円卓のせつな
「『蠱毒房』の王にして甲虫達の上主、プルートウよ!」
眼帯の少年が、巨大なカブトムシを見上げて言った。
「冥条琉詩葉は試練を乗り越えた!闇蜘蛛の眷属を屠り去り、五蠱大将軍を討ち果たした!」
少年はつかつかと甲虫の下まで歩いていくと、真っ赤な複眼を指差した。
「この女は蠱毒房の最難関、『地獄行』を修めた!約定に従い百八の『蠱石』を授け、こいつを地上に還せ!」
カブトムシの頭角から漏れる死光の奔流が少年の銀髪を揺らす。だが彼は臆せずそう言い放った。
「ソウハ……イカヌ……」
琉詩葉の頭の中に、しわがれた声が響いた。
信じられない、琉詩葉はカブトムシを見た。『プルートウ』の声だ。あの甲虫は、人と『念話』するのだ!
「我ラヲ戒律デ縛レルノハ蠱毒房総長、地虫蛞蝓丸ノミ!ダガ今ヤツハ、ココニオラヌ」
『プルートウ』は少年を見下ろしてそう言った。
「約条ハ無効ダ!我ガ臣下ヲアレダケ殺サレテ、アノ小娘、コノママ地上ニ還セルカ!」
甲虫の複眼が、怒りでチラチラと燃えている。
「奴ハココデ消炭ニシテクレル、我ヲ止メル事ハ適ワヌゾ!『円卓ノせつな』、オ前デアロウト!」
甲虫は、輝く頭角の砲門を、少年に向けた。
「やばい!零距離!逃げてー!」
石畳にへたり込んだまま少年の背中に琉詩葉が叫ぶ。あの間合いでブラスターをかまされたら、避けようがない。
だが少年に動じる様子は無かった。
「やれやれ、蛞蝓丸の手前、できれば穏便に片を付けたかったが、所詮は虫ケラか……」
『プルートウ』から一歩も引かず、少年は唇の片端を歪めて続けた。
「『理非なき時は、鼓を鳴らし、攻めて可なり』!約定の『蠱石』、琉詩葉に渡さぬと言うのなら、『お前』を頂いて行くぞ!」
そう言って少年は、眼前に突きつけられた甲虫の砲門に、己が掌底をぴたりとかざした。
「人ゴトキガ、笑ワセルナ、クラエ『冥府ノ鉄槌』!」
『プルートウ』がそう相言うなり……
びゅーーーーん!
再び、フォトン・ブラスターの一撃。少年に突きつけられた頭角から必殺の熱線が放たれた。
金色の光の奔流に飲み込まれる少年の体。
「いやー!」
琉詩葉の悲痛な叫び。だが……
どういうことだ?
甲虫の放った熱線が甲虫自身の眼前で、まるで見えない傘に阻まれた放水器からの水射のように、四散して、飛び散っていく。
飛び散る光の中心に立っているのは、無傷そのものの少年。
彼のかざした掌底が、『プルートウ』の『冥府の鉄槌』を防ぎ、切り裂き、周囲に拡散させている!
「ナ……ナニ……!」
『プルートウ』のしわがれた声に焦りの色。
「『冥府の鉄槌』……なかなかの威力だが、そんなものでこの俺の命の煌きを消すことはできんぞ!」
鉄槌を片手で防いだ少年が、そう言ってもう片方の手を左目の眼帯に遣った。
ぎらん。
なんということだ。背後の琉詩葉には見えなかったが、眼帯を取って見開かれた少年の瞳の異様さよ。
甲虫の放ったフォトン・ブラスターの、更に何倍もの眩さの金色の光が、その瞳から溢れだしたのだ。
光の奔流が『プルートウ』の熱線を押し返し、封じ、甲虫自身の巨大な体をも包みこんでいく。
「バカナ!昆虫ノ王タル我ガ、人ゴトキニ!」
『プルートウ』の断末魔が琉詩葉の頭に響きわたる。
「す、すげ~!」
想像を絶する少年のパワーに唖然とする琉詩葉。
「貴様の命、異界の戦に捧げてもらう!使役せよ昆虫王……『円卓の獄門』!」
少年はかざした掌底を握って叫んだ。
ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ。
見ろ。光に包まれた巨大甲虫の体を。
砲門を頂いた頭角が、黒々とした甲殻が、みるみるうちに収縮し凝集していく。
ころん。
ついには、巨大な『プルートウ』の体は朧に光る小さな塊になって、冷たい石畳に転がった。
『プルートウ』を封じた少年は、再び左眼を眼帯で覆った。
金色の奔流が急速に消えて行き、辺りは再び闇と静けさを取り戻した。
少年は石畳に転がる『プルートウ』を拾い上げた。
それは、金色の燐光をまたたかす、カブトムシをあしらった小さなブローチだった。
「冥条琉詩葉、いつまでそんなところに座っている?来い、時間がないぞ!」
少年は、琉詩葉の方を向いて、そう言った。
「あ……ありがとう!助けてくれたんだ」
立ちあがった琉詩葉が、頬を赤らめて少年に礼を言う。
「勘違いするな、お前の為ではない!地上で始まった戦に、お前の力が必要なだけだ」
少年が冷たく言い放つ。
「戦?君って一体……その制服も、どこの学校?」
首をかしげる琉詩葉に、
「俺の名は『せつな』、呪われし鬼神の番人『如月家』の当主にして、学園監視機構『聖魔の円卓』の盟主だ」
少年は、そう名乗った。




