蟲使いと少年
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……
地鳴りと揺れがようやく収まると、今度は震源と思われる神殿の奥から、何か別の音が聞こえてきた。
車のエンジン音のようなその音は、琉詩葉とナメクジに向かって一直線に近づいてくる。
「また敵!?もう、いっぱいいっぱいなんすけど……」
涙目で闇の奥に目を凝らす琉詩葉。彼女向かって飛んでくる、小さな赤い、二つの光点。
「あ……」
琉詩葉は息を飲んだ。エンジン音ではない。翅音だった。
「や……やばい!逃げるぞスリザー!」
光点の正体を知った琉詩葉が、必死にナメクジに叫ぶ。
「ずにゅる……」
琉詩葉を再び背中に乗せて、その場から走り去ろうと震えだすヤミナメクジの体躯。
だが、時は遅かった。
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……
キチン質の巨大な翅で周囲の空気を震わせながら、屹立する石柱の間を縫って『それ』が琉詩葉に迫ってきた。
一対の複眼を真っ赤に輝かせ、凄まじいスピードで飛んできたのは、まるで黒光りする空飛ぶ蒸気機関車。
ヤミナメクジの更に二倍に達しようかという体躯の、巨大な、カブトムシだった。
「ぎゃお~~ん!」
まるでコントラバスの様な恐ろしい重低咆哮をあげながら、カブトムシがナメクジに衝突した。
ずがががが!
空飛ぶ巨大甲虫の体当たりをまともにくらい、石畳を転がるヤミナメクジ。
「うわ~~!」
琉詩葉は成す術なくナメクジの甲羅にへばりついている。
「ずにゅ~~!」
どうにか体勢を立て直したナメクジが、石畳に着陸して翅を収めたカブトムシを睨む。
甲虫に向けられた四本の触角が、ブルブルと震えだした。
びゅっ!軟体生物の頭部から放たれた必殺の溶解液が、甲虫めがけて飛んで行く。だが……
じゅん。なぜだ、漆黒の溶解液はカブトムシに達する前に、空中で瞬時に沸騰、蒸発した
なにが起こったのだろう、琉詩葉には眼前で起きた事が理解できなかった。
ばくん。さらに驚くべきことが起きた。甲虫の頭部に黒々と屹り立つ角が、二又の真中からぱくりと割れた。
角の内部から露出したのは金色に輝く、砲門だった。
「ぎゃお~~~ん!」
必殺の気概と共にカブトムシが、ナメクジの頭部に己が角先の照準を定めた。
びゅーーーーん!
光が、迸った。琉詩葉は眩しさに顔をそむけた。
なんと、カブトムシの頭部砲門から放たれたのは、金色に輝く熱線!
じゅん!
フォトン・ブラスターの一閃はナメクジの頭部に命中。頭部は一瞬で蒸発し消滅した。
「そんな~!ダーク・スリザー!」
石畳に崩れ落ちるナメクジの背中から飛び降りながら、琉詩葉が叫ぶ。
だが、使徒の敗北を悲しむ暇など無かった。
巨大甲虫が金色の砲門を、今度は琉詩葉に向けたのだ。
びゅびゅびゅびゅびゅ……
不気味な装填音と共に輝きを増していく甲虫の頭角。
「万事休すか……」
へたりこむ琉詩葉。だがその時。
「やめろ!プルートウ!」
金色の死光に照らされた神殿に響きわたる、凛とした一声。
「え……?」
思わず顔を上げた琉詩葉の眼の前に、
たん。
一体何処から現われたのか、立っていたのは一人の少年。
純白の詰襟に輝いている金鎖の装飾。白々と闇に靡く艶やかな銀髪。
端正なその貌は、だが怪我でもしているのか、その左目を覆っているのは真っ黒な眼帯だ。
「冥条琉詩葉!三日三晩の戦い、よくぞ耐え抜いた!」
甲虫の放つ金色の光の奔流を背に負って、少年が琉詩葉に言う。
「え……なに、君、いつのまに……?」
思いがけない事態にドギマギの琉詩葉。
「お前を、大冥条の跡取りと認めよう!ヤツとは、俺が話をつける」
そう言って美貌の少年は妖しく笑うと、カブトムシの方を向いた。




