戦慄!昆虫パニック
「どひゃ~!」
柱から飛びかかってきた者の姿を見た琉詩葉は、悲鳴をあげた。
『それ』は、真っ黒で毛むくじゃらの、子犬ほどもある、巨大な蜘蛛だった。
「ぎしゃ~!」
八つの眼玉を赤く光らせた黒蜘蛛が、大きな顎で琉詩葉に噛みつかんと飛んでくる。
幼いころから蠱術に親しんできた琉詩葉だ。
爬虫昆虫の類をむやみに恐れるタマではないが、さすがにこれにはビビる。
「でーい!」
咄嗟にスクールバッグで黒蜘蛛を払い落す琉詩葉。
ぞろり。石畳に転がった蜘蛛。だが黒蜘蛛は、バネ仕掛けの様に瞬時に跳ね上がって体勢を整えるや否や、
すごい速さで琉詩葉の足元に跳び寄ると、彼女の細い脚を這いあがってきた。
「ちょまっちょまっ!」
たじろぐ琉詩葉。だが……
ずぶり。黒毛に覆われた蜘蛛の腹部を、錫杖の先端が貫いた。
琉詩葉もまた、無為に蜘蛛を待っていたわけではなかった。
「ダーク・バースト!」
暗闇に響く琉詩葉の一声。
ぼちゅっ!
次の瞬間、蜘蛛の体が膨れ上がって、粉々に、爆ぜた。
緑灰色の汚らしい体液が、琉詩葉に降りかかりその手足を濡らす。
だが琉詩葉は決然。
わああああああん!羽音と共に彼女の体を包む黒い雲霞。
錫杖から湧いた琉詩葉の徒、ダークレギオン。
「う~!この技、やっぱエグすぎる!新しい『必殺技』考えないと……」
顔をしかめながら錫杖を構える琉詩葉。
ぞろり。ぞろり。闇が蠢いた。
柱の陰から、石畳に穿たれた穴から、何十匹もの黒蜘蛛が這い出て、琉詩葉に迫ってきた。
「ノコタン、隠れてて!」
金色のつちのこを呼びよせる琉詩葉。ぴきゅう。ノコタンは再び彼女のスクールバッグに身を潜めた。
ぴょん、ぴょん、ぴょん!
琉詩葉向かって一斉に飛びかかってきた、黒蜘蛛軍団。だが、
「ダーク・シールド!」
琉詩葉が叫ぶ。
わああん!彼女の体を覆うレギオンが、吹き荒ぶ虫嵐が、蜘蛛の行く手を阻んで琉詩葉を守る。
「喰らい尽せ!」
なおも琉詩葉に襲いかかる蜘蛛達を、錫杖で貫き、引き裂き、すり潰しながら、そう命じる琉詩葉。
人相手では加減の難しい『ダークレギオン』だが、今は遠慮している場合ではない。
羽虫の軍団は、蜘蛛達に集ると、鋭い顎で蜘蛛の体に噛みつき、潜り込み、内側から喰らい始めた。
だが蜘蛛の勢いは止まらない。柱から、床から、羽虫に臆せず次々に襲いかかる黒蜘蛛ども。
「あーもう!きりがないよ~!」
琉詩葉、蜘蛛達を千切っては投げ、千切っては投げ!
「ぎしゃ~」「ぶうううううん」「もう蜘蛛はやだ~!」
暗闇の神殿に、蜘蛛たちの阿鼻叫喚とレギオンの羽音、琉詩葉のボヤキが、いつまでも鳴りやむことがなかった。
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はあ、はあ、はあ。
どれくらい戦い続けただろうか。
石畳には何百体もの蜘蛛の残骸が散らばり、力尽きた羽虫達もまた、そこかしこに死骸の山を積み上げている。
最後に立っていたのは、琉詩葉。
レギオンの全編隊を投入し、自身も血飛沫を浴びながら戦い抜いて、どうにか黒蜘蛛軍団を殲滅したのだ。
「か、勝った……」
もう体力の限界。羽虫も一匹残らず使い果たした琉詩葉は肩で息をしながら血塗れの石畳にへたり込んだ。
だが……
ぎちぎちぎちぎち。
柱の奥から、巨大な体節の擦り合わさる不気味な音。
「もう無理!勘弁して~~!」
涙目の琉詩葉の前に這い出てきたのは、琉詩葉の数倍にも及ぶ体躯のジャイアント・ムシリーグ。
カマキリ、カミキリムシ、コガネムシ、クワガタムシ、マイマイカブリら巨大昆虫連合軍だ。
すでに立ちあがるのも儘ならない琉詩葉にゆっくりと迫ってくる昆虫連合。
絶体絶命、だがその時。
ぼおおおおお。琉詩葉の右手の錫杖、『招蠱大冥杖』が、これまでにない強い光を放ち始めた。
「こ……これは!『レベルアップ』した?」
光を見つめて戸惑う琉詩葉。黒蜘蛛の血を存分に吸った大冥杖が、琉詩葉に更なる蠱術を伝えようとしている。
「ふふふ……きた!『新必殺技』!クールなヤツかましちゃうよ!」
土壇場で最後の一手。
疲労困憊の体に鞭打ってどうにか立ちあがった琉詩葉は、それでもなお不敵に笑いながら、昆虫達に錫杖を向けて叫んだ。
「冥条流蠱術、『ダーク・スリザー』!!」
ずにゅるるるるるる!琉詩葉の足元から、『何か』が湧いた。
※蜘蛛は昆虫ではありません。




