大昆虫空中決戦
「わちゃー、なんかしっちゃかめっちゃかな事になっとるねー」
空中の『プルートウ』から校庭を見渡して、琉詩葉が呆れ顔で言った。
各所が焼け焦げた校庭に立つのは、疲弊しきった獄閻斎、エナ、天幻寺。
彼らの秘術になおも屈さず、憤怒の眼で琉詩葉を睨めあげるのは、赤金の巨龍、七部衆『棲舞愚』。
屋上には傷ついた担任の魔衣。そして、学園の上空に異容をさらして浮ぶのは漆黒の奇岩城『ルルイエ学園』だった。
「め……冥条さん……!?」
琉詩葉を見上げてエナが呆然。欠席していたクラスメートの、とんでもない『復帰』に開いた口が塞がらない。
「琉詩葉様、よくぞご無事で!」
普段はクールな影執事天幻寺も、その美貌に喜びの色を隠せなかった。
「琉詩葉!『蠱毒房』の行、よくぞ耐え抜いた!」
地上の獄閻斎がウルウルしながら孫に叫んだ。
「さあ!新たな『使徒』と共に、こいつをやっつけるんじゃ!」
老人が『花殺め』で棲舞愚を差して琉詩葉に言う。
「わかってるって、お祖父ちゃん!まったく孫使いが荒いんだからー!」
琉詩葉は地上の巨龍を見下ろして、ニヤリと笑った。
「ぐぬうう!虫けら如きが、舐めるなぁ!」
そう言って琉詩葉とプルートウを見上げた巨龍棲舞愚。彼の口腔から再び紅蓮が滾った。
ごおお!
巨龍の吐きだした劫火の渦が、琉詩葉向かって一直線。
紅蓮が甲虫に命中。炎がプルートウの鼻先に騎乗した琉詩葉を包んだ、……と見えたその時。
ぼしゅうう
棲舞愚の放った炎が、プルートウの角先で二つに割れた。
「おお!あの技は!」
地上で目を見張る獄閻斎。
プルートウの角先に生じた金色の光の衝角が、劫火を二つに断ち割って、空中に散らしている。琉詩葉は無傷だった。
「プルートウ・インファナル衝角!」
甲虫王の手綱を引いた琉詩葉が、得意げに叫んだ。
「虫けらがバリアーだと!小癪な真似を!」
怒りに歯噛みした巨龍が、深緑の翼を大きく羽ばたかせた。
ばさり。棲舞愚の体が校庭から浮き上がる。龍が怒りに燃える眼で口から炎を漏らしながら猛然と空中のプルートウに迫って来た。
「空中戦か……ならば!」
琉詩葉が甲虫の手綱を引いた。
「インファナル加速!」
びゅんっ!プルートウの体節の各所に形成された推進装置から生じたジェット噴射。甲虫は瞬時に加速すると大空に舞い上がった。
「おのれ逃すか!」
風を切り、巨大な翼を撓らせて甲虫に追いすがる棲舞愚。
どん!どん!どん!
巨龍の口から、燃え滾る火球の三連発。紅蓮のプラズマ火球が、プルートウの翅を、琉詩葉のすぐ脇を掠めて行く。
「まずい……振り切れないか」
甲虫の後尾にぴたりとついた棲舞愚を振り返って、琉詩葉が顔を曇らせた。
「ならば……制動エン旋回!」
琉詩葉が手綱を引いて叫ぶ。
びゅん!推進装置が角度を反転させて推動。プルートウの体が空中で急停止して、その角先が巨龍に反転した。
「なにい!」
驚愕の棲舞愚。咄嗟に甲虫の体を避けようとするも、小回りの利かない棲舞愚の巨体は勢い余って甲虫に衝突した。
ばちいいいん!プルートウの正面に形成されたインファナル衝角が、棲舞愚の胸を強打する。
激突した両者は、もみ合いながら地上向かって落下していく。
「今だ!プルートウ!」
がし。甲虫が、六つの脚で巨龍の体を押さえこんだ。
「ぐごおお!放せぇ!」
ぼおお。棲舞愚が再び琉詩葉むかって口腔から放火。だが炎はインファナル衝角に阻まれ琉詩葉には届かない。
ぴたり。プルートウの頭角の先が、巨龍の頭に照準を定めた。
ばくん。黒々と屹り立つ角が、二又の真中からぱくりと割れて、内部から露出する金色に輝く砲門。
「プルートウ……インファナル鉄槌!」
琉詩葉が渾身の力で手綱を引いて叫んだ
びゅーーーん!
「が……!」
巨龍の怒号が途絶えた。
プルートウの角から発射されたフォトン・ブラスターの一撃、金色の必殺光線が、棲舞愚の頭部を直撃したのだ。
「か、勝った!」
琉詩葉の握った手綱が緩む。だが……!
びゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅびゅ……
「嘘!」
琉詩葉が目をむいた。
棲舞愚に命中したフォトン・ブラスターが、巨龍の頭部に吸い込まれていく。
「ばあえ!いあうあをひぁあいほぉおえい、ほんあおおぁひうあえあうあぁーーーー!」
棲舞愚が、燃える眼で琉詩葉を睨んでそう言った。
なんということだろう。巨龍が己が口で必殺光線を、インファナル鉄槌を咥え取り、噛みちぎり、飲みこんでいく。
雷撃の効かない棲舞愚の体には、フォトン・ブラスターの一撃もまた致命の技たりえなかったのだ。
「ひぃえぇ!ふううぇ!」
琉詩葉の目の前で、巨龍が大顎を開いて炎眩を漏らした。
「ま……まずい!」
狼狽する琉詩葉。フォトン・ブラスターを発射するため、すでにインファナル衝角は解除している。
絶体絶命、だがその時!




