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最強のおっさんハンター異世界へ~今度こそゆっくり静かに暮らしたい~  作者: 月島 秀一
第五章:モンスターだらけの世界

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五、試しの剣


 余すところなくすべての肉を平らげた俺たちは、ひとまずユークリッド村へと向かっていた。

 というのも、ザリとスウェンが『命を救っていただいたお礼に、せめておもてなしをしたい』と言い出したのだ。せっかくの申し出ということもあるし、何よりあの村には仮の宿がある。俺たちは、ありがたく彼らのもてなしを受けることにしたのだ。


 そして祭壇からユークリッド村までの道中。


「おいしかったねーっ!」

「肉こそ……正義……っ!」

「あっ、ヨーンさん。ほっぺにタレがついていますよ。ちょっとジッとしててくださいね」

「んー……んっ、あんがと」


 スラリンもリューも、アイリもヨーンもみんな笑顔だった。

 視線を右に移すと、ザリとスウェンが上機嫌に肉の感想を言い合っていた。そこに先ほどの悲痛で鎮痛な空気はない。二人とも年相応の笑顔を浮かべている。


(ふむ……ここはやはり俺から話を振るべきだな……)


 ザリとスウェンからすれば、俺は二回りも年上の見知らぬおっさんだ。話しかけづらいにもほどがある。これはやはりこちらから話を振るのが大人としての振る舞いというものだろう。

 俺は二人の会話が途切れた頃合いを見計らって、自然に話を振ってみた。


「なかなかいい肉だったな」

「は、はいっ! 自分は肩ロースのところが最高でした!」

「おっ、気が合うな。俺も同じだ、あの濃厚な脂がたまらなくうまかった!」


 そうしてザリと意気投合していると――。


「とってもおいしいお肉でした! 本当にありがとうございます!」


 大輪の咲くような笑顔でスウェンはお礼を言ってきた。


「あぁ、気にするな。メシはみんなで食べた方がうまいからな」


 大事なのは『何を』食べるかではなく、『誰と』食べるかだ。

 そんな風に仲良く話をしていると――。


「ところでその……ジン様たちは人間、なのでしょうか……?」


 恐る恐るといった様子でザリが問いかけてきた。

 ザリとスウェンは、スラリンが影を伸ばすところやリューが空を飛ぶところを見ている。これは当然の疑問だと言える。


「あー……そうだな。実のところ、俺以外はみんな人間じゃない」


 スラリンはスライムだし、リューは飛龍だ。アイリもエルフであり、ヨーンに至っては『大罪』である。この中で人間は俺一人だ。

 さすがにこの回答は予想外だったのか、ザリもスウェンもピシリと固まってしまった。


「つ、つまり……ジン様は人間、なんですか!?」

「ん? あぁ。見ての通り、どこにでもいる普通のおっさんだ」

「な、なんと……!?」

「ま、まさか……っ!?」


 ザリは大きくたじろぎ、スウェンは両手を口にあてて驚いた。


(驚くところは、そこか……?)


 もっとスラリンやリューについて、突っ込んでくるかと思ったんだが……。


「お、俺も鍛錬を積めば、ジン様のようになれるのでしょうか……?」


 いつの間にかザリの一人称が『私』ではなく、『俺』に戻っていた。この方が違和感がないので、俺は特に触れることなく話を進める。


「あぁ、きっとなれるさ。俺だって昔は弱かったからな」

「な、何と……っ!? で、ではいったいどうやってそれほどの力を……っ!?」

「ふむ……そうだな……。大事なのは適切な鍛錬と――何よりメシだな」


 鍛錬は確かに大事だ。いいハンターになるためには、毎日鍛錬を欠かしてはならない。――しかし、やはり最後にモノを言うのはメシだ。いくら鍛錬を重ねたとしても、毎日しっかりと栄養のあるメシをとっていなければ、それは全て無駄になる。


「メシ……。となれば、必要なのはやはり――」

「あぁ、肉だ」

「なるほどっ!」


 そんな話をしていると、前方にユークリッド村が見えてきた。


「着きました。ここがユークリッド村です」


 先頭を歩くザリがそう言ったところで、一人の老人がこちらに声をかけてきた。

 ザリと激しく言い争った後、俺たちに仮の宿を貸してくれたあの白髪の老人だ。


「ふんっ、無事に帰ってきおったかザ、リ……ッ!?」


 老人の顔つきは嘲笑から驚愕へと変わっていく。


「す、スウェン!? お主、何故ここに……!?」


 青い顔をした老人が信じられないような目で、スウェンを睨み付けた。


「も、申し訳ございません……ジグザドス様……。お恥ずかしながら、帰ってまいりました……」


 彼女はザリの背に隠れるようにしながら、今にも消え入りそうな声で謝った。

 一方のザリは勝ち誇った顔で自信満々に言い放つ。


「へっ。あのボロクセェ檻をぶっ壊して、きっちりスウェンを助け出して来たぜ」

「こんの……大馬鹿者がっ! 今すぐ戻して来い! 龍神様の怒りを買った他の村が、どうなったかは知っておろうがっ!」


 顔を真っ赤にした老人――ジグザドスさんが凄まじい剣幕で怒鳴りつけた。


「龍神様なんざ知ったことか! こっちにはジン様がいるんだ! なぁ、ジン様!」


 尊敬と期待の入り混じった目でこちらを見やるザリ。


(そ、そこで俺に振るのか……)


 とんでもないタイミングで話を振られた俺が、何と言うべき考えていると。


「ふん、こんなどこぞの馬の骨かもわからん旅人に、何を『様』などとつけておるのやら……」


 不機嫌さを隠そうともしないジグザドスさんが、こちらに敵意を向けてそう言った。


(機嫌が悪いのはわかるが、さすがに「馬の骨」は言い過ぎではないだろうか……)


 はてさて、この面倒な場をどう切り抜ければよいのやら……。俺がポリポリと頬をかいていると――。


「「……あ゛?」」

「むっ……」


 露骨に眉尻を吊り上げるスラリンとリュー。よくよく見ればスラリンの手足の先端が黒ずみ、リューの翼が少しずつ大きくなっている。二人とも人化が解けかかっているのだ。それに心なしかアイリも不機嫌そうな顔をしている。


「お、落ち着けスラリン、リュー! 俺は何とも思っていないっ」


 最低限の常識を兼ね備えているアイリはともかくとして、この二人は平気でジグザドスさんを食い殺しかねない。そんなことになれば、この村の人から情報を得るのは絶望的だ。せっかく見つけた貴重な情報源――ここでみすみす無駄にするわけにはいかない。


「よーしよしよし、大丈夫だ、落ち着けー。よーしよしよし……」


 興奮した馬を鎮めるように、二人の頭を優しく撫でてやる。

 すると――。


「「むぅ……わかった」」


 不承不承といった様子で、引き下がるスラリンとリュー。

 納得はしていない感じだが、少しだけ落ち着いてくれたようだ。


「う、羨ましい……っ」

「……ん、何か言ったか、アイリ?」

「い、いえ……何でも、ないです……」

「……? そうか」


 少しアイリが元気無さげに見えたんだが……気のせいか。

 こちらでそんなやり取りをしていると――何やらザリとジグザドスさんの会話が白熱していた。


「ジグザドス様――いいや、ジグザドス! お前が何と言おうが、生贄なんざ間違っている!」

「お前一人が反対したところで、どうにもならんわ! 生贄は村の総意――それに逆らうことは許されんぞ!」

「村の総意だろうが何だろうが、間違っているものは間違っている! ――なぁ、ジン様! あなたもそう思うでしょうっ!?」


(……いや、だからそこで俺に話しを振ってどうする)


 先の反応から、ジグザドスさんが余所者(よそもの)である俺たちを好ましく思っていないのは明白だ。ここで俺が何を言おうがさしたる意味を持たないと思うが……。とりあえず、俺の立場や考え方を明らかにするためにも、一言だけ言っておくとしよう。


「……そうですね。俺も生贄は間違っていると思います」

「――旅人よ、余計な口は挟まんでくれ。これは儂らの村の話じゃ」


 あまりにも予想通りの返答が返ってきた。

 すると――。


「さっきから黙って聞いていれば……ジン様に向かって何だその態度は! 無礼にもほどがあるぞっ!」


 ザリが怒りを露にしてジグザドスさんに詰め寄った。


「無礼なのは貴様だ、ザリ! 村長である儂に向かって何たる物言いだ!」

「ふんっ、たかが村長程度で何を言う! ここにおられるジン様は――まさしく神の如き御方だぞ!」

「はぁ……。全く何を吹き込まれたかは知らんが、言うに事欠いて神と来たか……」


 ジグザドスさんは肩を竦め、呆れ返ったようにため息をついた。


「そこの旅人が神だというのならば、証拠を見せてみるがいい」


(しょ、証拠……?)


 ……何やら話がまずい方向に向かっている気がする。


「あぁ、いいとも! 驚きのあまり、腰を抜かすなよ!」


 売り言葉に買い言葉――ザリは威勢よくそう言い返した。


「さぁ、ジン様! あの愚か者に、神の御業をお見せください!」

「え、えぇ……」


『神の御業』と言われてもな……。

 残念ながら俺は見栄えのいい魔法も使えなければ、神の御業と称されるような特別な何かも使えない。


(スラリンやリューに人化を解いてもらうか……?)


 二人の真の姿はまさしく神秘的と言っても過言ではない。これを見せれば、神と認めるまでいかなくとも、少しぐらいは話を聞いてくれるかもしれない。

 そこまで考えたところで――俺は首を横に振る。


(いや、駄目だな……)


 何というかこう……あまりスラリンとリューを大っぴらに見せびらかしたくない。

 二人は俺の大切な家族であり、実の娘のように可愛がっている。当然、そこら中に見せびらかしたいという思いもあるが……その反面、人目につかないよう、変な虫が寄り付かないよう大事にしまっておきたくもある。


(さて、どうしたものか……)


 このマナのない世界では、アイリとヨーンは魔法を使えない。こうなるともう『神の御業』なんて見せようがなかった。

 すると――。


「ほれ見ろ、何もできないじゃろうが」


 ジグザドスさんは嘲笑を浮かべながらそう言った。


「ち、違う! ここでジン様が力を解き放てば、こんな村なんて消し飛んでしまうからな! 見せたくとも見せられないんだ! ジン様の温情に感謝しろ!」

「また、つまらぬ言い逃れを……。ならばどうする? 『試しの剣』でも抜いてみせるか?」


 挑発的な物言いで、ジグザドスさんはとある提案を持ち出した。


「……試しの剣?」


 俺が反芻するようにそう呟くと、スウェンが親切に教えてくれた。


「え、えっと……。この村の奥には青白く光りを放つ不思議な石がありまして、そこに一振りの剣が刺さっているんです」

「ほぅ……それで?」

「村の伝承によりますと、その剣を抜くことができるのは、いつかこの村に訪れるとされる大英雄のみだそうです。実際、幾人もの力自慢が試したところ、ビクともしませんでした」

「なるほど……」


 面白くも、不思議な話だな……。

 石に刺さった剣ぐらいならば、誰にでも抜けそうな気がするが……。

 そんなことを考えていると。


「ジン様。お手数をお掛けして申し訳ありませんが、試しの剣を抜いてみせてはもらえないでしょうか……?」


 申し訳なさそうな顔つきで、ザリがその話を持ち掛けてきた。


(試しの剣……か)


 正直言って、あまり自信はない。

 なぜなら俺は神でもなければ大英雄でもない――どこにでもいるただのハンターだからだ。それも今年で三十五になるいい年をしたおっさんの。


(とは言ってもここでその提案を蹴れば、俺たちは「法螺吹き者」の烙印を押されてしまうだろう)


 そうなれば、この村から情報を得ることはまずもって不可能となる。

 つまり現状、自信があろうが無かろうが、この提案を受け入れるしか道はない。


(はぁ……。ただ話を聞いて情報を集めたいだけなのに……なぜこんな面倒なことに……)


 俺はがっくりと肩を落としながらも、渋々彼らの提案を飲むことにした。


「やってみるのは構わないが……あまり期待はしないでくれよ?」

「あ、ありがとうございますっ!」

「ほぅ、逃げずに受けるのか……。まぁよい、こっちだ付いてこい」


 そうして俺たちはジグザドスさんに連れられ、村の奥へと向かっていった。

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