三十:宴
「気にしないでください。俺たちのターゲットが、たまたまグラノスだったというだけですから」
「それでも……っ! 我らはジン殿に救われたという事実は何ら変わりません……っ! やはり伝承は正しかった。貴方様こそ、古くから伝わる大英雄に相違ありません……っ!」
「え、えぇ……それは、そうですね……」
面と向かって「大英雄」と呼ばれても全くしっくりと来ないが……。
まぁ自分が撒いた種だ。そこは我慢するしかない。
「感謝の気持ちを込めて――ささやかながら、村を挙げての宴を開きたいと思います」
するとそれに真っ先に反応したのはスラリンだ。
「う、宴っ!? た、食べるっ!」
「こら、スラリン……宴は食べるものじゃないぞ……?」
彼女の頭の中では宴=肉という等式が成り立っているようだ。
あながち間違いではないが、それはやや性急過ぎだ。
「もちろん、肉に酒――そのほか我が村伝統の料理をいくつもご用意させていただきます!もしよろしければこの後、お時間を少々いただけないでしょうか?」
(ふむ……)
スラリンとリューの期待に満ちた目と、何よりもグーッという腹の音が何よりも雄弁に「宴に出たい!」と叫んでいた。
「えぇ、それは大丈夫ですが……本当にいいんですか? この二人はかなりの大食いなのですが……?」
俺がスラリンとリューに目をやりながらそう言うと、ジグザドスさんは顔をしわくちゃにしながらニッと笑った。
「えぇ、もちろんでございますとも! 何でも好きなだけ、仰ってくださいませ!」
その瞬間、二人は目を輝かせながら、前のめりになった。
「ぃやったーっ! リンはね! お肉がいーっぱい食べたいな!」
「……たくさんの肉を……所望するっ!」
遠慮を知らない二人は早速、ジグザドスさんに注文を付け始める。
「スラリン、リュー、お前らはもう少し遠慮と言うものをだな……」
俺がそうしていつものように二人を嗜めようとすると、
「遠慮だなんて、とんでもございません! 何でもお好きなものを仰ってください。できる限りのものをご用意させていただきます!」
ジグザドスさんは胸をドンと打って、自信満々にそう言った。
「あ、あの、ジグザドスさん? この子は本当にビックリするぐらい食べるので、あまりそういうことを言うのは……」
「いいえいいえ! 何を仰いますかジン殿、心配はご無用でございます! この村の周辺には驚くほどたくさんのモンスターがおりますので、肉は尽きることがありません! それに村には大量の備蓄もございます! 食料の心配など、そんなそんな!」
……そのたくさんのモンスターは俺が<爆発>でほとんど全て吹き飛ばしたんだが。
それにスラリンとリューがお腹いっぱい食べるとなると……おそらくこの村の備蓄は一夜にして消えるだろう。
(まぁ、ジグザドスさんの顔色を見ながら、二人がほどほどに満足したあたりで止めるとしようか)
俺が一人頭の中でそんなことを考えていると、
「そうだぜ、ジン様! 天下の大英雄様が遠慮なんてしちゃいけねぇよ!」
「私も腕によりを掛けて料理を作らせていただきますっ!」
「ジン様は、何がお好きなんですか? ぜひ教えてください!」
ザリにスウェン、それからマイルがそう言ってくれた。
ここまで気を使ってもらいながら、遠慮をするというのはさすがに失礼だ。
「そうか……じゃあ俺は酒を頼んでもいいか?」
「もちろんでございます! 他のお連れの方々も、ぜひお好きなものを教えてくださいませんか?」
それからアイリは新鮮な野菜を、ヨーンは甘いものを希望した。
「了解いたしました。それでは我らは宴の準備をして参りますので、お二人はお休みになって――」
そうして話がまとまりかけたそのとき、
「――ま、マてっ!」
三匹のゴブリンが会話に割って入った。
「ご、ゴブリン!?」
どこからか驚愕の声が漏れた。
(これは……ゴブシャマさんのところのゴブリンか?)
三匹は腰に差した短刀も抜いていないし、特に敵意は感じない。
いったい何をしに来たのだろうか?
「う、うタゲ……っ!」
「俺タちも、開ク!」
「宴を……お前たちが?」
俺がそう問いかけると、彼らはコクリと頷いた。
「俺タち、ジンに感謝、大キい!」
「族長、恩をカエす、言ってタ!」
ふむ……確かに、あのゴブシャマさんなら言い出しそうなことだ。
少し、話を聞いてみてもよさそうだ。




