世界開始のとがの御伝え
「琉詩葉、お前の手に持ってるそれは何じゃ?」
獄閻斎が琉詩葉に言う。
「え?……招蠱大冥杖、『蠱術』の触媒」
アメジストの錫杖をかざして訝しげに答える琉詩葉。
「ではこれは?」
獄閻斎がパチリと指を鳴らす。
ぼおお。一瞬、空中に燃え上がった紅炎。
「それは……お祖父ちゃんの『焔術』」
熱気から顔をそらして答える琉詩葉。
「電磁郎の『雷光剣』は?」
「あれは……電ちゃんの特異体質」
「では天幻寺や魔衣の……まあいい、キリが無いわい」
獄閻斎が質問をきりあげた。
「事程左様に、全ての人間は持って生まれた、あるいは訓練で培った自分だけの『秘術』を使うことができる」
彼は学園を囲む街並みをぐるりと見渡して、そう言った。
「我々冥条家は、特にその才に秀でた家系、琉詩葉、お前もそうじゃ」
獄閻斎が琉詩葉を見て言う。
「現に特別の訓練を課さずとも、お前はその錫杖で多くの蟲どもを操ることができる、だがな琉詩葉……」
獄閻斎が続けた。
「冥条家に伝わる古文書にはこう記されておる、はるか昔、我々人間は『秘術』など持っていなかったというのだ」
彼は遠い眼でそう言った。
「ふ~ん、随分不便だったんだね、『決闘』の時とか、どうするんだろ?」
いまいち実感の湧かない琉詩葉。
「でもじゃあ、いったい『秘術』って、いつから使えるように?」
琉詩葉は首をかしげて尋ねた。
「おそらくは、『大崩壊』の後じゃ」
「『大崩壊』?」
琉詩葉、聞き慣れない言葉に、またまた頭が?で埋まっていく。
「そうじゃ、古文書『冥条家死法儀式』に曰く……」
獄閻斎が重々しく言った。
「遥か昔、世界は一度、粉々に砕けて消え去ったというのだ」
「世界が砕けた……消えた……なんで?」
息を飲む琉詩葉に、
「わからん、この世を統べていた荒ぶる神々の、怒りとも、気まぐれとも伝えられておる」
獄閻斎もまた首をかしげて答えた。
「だがな、それを哀れんだ一柱の女神がいたのだ、この世界を愛でていた女神がな」
獄閻斎は空を仰いで言った。
「女神は、砕けた世界の欠片をよせ集めた、そしてそこから、新たな世界を再創世した……」
彼は再び琉詩葉を向いて言った。
「それが、今の我々の『世界』じゃ……人間が『秘術』を持つようになったのは、その時からと言われておる」
「ほ、ほほ~!でも、一体なんで?」
いきなり明かされた世界設定に困惑気味の琉詩葉。
彼女は老人に更なる疑問をぶつけた。
「女神の力が足りなかったためじゃ、新しい『世界』は、砕ける前の世界ほど丈夫ではなかった……
脆くて、傷だらけで、ちょっとしたことで、すぐに再び崩れて消えそうになったという……そこで、女神は一計を案じた」
神妙な顔で獄閻斎が言う。
「『世界』の中に生きる我々人間全てに、ほんの少しずつ、女神自身の力の一部を分け与えたのだ、
『世界』を内側から守り、繋ぎ、一に保てるようにな……その力が……『秘術』じゃ」
「ず……随分フランクってゆうか、人頼みってゆうか、いいかげんな女神さまだねー」
あきれ顔の琉詩葉。
「でも、そのおかげで、あたしたちも『秘術』が使えるんだ!」
琉詩葉は少し嬉しそうだ。
「なんて名前なの?いいかげんな『そいつ』!」
そう訊く琉詩葉に、
「『まりか』様……古文書にはそう記されておる」
獄閻斎はぽつりと答えた。




