二十三:予言の矛盾
一瞬の静寂の後、アイリとヨーンがそれぞれ口を開いた。
「ジンさん、それは駄目です!」
「おっさん、そいつが約束を守るとは思えないよ……っ」
……二人の言う通りだ。
別にこれは自分の身が可愛いというわけではない。
(配下のモンスターを捨て駒同然に扱い、自らの傷を治すために平気で食らうこいつの言葉を信じる気にはなれん)
ここでもし俺が死ねば、グラノスはなんの躊躇いも無くアイリとヨーンを殺すだろう。
奴の提案を飲むことはあり得ない。
(……とは言ってもな)
戦況は圧倒的にこちらが不利だ。
このまま戦闘を続ければ、まず間違いなくグラノスを討伐することはできる。
だがその場合、アイリとヨーンの体がもたない。
この先も奴は配下のモンスターを操り、執拗に二人を狙い続けるだろう。
(……万事休すか)
斬れるようになった。
ダメージも通る。
だが……絶望的に補給物資が――二人の傷を治療するポーションが足りない。
(……イチかバチか。二人を抱えて逃げるか)
村まで戻ればスラリンがいる。
そこまで行けずとも祭壇までたどり着けばリューが加勢してくれる。
(しかし……そうなれば、村人やゴブリンに甚大な被害が出るか……っ)
わざわざ戦力を分散した意味が無くなってしまう。
(こちらを立てれば、あちらが立たない――痛し痒しとはまさにこのことだな……っ)
そうして俺が強く歯を食いしばっていると――突然の大声でヨーンが叫んだ。
「おっさん、大聖典だっ! 思い出せ! あの予言書にちゃんと書いてあっただろ……っ!」
大聖典……?
俺は頭を捻り、大聖典に書かれたあの予言を思い出した。
怠惰なる罪が軍門に下り
精霊たちの宴が始まる
次なる世界は憤怒の楽園
厚着の奏者が指揮棒を振るう
良心に両翼をもがれ
貴方は命の選択を強いられる
甘言に身を委ねてはならない
静かにその身を差し出すのがいいだろう
思い返せば、今回のクエストは確かにこの予言通りにことが進んでいる。
『厚着の奏者』――これは多くのモンスターを従え、憤怒の剛鱗という強靭な鎧をまとうグラノスのことで間違いない。
『良心に両翼をもがれ』――今考えれば、スラリンとリューを置いてきてしまったことだろうな。
(しかし……どういうことだ……?)
その後の文章が現在の状況と大きく食い違っている。
『甘言に身を委ねてはならない』――甘言とは奴が今持ち出したこの提案に違いない。
だがそうすると、最後の一節『静かにその身を差し出すのがいいだろう』との説明がつかなくなる。
(あまり認めたくはないが、これまで大聖典の予言は全て的中している……)
ということは、この難局を乗り切る方法は一つ。
(奴の提案に『身を委ねず』、それでいて『身を差し出す』……?)
予言とやらに頼るのは癪だが……今はもうこれしかない。
俺は無い知恵を振り絞り、かつてないほどに頭を回転させた。
甘言に身を委ねてはならない。
それでいて、俺の身を差し出すのがいい。
そしてグラノスを相手に物理攻撃は効果が薄い。
(なるほど、そういうことか……)
俺の導き出したこの答えが、正解かどうかはわからない。
だが現状、『逃走』を除けば取れる手段はもうこれしかない。
(ならば……試してみるしかないな……っ)
そうしてようやく俺の考えがまとまったところで、グラノスが口を開いた。
「ジャババ、たっぷりと悩んでいたようだが……どうだ? 答えは決まったか?」
「あぁ――考える時間をくれたことを感謝するぞ」
「で……? どうする、小人間よ。儂はどちらでも構わないぞ?」
「もちろん――お断りだっ!」
回答と同時に、大剣を力いっぱい台地へ叩き付けた。
巨大なクレーターが生まれ、砂埃が天高く舞い上がる。
「目くらましとは……こざかしいっ!」
奴の視界を――その他大勢のモンスターの視界を奪うことに成功した。
俺はすぐさまアイリとヨーンを抱え込み、奴等に背を向け走り出す。
「きゃっ!?」
「お、おっさん!?」
そして十分に距離を取ったところで二人を降ろし、踵を返す。
「アイリ、ヨーン! 今すぐにこの場から離れろ!」
「で、でもジンさんがっ!」
「いいから、おっさんの言うことを聞くっ!」
困惑するアイリの手を、ヨーンが引っ張り、一目散に走り始めた。
(こういうとき、切り替えの早いヨーンは助かる)
少しすると、土煙の奥に漆黒に輝く光が生まれた。
(ブレスを放ち、煙を一層するつもりだろうが……そうはさせんっ!)
俺は大剣を力強く握り締め、
「ぬぅんっ!」
漆黒の光を目掛けて全力で投げ付けた。
(多くのモンスターにとって口内は弱所……っ!)
加えて、奴は既に一度口内でブレスを暴発させている。
となれば、咄嗟の判断でブレスを中断させるはずだ……っ。
すると煙の先にぼんやりと浮かんだ光は消え、ガキンという硬質な音が響いた。
(……よしっ)
俺の思惑通りに奴はブレスを中断し、何らかの方法で大剣を弾き飛ばしたのだろう。
(これで十分に時間は稼いだ。後はやるだけだ)
覚悟を決めた俺は、グラノスとの最終決戦へ望む。
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