琉詩葉参戦!
魔衣の『月光唱歌』が棲舞愚を凍らせていく。
死の子守唄が、遂に巨龍を討ち果たすか?
校庭に立つ獄閻斎達は、白い魔氷に覆われて行く棲舞愚の姿を、固唾を飲んで見守っていた。
だが、その時。
「あぁ!」
歌が途切れ、屋上から魔衣の悲鳴が響いた。
何が起きた?悲鳴の元を見上げて獄閻斎は目をこらした。
魔衣が、屋上の縁に立った美貌の教師が、右手をおさえて苦しげな顔。
なんということ。その手に突き刺さっていたのは、黒鉄色に不吉に輝く、十字手裏剣だった。
何者かの放った特殊な投擲武器が、広げられた魔衣の右手を刺し貫いたのだ。
「何者!」
魔衣が美しい顔を怒りに歪めて、空を仰いだ。
見上げた先には、雷雲を背にして空中にたなびく方形の影。
しゅ!しゅ!しゅ!
影の中から教師向かって矢継ぎ早に降ってくる、十字手裏剣の雨あられ。
「くっ!!」
咄嗟に飛び退って手裏剣の雨をかわす魔衣。
おお、目を凝らして見れば、方形の影の正体は、巨大な『凧』だった。
黒雲の切れ目から洩れた日の影となって、その姿は見えないが、凧に乗った何者かが空中から屋上の魔衣を攻撃しているのだ。
「うかつ!助太刀か!」
獄閻斎が憤懣に燃える眼で大凧を仰ぐ。
老人は懐より己が棒手裏剣を取り出すと、空中の凧に向かってはっしと投げ打った。
「冥条流焔術、『緋礫』!!」
獄閻斎一声。途端、棒手裏剣から真っ赤な炎が噴き上がる。
灼熱の焔弾と化した手裏剣は、ぼうぼうと風を切りながら、空中の大凧に正確に命中した。
次の瞬間。
ぱああああああああん。
七色の灼炎を撒き散らして、大凧が爆ぜた。
「ああ!」
エナと電磁郎は、頭上の異色に息を飲んだ。
炸裂した大凧が空の黒雲に咲かせたのは、七色の燦爛。大輪の花火だった。
凧に乗っていたはずの敵は、花火と共に微塵と砕けたかに見えた。だが……
「手裏剣!火遁の術!これは……忍者の技!」
花火を見上げる獄閻斎の眼は依然として厳しかった。
頭上の敵は、この大輪に紛れて姿をくらませたのだ。
「棲舞愚!いつまで呆けている!こんな目晦しも見抜けぬとは愚鈍な龍め!」
校庭に響く姿の無い何者かのくぐもった声。
「ぐ……!ごぉおおお!死郎、かたじけない!」
棲舞愚の咆哮。魔衣の歌が途切れ、その身を覆う氷は溶け、巨龍は、再び自由を取り戻していた。
「許さんぞ女!一秒で死ね!」
棲舞愚、そう叫ぶなり間髪いれずに、
ごおおおおおお!
その口から、紅蓮の劫火を屋上向かって吐きつけた。
「うぅ!」
屋上で傷ついた魔衣めがけて、猛火が迫る。
絶体絶命、だがその時!
びゅーーーーーーーーーん!
突如、巨龍の正面の地面が、二つに裂けた。
校庭を割って吹き上がった金色の光の奔流が、巨龍の炎をもまた二つに割って、空中にかき散らした。
「なんだと!」
棲舞愚が驚愕に吼えた。
ずずずずず……
地鳴りとともに、校庭が、揺れた。
「何か……来る!」
エナは振動に足を取られないよう踏みとどまりながら、揺れる地面に目をやった。
どかーーーん!
爆音と共に、土煙を上げて、校庭に大穴があいた。
「おお!」
獄閻斎が驚嘆の声。
校庭の大穴から空中に飛び出してきたのは、棲舞愚に、この巨大な火龍に劣らぬ体躯の、黒々とした巨大カブトムシ。
『蠱毒房』の甲虫王、『プルートウ』だった。
「へへ~!お祖父ちゃん、お待たせ~!」
見ろ。空飛ぶ甲虫王の頭角にまたがって、手綱を引きながら獄閻斎を見下ろしているのは、アメジストの杓杖を携えて紅髪を揺らした一人の少女。
琉詩葉だった。
「おお……!よくぞ戻った、琉詩葉!!」
感極まった獄閻斎が、鼻をすすりあげながらそう叫んだ。




