出陣!夜見の衆
「緋獄嵐流!!」
ぱちん。
抜き放たれた日本刀『花殺め』の切っ先から、瞬間、火花が散った。
とたん、ぼおおお。
着流しの老人の目の前に吹き上がった、真っ赤に渦巻く三本の火柱。
「焔は城!焔は石垣!」
獄閻斎が刀を振るって号令。
見ろ。彼の声に応じるように、火柱が老人の正面に集結し、寄り合わさると、一個の巨大な焔壁を形成したではないか。
ぼふう。
おお。棲舞愚の吐きだした劫火が、焔壁に阻まれて、濛々と散った。壁の後ろに立つ三人は無事だ。
「ぬうう!」
棲舞愚が、炎を吐きながら呻く。
龍の吐く紅蓮を、人が紅蓮で防ぐとは!爬虫の三日月の様な目が、怒りでさらに細まった。
「緋獄特攻!!」
獄閻斎さらに一声。焔壁が、炎の舌で地面を舐めながら、校庭を前進し始めた。
なんと、焔壁は龍の炎を阻みながら、徐々にその形状を変え、棲舞愚の巨体を包囲する紅蓮の円筒になった。
「なにぃ!」
気付けば、一瞬で攻勢から守勢に。蝙蝠の羽を震わせた巨龍の瞳に焦りの色。
「灼熱滅殺!!」
獄閻斎が『花殺め』を振って叫んだ。紅蓮の円筒が一瞬でその径を縮め、棲舞愚の巨体が劫火に包まれた。
「ぐおおお!」
我が身を包む猛火に、棲舞愚が驚愕の咆哮。
「何度見ても、恐ろしい……!」
電磁郎は、着流しの老人の背中を畏怖の念で見つめた。
冥条獄閻斎、焔の秘術。
適当な点火装置と空気さえあれば、いかなる場所であろうと灼熱の炎を起こし、相手を焼き尽くす火獄の技。
まさに老人の名乗った斎号そのもの。地獄の裁きを世に在らしめる紅蓮の劫火だった。
だが……ばさり!
棲舞愚が、炎に包まれた蝙蝠状の翼を、大きく羽ばたかせた。
巨龍の体を包んでいた炎が、見る間に千切れて、熱風に乗って獄閻斎に襲いかかった。
「いかん!」
獄閻斎、咄嗟に飛び退って炎をかわすも……!
「ぐはは!まったく片腹痛い、炎で俺と張ろうなど、一万年早いわ!」
棲舞愚が、耳まで裂けた顎を開いて笑いながら、悠然と老人向かって迫ってくる。
なんということだ。獄閻斎の炎を払った龍の翼にも、赤金色の鱗にも、焦げ目ひとつ付いていない。
「うかつ!焔が効かぬとは!」
さしもの老人も狼狽に顔を歪めた。
「いけない!ツイスター・F……」
背後のエナ、槍を杖にし前に出て、必死で竜巻を繰ろうとするが、
「あ、あれ……」
エナはガクリと校庭に膝をついた。切られた右肩からの出血と、二度まで放った竜巻の大技で、すでに彼女の体力は限界に達していた。
「そんな……」
力の入らぬ自分の手足に、エナが無念の呟き。
「老いぼれ!わしの炎を防ぐとは、ちょっとばかり驚いたぞ!ならば……」
棲舞愚が獄閻斎とエナの前に聳えて笑う。
「この手で引き裂くまでよ!」
龍が、長い鉤爪を生やした右の前足を振り上げた。
絶体絶命。その時だ。
ずぶり。
校庭を引っ掻く棲舞愚の左の前足から、鈍い異音。
「ぐぅおおお!」
巨龍が苦悶の声を上げて、左前足を見た。
どういうことだ。いつの間にか棲舞愚の前足を貫いているのは、校庭から生えてきた、銀色の刺。
「おお!」
獄閻斎は目を見張った。刺はよく見れば、先端に鋭いかえしのついた銛。
捕鯨などに用いられる巨大な銛が、まるでそこから生えてきたように、巨龍の足を地面から貫いている!
ずぶり。
怪事は続いた。
棲舞愚が校庭に落とした己が影、その影の中から、更にもう一本の銛が飛び出して、鱗に覆われていない巨龍の腹に突き刺さった。
「ぎゃおお!」
堪らず悶えうつ棲舞愚の巨体。凄まじい絶叫が校庭に響きわたった。
校庭から伸びているのは銛に繋がれた図太いロープ。巨龍は二本の銛で地面に繋がれた。
「電磁郎殿、今だ!」
巨龍の影の中から、聞き覚えのある声。冥条家執事、天幻寺の声だ。
「応よ!天幻寺!」
電磁郎の猛り声。
「あ……!」
思わず背後を振り向いたエナ。つい先程までエナの傍らにいた生活指導主事の姿は、すでに消えていた。
ゴロゴロゴロゴロ……
空を見る間に暗雲が覆い、雷鳴が響いた。




