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最強のおっさんハンター異世界へ~今度こそゆっくり静かに暮らしたい~  作者: 月島 秀一
第五章:モンスターだらけの世界

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一、とある厄介事

「マナが全くない、だと……?」

「ほ、本当だって! 信じてよ、おっさん!」

「ふむ……」


 別にヨーンを疑っているわけではない。そんな嘘をついたとて、彼女に得は一つもないのだから。すると――


「本当ですよ、ジンさん……。この世界には、ほんの少しのマナもありません……」


 アイリが深刻な顔つきでそうヨーンを援護した。


「……ということはつまり」

「……はい。申し訳ありませんが、私とヨーンさんは戦力になることができません」

「そうなってしまうな……」


 これは中々に困った事態だ。


(……どれ)


 俺は耳に意識を集中させ、周囲の音を探る。


(一、二、三……。ふむ、数えるのが馬鹿らしくなる数だな……)


 大量の小型モンスターが大地を駆ける音。空を羽ばたくモンスターの羽音。果てには地中を這いずり回る謎の異音。この世界は、これまでにないほどに様々なモンスターで溢れていた。


(危険だな……)


 アイリとヨーンの身体能力は、お世辞にも高いとは言えない。特にヨーンは、少し走り回ったぐらいで息切れしてしまうほどだ。魔法を使えない彼女たちにとって、この世界はあまりに危険過ぎる。


(試しに使ってみるか……?)


 懐にある帰還玉にそっと手を伸ばす。

 しかし、タールマンさんの話によれば、大聖典には確か『その世界を支配する大罪を倒さない限り、元の世界に戻ることはできない』。このような記述があったはずだ。


(帰還玉はかなり値が張る……が、大聖典の信頼性を検証すると思えば安いか)


 それにもし無事に帰還玉が機能すれば――アイリとヨーンを元の世界に帰せれば、無駄なリスクを負うことなく、この異世界を探索することができる。つまり失敗してもよし、成功してもよしの二段構えだ。


「アイリ、これを」

「これは……帰還玉、でしょうか?」

「あぁ、そうだ。正直、機能してくれるかどうかはわからないが、試す価値は十分にある。ヨーンと二人で使ってくれ」

「わかりました」

「えっ、帰っていいの!? ……いや、でも確か異世界からの脱出は……あれ? どうだったっけ……?」


 一瞬顔を輝かせたヨーンだったが、何やら思い当たる節があるのか、「あれー?」と頭を捻っている。


「それでは――いきます」


 アイリが帰還玉を地面に叩き付けると、赤い煙が二人を飲み込み、そして――。


「……すみません、ダメみたいです」


 先ほどと変わらぬ位置に、苦笑いしたアイリと苦虫を噛み潰したようなヨーンが立っていた。


「あー……やっぱり……。確かそんなルールがあったんだっけぇ……」


 どうやらヨーンには、ほんの薄っすらとだが、大罪を作ったというマスターの記憶が残っているらしい。今度時間があるときにでも、一度詳しく聞いてみる価値はあるだろう。


(しかし……この世界を支配する大罪を倒さない限り、脱出は不可能というわけか……)


 大聖典の記述通りの結果に少々落胆しそうになるが、すぐに頭を切り替え、次の行動へと移る。


「よし、それじゃ人里を探そうか」

「りょーかい!」

「……寝床の……確保!」

「人里ですか……どこにあるんでしょうか……」

「もぅ帰りたいよぉ……」


 ハンターにおいてこの『頭の切り替え』は、最も重要な資質の一つだ。通常、予定通りにクエストが進行することは稀だ。大概は何らかのトラブル――ターゲットとは異なる別のモンスターの割り込み・不慮の事故による怪我などが発生する。そういった時に「しまった。失敗した」と落ち込むのではなく、その問題にどう対処するか・今からどういった行動をとるべきか。こういう前向きな思考が重要だ。


「ちょっと静かにしててくれよ」


 俺は耳に意識を集中させ、周囲の音をより広く探る。

 モンスターの足音・羽音・鳴き声、そして――。


「見つけた」


 遠方から二足歩行を行っている動物の足音が多数聞こえてきた。割と小さな音であり、規則的に聞こえてくることから、おそらく人間の足音であることが推測される。


「「……見つけた?」」


 俺の聴覚を知らないアイリとヨーンが二人して首を傾げた。何だかんだで息のあった二人である。


「ふっふーん! すごいでしょーっ!」

「ジンは意識を集中すると……とっても五感が鋭くなる……っ!」


 スラリンとリューが、何故か自分のことのように誇らしげに解説してくれた。


「なるほど! さすがはジンさんです!」

「おっさん、やっぱ人間じゃないよね?」

「まぁちょっとした特技のようなものだと思ってくれ。――さて、それじゃ行くか」

「レッツゴーっ!」

「……おーっ!」

「おーっ!」

「はぁ……帰りたい……」


 その後、俺を先頭に左側面はリュー・右側面はスラリンと三角形の形をとり、真ん中にアイリとヨーンを置いて、慎重に進んでいく。


「……近いぞ。もうすぐだ」


 もはや耳に意識を集中させずともわかる。複数の足音とおそらくは話声だ。


「……念のため、いつでも戦えるようにしておけ」


 この世界の原住民からすれば、俺たちの存在は大罪と同様に『異物』だ。彼らが友好的に迎えてくれる保証などどこにもない。


(可能な限り戦闘は避けたいが……)


 今回は魔法の使えないアイリとヨーンがいる。向こうがその気ならば、やむを得ないだろう。

 全員がコクリと頷いたのを確認してから、姿勢を低くしてゆっくりと音の聞こえる方へと進んでいくと――。


「――ふざけるなっ!」


 怒りに満ちた男の低い声が響き渡った。

 見れば、青髪の男が白髪の老人に激しい剣幕で何事かを言い放っていた。

 どうやら揉めているようだ。


「落ち着け、馬鹿者っ!」

「これが落ち着いていられるか! スウェンを見殺しにできるわけがないだろうが!」

「それが村の決定だ! 勝手をするようなら、村から追い出すぞ!」

「はっ、こんな村こっちから願い下げだ! あばよっ! 精々家畜のようにゆっくりと死んでいくんだなっ!」

「お、おい、待たんかっ!」


 そう言って青髪の男は、森の中へと走り去っていった。


「な、なんかピリピリしてるねー……」

「ちょっと訳アリ……みたいだね……」

「『見殺し』に……? 何だか良くないことが起こっているみたいですね」

「うわぁ、関わりたくないなぁー」


 小声でそんなことを話すスラリンたち。


「ふむ、ただの喧嘩というわけではなさそうだな……」


 どうやらこれまた厄介事のようだ……。

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