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最強のおっさんハンター異世界へ~今度こそゆっくり静かに暮らしたい~  作者: 月島 秀一
第五章:モンスターだらけの世界

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九、大英雄ジン


「な、何を馬鹿なことを! いかに大英雄といえども、それはあまりに失礼ですぞ!」


 ジグザドスさんは激情に駆られ、感情のままにそう叫んだ。

 俺だってこんなことは信じたくもないし、わざわざ口にしたくもない。しかし、他でもないスラリンが言うのだから、万が一にも間違いはないのだろう。


「……それではジグザドスさん。大変申し訳ございませんが、先に一口食べていただけますか?」


「っ!? ほ、本当にこの儂を疑っているのかっ!? 長年この村を守り続けてきた、この儂をっ!」


「いえ、そうではありません。ジグザドスさんを疑っているのではなく、俺はただスラリンを信用しているだけです」


 スラリンは細かな味の違いには鈍感だが、食したモノの成分分析は凄まじいものがある。まさに百発百中レベルだ。


「い、いいとも! 食べてやる! 食べてやるとも!」


 ジグザドスさんは半ば自棄(やけ)になりながら、骨付き肉をガッと鷲掴みにした。そしてその肉を噛み切ろうと口元まで運ぶと――。


「…………ぐぅっ」


 その肉は口に入る寸前でピタリと止まった。


「……食べられない。つまり何らかの毒物を混入した、と判断してよろしいですね?」


「………………その通りだ」


 長い沈黙の後、彼は観念したかのようにそう呟いた。


「じ、ジグザドス、お前!? 大英雄であるジン様に毒を盛るなんて……いったい何を考えてやるんだっ!?」


「ジグザドス様っ!? 何故こんなことをっ!?」


 彼の人となりを知るであろうザリとスウェンは、驚愕に目を見開き厳しく問い詰めた。


「……っ」


 しかし、ジグザドスさんは沈痛な表情のまま強く歯を食いしばるだけだった。


「ど、毒入り……っ」


「や、やべぇ爺だな……あいつ……」


 スラリンやリューと違って毒耐性の無いアイリとヨーンは、顔を青くしながら目の前の料理を見つめていた。


(それにしても……まさかここまでの凶行に及ぶとは……)


 いったい何が彼をそうさせたのだろうか……。


 詳しい話を聞こうと俺が口を開きかけたそのとき。


「――ってことは、全部食べていい!?」


 スラリンは目を輝かせながら、期待に胸が膨らんだ様子でそう言った。

 毒が入っていようがなかろうが、彼女にとって目の前のこれが食べ物であることに変わりはない。暴食の王――スラリンにとって、は毒さえも立派なメシなのだ。


「あぁ、召し上がれ」


「ぃやったぁーーっ!」


 万歳をして喜んだスラリンは、黒い影をいろいろな皿に伸ばし、遠慮なくバクバクと食べていく。見ていて気持ちのいい、天晴な食いっぷりだ。


「ご、ごくり……。わ、私も……っ」


 スラリンにつられるようにして、リューもそーっと肉に手を伸ばした。


「こらっ。お前は駄目だぞ、リュー!」


 ギロリと睨みを効かし、彼女の動きを牽制する。

 リューは確かに雑食ではあるが、スラリンのように何を食べても大丈夫というわけではない。極わずかながら、一部の毒に対する耐性がないことを俺はしっかりと知っている。


「うぅ……だって……」


 そうしてうらめしそうに、うらやましそうにスラリンをジッと見つめるリュー。

 スラリンもスラリンで意地が悪い。今のやり取りを耳にしたうえで、「おいしーっ!」っと、あからさまにリューを意識して食べ始めた。


「……はぁ、仕方がないな」


 今もリューのお腹は『ぐーっ』と苦しそうな()をあげている。実際、これ以上彼女に我慢を強いるのはあまりに酷だ。


「スラリン、保存していた肉を出してくれ」


「え、もう出すの?」


「あぁ、頼む」


 少々もったいないような気もするが、スラリン一人がおいしいメシを食べているこの状況――リューには耐え難い。それにアイリやヨーンだって、お腹が空いているだろう。それに今は食料を温存するよりも、ジグザドスさんから話を聞くことが先決だ。


「了解! それじゃー……よいしょっと」


 そう言って彼女はお腹のあたりから、多くの食材を取り出してくれた。


「お、お肉……っ!」


 ようやく食べられるメシを前にしたリューは、興奮した様子でお肉を頬張った。


「んー、そんじゃ、あたしもいただこっかなー」


 ヨーンもお腹が空いていたのか、満更でもないといった感じでスラリンもとへ向かっていった。


 そんな中、


「……」


 アイリは一人、その場に座ったままだった。


「どうした、アイリは食べないのか?」


「はい……確かにお腹は空いていますが……。その前にお話しを聞いた方がいいかな、と思いまして」


 そう言って彼女はジグザドスさんの方へ視線を向けた。どうやら俺と同じ考えのようだ。


「そうだな。それじゃ後で一緒に食うとしようか」


 彼女にそう優しく微笑みかけた俺は、今度は鋭い目つきでジグザドスさんを見つめる。


「さて、ジグザドスさん……当然ながら詳しい説明はしてもらえるんでしょうね?」


 しばしの間、俺とジグザドスさんの視線が交錯し――。


「…………わかった」


 彼は降伏したように、静かに口を開き始めた。

 それから俺は、この世界に関する様々な話を聞いた。

 グラノスと名乗る謎の黒龍が三匹の配下――赤・青・緑の龍を従えて、突如この地に現れたこと。グラノスは十日に一度、生贄を捧げるように告げたこと。それに反発したいくつかの村は無謀にもグラノスたちに総攻撃を仕掛け――全滅したこと。


 ザリとスウェンが黙って頷いていたところから判断するに、すべて真実なのだろう。


「そうして儂らは生き残るために……村の寄り合いで生贄を決めていったのじゃ……。もう何人の村人を犠牲にしたか……」


 全てを吐き出したジグザドスさんは、一気に年を取ったかのように老け込んでいた。初めて会ったときの威厳にあふれる姿はどこにもない。


「……なるほど、そんなことがあったのですね」


 この地に突如現れたという謎の黒龍グラノスとその配下の龍。


(はてさて、これはどう判断するべきなんだろうな……)


 普通に考えれば三匹の龍を従える黒龍――グラノスを『大罪』とするのが自然だ。しかし、ゼルドドンにしろヨーンにしろ。これまでに出現した大罪は全て単独だった。それが今回は一気に四匹……。考え方によっては、四匹で一体の大罪と見ることもできるだろう。


(……いや。そういえば祭壇で一匹仕留めていたっけか……)


 あれは確か……真紅の飛龍だったな。

 あのときのザリの反応と祭壇に現れたことから考えて、奴はグラノスの配下――赤の龍ではないのだろうか?


「ザリ。さっき俺が仕留めた真紅の飛龍は、もしかしてグラノスの配下じゃないのか?」


「そ、そうでしたっ! そういえばジン様は既に一匹を仕留めているのでしたねっ!」


 どうやら当たりらしい。

 するとそのやり取りを聞いていたジグザドスさんは大きく目を見開いた。


「そ、それは本当ですか……っ?」


「はい。偶然祭壇の周りを散策しているときに、真紅の飛龍と遭遇しましてね。何やら二人が襲われていたので、狩ってみると……という奴です」


 まさかザリとジグザドスさんの会話を盗み聞きし、ザリの後を付けていったなどと言えるわけもない。俺は『偶然』というところを強調してあのときのことを話した。


「なんと……そんなことが……っ」


「へへっ、ジン様がいればグラノスなんて一捻りなんだよ!」


 ザリは声高にそう言ってくれたが――俺は内心でグラノスとその配下のことを強く警戒していた。


(……油断は禁物だ。今回の大罪がこれまで以上の強敵であることは間違いない……)


 複数のモンスターを同時に討伐するクエストは、単独のそれと比較して遥かに危険度が高い。単独での危険度がC級程度のモンスターであっても、それが複数ともなればA級クエストに跳ね上がるだろう。


(奇襲・挟撃・不意打ち――様々な可能性を考慮しながら戦うのは骨が折れる……)


 神経をすり減らしながらの戦闘は消耗が激しく、どうしても咄嗟の判断や動きが鈍ってしまう。今回のように複数の飛龍を同時に討伐するとなると……その危険度は特級を越えるだろう。


(これは気を引き締めなければならんな……)


 この世界に対する警戒を高め、先ほどの話をしっかりと理解したところで、俺はどうにも腑に落ちなかったあのことを尋ねた。


「しかし、ジグザドスさん。どうして俺たちのメシに毒を盛ったのですか?」


 彼の中でも、俺は一応伝承にある大英雄ということになっていたはずだ。それなのに何故俺たちを毒殺しようとしたのだろうか。本来ならば喜びこそすれ、殺そうとする動機が見当たらない。


 するとジグザドスさんは、両手を強く握りしめながら口を開いた。


「もし……。もしジン殿が本当に大英雄であったならば……。儂らが今まで準備してきた計画、その全てが無駄だったことになる……」


「……計画?」


「一週間後に決行を予定しておった村の移動計画じゃ……。ここから南方に百キロほど行った先に居住に適した場所を見つけておる……。グラノスに勘付かれぬよう一日につき二人、こっそりとそこへ移住させる予定じゃった……」


 ジグザドスさんが計画の全容を語ると同時に、ザリはとスウェンはほとんど同時に声をあげた。


「そ、そんな話、聞いたことがないぞ!?」


「ジグザドス様、本当なのですか!?」


 どうやら二人にも知らされていない作戦のようだ。


「当然だ……。村の寄り合いで極秘裏に決めたことじゃからな……」


 そうしてジグザドスさんは、


「もし本当に大英雄が現れるとわかっていれば、あのとき――他の村がグラノスに総攻撃を仕掛けたとき……もっと全力で止めることができた……っ。それに……それに……っ! 生贄なんぞに同意することも無かった! あの手この手を使って何とか時間を稼ぎ、大英雄の降臨を待った……っ! 何せ生贄の一人目は――儂の大事な大事な孫娘なんじゃからなぁ……っ!」


 そう言って彼はボロボロと大粒の涙をこぼした。


「儂らはもう戻れないところまで来ておるんじゃ……。遥か昔から共に助け合ってきた他の村を見殺しにし、幾人もの村人を生贄に捧げてきた……。ただこの村を守るために……っ」


 俺たちは彼の懺悔にも似た叫びを、静かに聞いていた。


「もしジン殿がグラノスの討伐に失敗すれば、奴らは間違いなく儂らを皆殺しにするだろう……。それだけは……それだけは避けねばならん!」


 それから彼は赤く腫れた目をこちらに向け、悲鳴のような問いかけを投げかけた。


「ジン殿よ、お前さんは本当にあの巨大な黒龍――グラノスを倒せるのか!?」


 なるほど……そういうわけか……。

 ここにきてようやく、ジグザドスさんが俺たちを毒殺しようとした理由がわかった。


(もし俺が本当に大英雄であり、グラノスを討伐したならば、今までの罪の意識に押し潰れてしまう。一方、もし俺が大英雄でも何でもなく、グラノスの討伐に失敗したならば、大事な孫娘を犠牲にしてまで守った村が壊滅することになる)


 つまりどちらの場合においても、ジグザドスさんからすれば俺たちは邪魔者に変わりない。何とかして亡き者にしようとするわけだ。


(これまで、さぞいろいろな葛藤があったことだろう……。その心中は察するに余りある……)


 彼の心の叫びを聞いた今なら、これまで散見されてきた彼の奇妙な行動や、不安定な顔色にも合点がいく。


 ザリとスウェンが無事に帰ったときに一瞬だけ見せた安堵の顔。

 俺が試しの剣を抜いた際に目に浮かんだ希望の色。

 俺たちを毒殺しようとしたときに見せた、良心の呵責による戸惑い。


 罪悪感、後悔、失意、絶望――そんな様々な負の感情に心を侵されながら、彼は何とか村を守ろうと必死にもがき苦しんでいたのだ。


(きっと心の優しい人なのだろう……)


 だからこそ俺は、彼の「グラノスを倒せるのか?」という問いかけに対し、真正面から胸を張って答えることにした。


「もちろんですよ。なぜなら俺は――大英雄ですから」

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