに!
「血だ……血が足りない!」
裂花が凄まじい形相で琉詩葉の方を向いた。
「いっ……いっ……!」
恐怖に竦んで言葉も出ない琉詩葉。
ざわあ!
裂花の黒髪が再び狂おしくうねると今度は琉詩葉の全身に絡まり付いた。
ミミズのようにのたくって琉詩葉の肌をまさぐる黒蛇。
「ひぅぁぁぁぁあああああ!」
己の身に起きている事に気付き、今度は琉詩葉が絶叫した。
なんたるおぞましさか。裂花の髪が、琉詩葉の肌に喰い込むと、その先端に小さな口歯を生じさせ彼女の生き血を啜り始めたのだ。
ぐちゅっ!ずじゅっ!じゅちゅるるるるる。
いやらしい音を立てて琉詩葉の手足を吸う魔縄。
「あっ……ああ……」
既に琉詩葉は恐怖に自失。成す術なく全身を痙攣させながら、目は虚空を見据えている。
「ふぅぅぅぅうううううぅぅぅぅうううううううぅ」
琉詩葉を啜りながら、裂花は朱の唇を舐めて喜悦の声を上げた。
おお見ろ、先程爆ぜた裂花の肩を。
破れたセーラー服からのぞく彼女の肩の穴は、既にふさがり傷は消え、滑らかな肌が闇にさらされているのみである。
恐るべきは裂花の特異生態よ。
彼女の豊かな黒髪は常人のそれではなかった。それ自体が独立した生命活動を営む漆黒の線虫なのだ。
自然界には共生と呼ばれる、異なった種類でありながら密接な関係を構築して相互の利益獲得を図る生物群がいる。
例えばアブラムシはその身から泄物する甘い液体を食餌としてアリに与え、アリはその代償にアブラムシを天敵から守る。
イソギンチャクはクマノミに隠れ家を提供しクマノミは見返りに動きに制約のあるイソギンチャクに餌を運び、クリーニングでその体を清浄に保つ。
裂花と魔虫の関係も正にそれなのだ。
裂花は黒髪魔虫に移動と食餌の手段を提供し、魔虫はその見返りに裂花に尋常ならざる生命力、回復力を与える。
二種にて全きに達した怪物。まさに自然界の驚異であった。
「琉詩葉ちゃん、あんな大技を隠していたなんて、ちょっと見なおしたわ」
再び冷静さを取り戻した裂花が、痙攣する琉詩葉を見つめながら凄絶に嗤う。
「だからこれが『お返し』……さっきより痛いけど、我慢してね。」
裂花が琉詩葉の耳に口を寄せて囁いた。




