戦火のローレライ
ぴしゃり!
暗雲から放たれた稲妻が、棲舞愚の巨体を直撃した。
「ぐがぁああああああ!」
銛に繋がれ雷に撃たれ、苦痛に校庭を転げる赤金の巨龍。
だが、その動きには弱まる気配が全くない。
なんという怪物だ!地獄の劫火も、稲妻の鉄槌も、この龍に対しては致命の攻撃たり得ないのだ。
エナは眼前で暴れる巨龍の姿に、再び身震いがした。だが……
ばちばちばちばち!
何かがおかしい、巨龍の全身から飛び散る金色の火花が、雷撃の名残りが、一つ所に集まっていく。
「くそーーー!暴れるなって!こいつーー!」
暴れる巨龍の背後から、野太い声が聞こえた。
「あぁ!」
エナは気付いた。
金色の雷光の集まっていく先は、不気味に撓る棲舞愚の長い尾の先端。
その先端に掴まっていたのは……
「電磁郎先生!」
思わず声を上げたエナ。
無茶苦茶に振り回される巨龍の尻尾に、必死でしがみ付いていたのは、テンガロンハットを目深にかぶった生活指導主事。電磁郎だった。
左手に握られているのは『裁きの教鞭』。革製の鞭を龍の尾ビレに巻き付かせて、どうにか振り落とされないでいる。
そして右手には……!
右手には、棲舞愚の全身から集まって来た雷撃の輝きが集中していく。
ぐぐ!
教師が、右手の中に形成された光の束を固く握りしめた。
次の瞬間、その手に在ったのは金色の火花を煌かせた、ひと振りの光の刃。
電磁郎の秘術、『雷光剣』だった。
「でーーい!天幻寺!もっとしっかり押さえとかんかー!」
電磁郎が眼下の影にそう叫んだ。
「無茶を言うな電磁郎殿、こっちはこれで、精一杯!」
龍の影から天幻寺の声。
ずずずずず。
「執事さん!」
エナは目を見開いた。
おお、暴れ回る巨龍の影から立ち現われた長身麗躯の天幻寺。
その両脇に抱えているのは、彼の身の丈と同じくらいある、巨大な二挺の銛打ち銃だった。
これが、天幻寺夜斗の秘術、『虚式影法』だった。
あらゆる事物に生じた影に潜泳し、敵の間隙を討つ影界潜行者。狙われた標的は逃れる術の無い恐るべき暗殺の技だ。
ぐん!
天幻寺が、手元の銛打ち銃から伸びた縄を、大きく引いた。
鋭いアンカーで棲舞愚の腹と足に食い込んだ銛が、巨龍を再び地面に引き寄せる。
「おのれえ小癪な!」
怒りに燃える棲舞愚が、その身を再び、大きくのけぞらせた、その時、
「今だあ!」
一瞬のタイミングを逃さなかった電磁郎。
振り回された尻尾から、巨龍の背中に跳び移り、更には一足跳びに、その頭頂に駆けあがった。
「七部衆『棲舞愚』討ち取ったり!」
棲舞愚の頭上に立った電磁郎。
教師は、そう叫ぶなり、右手に構えた金色の雷光剣を、巨龍の脳天めがけて振り下ろした。
「しまったぁ!」
愕然の棲舞愚、必死で頭を振って電磁郎を振り払おうとするも……
ぐさり!肉を抉る音、雷光剣が深々と巨龍に突き立てられた。
「やったか……」
目を輝かす電磁郎。一瞬肩の力が抜ける。だが……
「ぐおおおおおお!」
棲舞愚が咆哮して、頭部を無茶苦茶に振り回した。
うわあ!電磁郎、たまらず龍の頭部を転げ落ち、その体は校庭に、怒りに燃える棲舞愚の正面に投げ出された。
なんということだ。
大揺れの頭部で足を取られた電磁郎の雷光剣は、龍の頭頂を逸れて、その鼻先に突き刺さっていた。
「やってくれたな、童ども……!」
龍の残忍な眼が、憤怒に爛々。
ごおお。雷光剣の突き刺さった鼻先から、大きく裂けた口から、炎の息吹きが漏れ始めた。
「ぐうう、逃げろ!電磁郎殿!」
棲舞愚の腹の下から銛を引き、必死で龍の巨躯を繋ごうとする天幻寺。
だが彼一人の膂力ではそれもかなわなかった。
「消え去れゴミムシ!」
棲舞愚がその顎から、電磁郎に向かって劫火を吐かんとする。まさにその時!
……おやすみなさい 坊や 冷たく凍った腕に抱かれて
栗鼠も眠りました 兎も眠りました 狼も 梟も 椋鳥も 蛙も
雪虫たちが舞い飛ぶここで 覚めているのは あなたとわたし ふたりだけ
おやすみなさい おやすみなさい 坊や わたしの凍った腕に抱かれて……
なんだ?
巨龍は辺りを見回した。歌だ、猛火の戦場に、歌が流れている。
優しげだが、凛として冷たくも聞こえる女の歌声が、哀しげな調べにのって校庭中を渡っていく。
「おお、これは、まさか!」
立ちあがった電磁郎は、龍から逃げるのも忘れて、歌声の元を辿った。
「この歌……!」
エナは、うっとりと頭上を仰いだ。
ああ。歌声の主は、校舎の屋上に立っていた。
雷光瞬かす暗雲を背に、屋上の縁に可憐に佇んでいたは、一人の女。
両手をひろげて空を仰いで、夢見るような表情で歌っているのは、青磁色のスーツも艶やかに映る美貌の教師。
エナのクラスの担任で学園の音楽教師、昏樹魔衣だった。




