巨龍襲来
獄閻斎の手のうちから放たれた、目にも止まらぬ白刃一閃。
しぱん!空を切る音。
「いぅう!」
少年の呻き。
なんということ。正確無比な老人の剣は、彼の孫娘よりもさらに幼い少年の喉を、真一文字に切り裂いたのだ。
「獄閻斎様!」「理事長先生!」
獄閻斎の背後で昂っていた電磁郎とエナも、老人の放った情け容赦ない一撃を目の当たりにして、思わず体が竦んだ。
「おうぅぅ!」
裂かれた喉を手で押さえて、後ずさる少年。
堪らず校庭に斃れるかと見えた、だがその時。
「なぁんてね!」
少年の声が校庭に響き渡った。
あ……!電磁郎とエナは空を見上げた。声の聞こえた先は、頭上の岩塊、ルルイエ学園だ。
「ではこいつは!」
地上の少年に目線を戻した電磁郎。
見ろ。獄閻斎に斬られた少年を。
小さなその体は、四肢の先からボロボロと崩れ落ちると、灰色の土塊と化かして校庭に砕け散ったではないか。
「やはり目晦ましか!」
厳しい眼で空を仰ぐ獄閻斎。
「理事長、開戦の合図、確かに受け取ったよ」
笑いながら遠ざかっていく少年の声
「僕も今すぐ戦いたいところだけど、まずは『彼』が独りで闘りたいって言うんだ……みんな、遊んであげてよ!」
そう言って、少年の声が消えた、次の瞬間。
ごおおお。風の巻く音。チラチラと、日が陰った。
「何?」
エナは顔をしかめて、太陽の方を見た。
ばさり、ばさり。何かの羽ばたく音。
霧の晴れた校庭むかって、朝日を背にして、何かが飛んで来る。
「うぅ!」
エナは顔をそむけた。
上空から、火の粉を帯びた熱風が吹きつけてくる。熱風はエナと電磁郎、そして獄閻斎の体を、容赦なく叩く。
まだ寒々しい校庭の桜の枝が、熱く乾いた風に撓った。
ばさあっ!
おお。巨大な翼をはばたかせ、ついに嵐の源が聖痕十文字学園に降り立った。
「う……うそ!」
エナは左手で口を覆った。
「ぬうう!」
驚愕に言葉もない電磁郎。
校庭に立ちつくした三人を、緑に燃える眼で睥睨する赤い影。
見ろ。蝙蝠の様な深緑の翼で日を遮り、赤金色の鱗に覆われた三階建ほどもある爬虫の巨体。
やって来たのは、巨大な龍だった。
「邪神廟七部衆が一番槍、素舞愚見参!」
龍が、耳まで裂けた口から真っ赤な炎を漏らしながら、そう名乗った。
「なんと!」
獄閻斎もまた、驚きを隠せなかった。
ルルイエ学園代表選手七人の先鋒は、人ですらなかったのだ。
「ぐははは!『夜見の衆』如きこのわしだけで、まとめて灰にしてくれるわ!」
素舞愚と名乗った龍が、三人を舐めるように見まわしながら、地獄から轟く様な重声で流暢にそう言った。
爬虫が……人の言葉を話す!二度驚きの電磁郎。
だが、オウムを飼った事がある方ならおわかりだろう。言葉を仕込まれた彼らオウムの鳴き声は、まさに人間の声と聞き違う程である。
あるいは、昼の日中に公園のベンチで一日、辺りを飛びまわるカラス達とお話し続けてみるがよい。
一週間もすればカラスと貴方の間には、日本語で『こんにちは』『またお前か』『ばーか!』『逃げろ!』くらいの、簡易な会話が成立しているはずだ。
まして鳥の先祖である爬虫類の王者龍、鳥の数百倍の脳髄を擁する彼ならば、人語を解し話したところで、さしたる不思議は無い。
ぼおお。素舞愚が、大きく息を吸いこんだ。
「いかん!電磁郎、炎浄院、さがれ!」
慌てた獄閻斎が背後の二人に号令。だが次の瞬間、
かっ!
開かれた龍の顎から、炎が迸った。三人に迫る劫火。
「冥条流焔術、『緋獄嵐流』!!」
獄閻斎が咄嗟に刀を抜いて、そう叫んだ。




