影執事天幻寺
「オラオラ冥条!あと校庭十周!」
「ひーん、もう勘弁してよ電ちゃーん!」
放課後の学園、竹刀片手の電磁郎が朝礼台から琉詩葉に檄をとばす。
獄閻斎のお墨付きをもらった彼は、これまでの鬱憤を晴らすかのように連日、暗くなるまで琉詩葉をしごき上げていた。
ジャージの琉詩葉、涙目で校庭を周回している。
「耐えよ琉詩葉、電磁郎の教練で根を上げるようでは、『十文字蠱毒房』の業、とても生きては乗り切れぬ」
理事長室から沈痛な面持ちで校庭を見下ろすのは冥条獄閻斎。
その手には、琉詩葉から取り上げたアメジストの錫杖、『招蠱大冥杖』が握られている。
「天幻寺、戻ったか……」
校庭に目を遣ったまま老人が呟いた。
「はは、獄閻斎様、天幻寺はこれに」
獄閻斎以外は人影の見えない理事長室に夜斗の声が響いた。
ずずずずず。
これはいかなることか、理事長室を赤々照らす夕陽が床に落とした、獄閻斎の長い影。
血色の床に生じたその黒影から、水面を割って浮き立つように、一人の男が生えてきた。
老人の影から立ち上がったのは天幻寺夜斗。美貌の青年は長身痩躯を優美に屈し老人にかしずいた。
「天幻寺、わしにもはっきり判るようになった……この世の境を潜行する『奴ら』の妖気……戦まであと数日」
夜斗を向きもせず獄閻斎は厳しい声で言った。
「獄閻斎様、仰せの通り夜見の衆、既に戦支度は整えております、電磁郎と魔衣も戦意充分、あとは『司厨士』殿のお帰りを待つのみ」
そう答える夜斗。穏やかだが凛然とした青年の声。
「うむ……残るはお前だ琉詩葉、夜見の頭領たる大冥条家、その跡取りとして戦いの先陣に立つのはお前……」
老人は今一度校庭を見下ろして言った。
「耐えよ、琉詩葉……」
「それにしても獄閻斎様……」
老人に問う夜斗。冷静そのものの彼の声に、わずかに険が生じた。
「裂花とかいう女、なぜ今まで学園で野放しに?あのような妖怪一匹、お命じ下されば、すぐにでも……」
青年は顔を伏したまま歯がみした。
「落ちつけ天幻寺、先の戦でかろうじて『奴ら』を退けたのも、あの女の力添えあってのこと……我らは裂花ともまた、浅からぬ縁があるのじゃ」
答える獄閻斎の声は暗かった。
「かしこまりました……ですがあの女、今度また、琉詩葉様にあのような狼藉を行うなら……私は……」
憤懣を噛み殺すような声をたて、ふたたび獄閻斎の影に沈んでいく夜斗。
「裂花、何故我らを助ける……何を考えておる……」
残された老人は一人呟いて、落ちかかる陽を眺めた。




