ルルイエ学園
「炎浄院!大事はないか!?」
校庭に飛びこんできたエナに駆け寄る電磁郎、彼女を気遣う教師に、
「大丈夫です轟龍寺先生、でも、奴らが、コータくんを!」
悔し涙の乾く間もなく、折れた槍を杖代わりにして体を支えながら怒りに燃える眼で空を見るエナ。
なんと。校庭を、聖ヶ丘の山腹を、白い闇で覆っていた異様な濃霧が、一つ所に、聖痕十文字学園校庭の上空に収束していく。
「……来おったか!」
霧の晴れ行く朝礼台に立つ獄閻斎、彼は頭上を仰いで忌々しげに呟いた。
なんという異様な光景か。学園のすぐ眼と鼻の先に浮きあがった乳白色に蠢く巨大な雲の塊。
「コータをさらった奴ら……!」
ブレザーを鮮血で濡らした少女が、雲の塊を見上げて憤怒の形相で呻いた。
「姿を現せぇ!ツイスター・FⅢ!!」
傷ついた体を槍で支えながら、なおも闘志を滾らせてエナが叫んだ。
ごおおおおおお。
先程エナが作り出した竜巻よりも、更に凶暴な大竜巻が、上空の雲海を直撃する。
「ぬうう!」
竜巻に吸い上げられそうになる体を屈め、必死で踏みとどまる電磁郎。
見ろ、竜巻に吸い上げられ、撒き散らされた霧に中から姿を現した異形を。
まるで『ピレネーの城』だ!エナは息を飲んだ。
だが姿を現した『それ』は、彼女が連想したシュールレアリスムの画家の作よりも、遥かに冒涜的で忌わしい姿をしていた。
それは、ゴツゴツとした真っ黒の、宙に浮く巨大な岩塊だった。
だが、ただの岩ではなかった。岩に生じた無数の亀裂からは、エナを襲いコータをさらった粘つく触手が何本も生えて蠢き空中をのたうっている。
そして岩塊の頂上に聳え立っているのは、岩と同様これまた漆黒の石造物。
岩塊から直接削り出したのだろうか。中世の古城を思わせるその巨大建築は、幾何学的にありえない角度で構成された見る者を狂気の淵に引きずり込みそうになる、おぞましい異貌を空中に晒していた。
『ルルイエ学園』がやって来たのだ。
「ぎゃあぎゃあぎゃあ」
響き渡る怪鳥音。岩の亀裂から、蝙蝠のような羽をはばたかせた、何十匹もの無貌の怪人達が飛び出してきた。
「ぐじゅあ~~~!」
校門から姿を現したのは、先程コータが封じたはずの、巨木の様な蹄の怪物。
さらには岩塊から生えた蛸足が、再び上空からズルズルとその手を地上に伸ばしてくる。
「ぬうう!夜見の衆!出陣じゃ!」
獄閻斎、杖を構えて激しい一声。
電磁郎は鞭を撓らせ、天幻寺は影に潜行した。エナは、傷ついた体を必死で支えながら、なおも竜巻を繰らんとする。
だが、その時。
「待ってよ、理事長!」
校庭に凛と響いた一声。
「あ、あれは!」
エナが目を見開いた。空中でエナを襲った影。間違いない、あいつの声だ。
声の主は少年。岩塊から伸ばされた触手に乗って一人校庭に降りてきたのは、半ズボンにブレザー姿も初々しい、まだあどけなさの残る紅顔の美少年だった。
「何奴!」
鞭を構える電磁郎に……
「電磁郎、待て!」
そう背後から彼を制した獄閻斎。
老人は朝礼台から降りると、まっすぐに少年のもとまで歩いてきた。
「理事長、久しぶりだね!」
少年は獄閻斎を見上げると、楽しくてたまらないといった風でそう言った。
「大牙……やはりお前か!」
苦虫を噛み潰したような表情で、獄閻斎はそう答えた。




