のこたん再び
「どわ~!」
大冥杖に引っ張られて祠に飛び込んだ琉詩葉を待っていたのは、地下深くへと続く急傾斜のスロープだった。
スロープを何処までも何処までも転げ落ちていく琉詩葉の悲鳴が、暗闇の中にこだました。
ばさっ!突然、琉詩葉の体が宙に舞った。スロープが途切れて、空中に投げ出されたのだ。
「でー!」
湿った風が彼女の紅髪をゆらす。墜落する……?
「まずい!」
琉詩葉は咄嗟に受身の構え。
ごろん!
次の瞬間、琉詩葉の体が冷たい石畳の上に転がった。
「あ痛つつつ……!もーお祖父ちゃん、いきなりなんなのさ!」
起き上がって周囲を見回す琉詩葉。明かりは無く、目の前は真っ暗だ。
「明かり明かり……」
琉詩葉は、右手の大冥杖をかざした。
錫杖はすでに琉詩葉を誘うのを止め、今は彼女の意のままだ。
錫杖にあしらわれたアメジストが、ちらちらと瞬き始めた。
ぼおおお。大冥杖の先端にぼんやりと紫色の灯りがともる。
「なんなの、ここ……!」
紫光に照らされて浮びあがった光景に、琉詩葉は息を飲んだ。
そこに広がっているのは、まるでいつか何かの本で見た、外国の古代地下神殿を思わせるような壮麗な光景だった。
闇の中を等間隔で立ち並ぶ無数の巨大な石柱が、錫杖の光の届く限り、何処までも延々と連なっている。
石柱が支えていると思われる天井は、どれほどの高さに在るのだろう。明かりは届かず闇の中だ。
「ぬぬ!」
琉詩葉はすぐ手前にある柱を見上げた。何かが彫られている。
よく見ればカマキリ、カブトムシ、クワガタムシといった様々な昆虫のレリーフが、黒大理石と思われる柱の全面にびっしりと刻まれている。
「『蠱術』の修行場か、嫌な予感しかしないんだけど……それにしても……」
琉詩葉は、開いた口がふさがらなかった。
「ここって、ほんとに学園の下?」
各所におかしな仕掛けの多い聖痕十文字学園だが、まさか、地下にこんなものまで!
琉詩葉は振り返って、自分が転がり落ちてきた壁のトンネルを見上げた。
あそこから地上に戻れるだろうか?だめだ、高すぎる。壁をよじ登るような足掛かりも、道具も無い。
「あーもー!別の出口探さないと!」
あても無く歩き始めた琉詩葉。その時、
もぞり。突然、琉詩葉の脇腹を何かがつっついた。
琉詩葉が小脇に抱えたスクールバッグが、もぞもぞと動いているのだ。
ぴきゅぴきゅ。
バッグの中から何かの鳴き声。
「でっ!忘れてた!」
あわててバッグを開けた琉詩葉の眼の前に、
ぴきゅ~!
中から飛び出したのは、筆入れ程しかない、小さな金色のつちのこ。
電磁郎との立ち合いで琉詩葉が偶然召喚したこのUMAは、
なぜかそのまま彼女に懐いてしまい、戦いの後も琉詩葉から離れないのだ。
「ごめんごめん、ノコタン、苦しかった?」
そう言って琉詩葉は、つちのこを手に取ると、石畳に放してやった。
「お?」
琉詩葉は目を見張った。彼女の周りをコロコロ転がりながら、『ノコタン』の体が、ぼんやりと金色に光り出したのだ。
「きゅっきゅっきゅ~!」
ノコタンが、彼女を離れて、闇の中を前進し始めた。金色の光が黒い石柱や石畳に照り返っていく。
「んー?ついて来いってこと?」
琉詩葉は、つちのこの後を追って『神殿』の奥に歩き始めた。
「まったく、やっと電ちゃんに勝てたのに……」
一人ブツブツ言いながら、闇の中を進んで行く琉詩葉。
それにしても……琉詩葉は先程の落下で手足についた擦り傷を見て思う。
あの高さから投げ出されて、このくらいで済んだのも、電磁郎との『特訓』の成果だろうか。
以前はあれほど手を焼いていた電磁郎の『教鞭』も、今朝は易々と見切る事ができた。
「へへ……成長したってこと、あたし?」
急速に治っていく手足の擦り傷を見ながらニマニマの琉詩葉。
生まれつき持っている人並み外れた回復力が、更に増したようだ。
「おーい!だれかおらんかー?」
校庭での勝利を思い出し、傷の治りに気を良くした琉詩葉。
そう大声で周りに呼びかけながら、闇の中を進んで行った。
今なら、どんな相手にでも勝てそうな気がする。
だが琉詩葉の甘い考えは、数秒後には吹き飛ばされた。
「ぎしゃ~~!」
柱の奥の闇から、金属を擦り合わせるような不気味な鳴き声。
がさがさがさがさ。琉詩葉に近づいてくる『何か』の足音。迫りくる足音の出所は、一ヵ所からではなかった。
前から、右から、左から、上から。
「あぇ……上から?」
琉詩葉は、立ち並ぶ石柱を見上げる。
「ふおぉ!」
息を飲む琉詩葉。柱に、何か、とまっている!?
「ぎしゃ~~!」
石柱を伝って下りてきた巨大な黒い影が、琉詩葉に飛びかかってきた。




