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最強のおっさんハンター異世界へ~今度こそゆっくり静かに暮らしたい~  作者: 月島 秀一
第三章:マグマに覆われた世界

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八、ウンディーネの願い


 現在俺たちは、水の里より南側にある大きな湖に来ていた。

 ここはウンディーネが水飲み場や主食である魚を釣る場所であり、彼らの生活基盤を支えている重要な湖だ。


「はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」

「「「――はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」」」


 ここへ向かったのはウンディーネの『湖を元の状態に戻してほしい』という願いを聞き届けた結果であり、それ自体は何の問題もない。アイリが<恵みの水/ブレッシング・ウォーター>で湖の水を増やしている間に、マカロさんをはじめとしたウンディーネたちに話を聞けるため、むしろ都合がいいぐらいだ。


「さーっ! さーっ! さっさーっ!」

「「「――さーっ! さーっ! さっさーっ!」」」


 しかし、湖に到着し、アイリが魔法を発動させた瞬間に大きな問題が発生した。


「そいやっ! そいやっ! そいそいそいそいっ!」

「「「――そいやっ! そいやっ! そいそいそいそいっ!」」」


 同行していたウンディーネ総勢三十名が、一斉にアイリを取り囲み、謎の踊りを始めたのだ。


「水神様っ! お加減はいかがでしょうかっ!?」


 額に綺麗な汗を浮かべ、一心不乱に踊っているマカロさんが素晴らしい笑顔のまま問いかけた。


「あっ……えーと、はい。とってもいい……と思います」


 肉体的にも精神的にも疲れたアイリは、ぎこちなく微笑み返す。


「そ、そうですかっ! そうですかっ!! ――みな、水神様はお喜びになられているっ! もっと声を出していくぞっ!」

「「「おーっ!」」」


 アイリからのお褒めの言葉をいただいた彼らは、より一層士気が上がり、ますます激しく踊り始めた。

 そんな全く噛み合っていないちぐはぐな様子を、俺たち三人は少し離れた木陰からそっと見守っていた。


「アイリ……つらそう……」


 リューがポツリとそんな感想を漏らす。

 アイリは今も大勢の踊り狂うウンディーネに囲まれながら、<恵みの水/ブレッシング・ウォーター>を湖に向かって発動し続けている。この異様な状況下で、一人黙々と魔法を使い続けるのは……肉体的にも、何より精神的にも非常にこたえるだろう。


「まぁ、善意でやってくれているだけに……断りにくいな」


(それに何より、この一糸乱れぬ調和のとれた見事な舞踊……)


 この踊りがウンディーネの一族に脈々と受け継がれてきた、重要なものであることがうかがえる。


(各種族が持つ独自の文化や慣習を否定することは、重大なマナー違反だ……)


 人間には人間独自の文化や慣習が存在する。それは長い歴史の中で築きあげられてきたものであり、親から子へと引き継がれてきた生きるための知恵とも言える

 そしてそれはエルフやドワーフ、ウンディーネにも同じだ。彼らには彼らの文化があり、慣習があり、そして考え方がある。


(少し可哀想だが、ここはアイリに耐えてもらうしかないな……)


 微力ながら心の中で「がんばれ!」と彼女にエールを送る。


(しかし、こうなると聞き込み調査は……この湖の復旧作業がひと段落してからになるな……)


 それまでの間、なんとも手持無沙汰である。

 俺がそんなことを思っていると――。


「暑いー……。こっちの方はいやー……」


 背後の木陰でぐったりと横たわったスラリンが、つらそうな声をあげた。

 マグマはこの世界の南から北へと押し寄せている。水の里から少し南に位置するここは、比較的温度が高い。


「大丈夫か、スラリン?」

「もうダメー……」


 彼女は気だるげにゴロンと寝返りをうった。


(スラリンはスライム……。熱に弱い種族だからな……)


 いくら伝説上の存在――『暴食の王』といえども種族的な弱点は存在する。彼女は火でもマグマでも一瞬で消化し、食べる(・・・)ことは出来る。しかしその反面、消化することのできない――高い気温が大の苦手なのだ。


(そろそろ水を飲ませてやらないと弱ってしまう……)


 本来ならばアイリに頼んで水を出してもらうところだが、現状彼女は湖の復旧作業にかかりきりだ。これ以上、仕事を頼むことはできない。


(……やむを得んな)



「スラリン、ちょっとだけなら水を飲んでいいぞ」

「ほんとに!? やったーっ!」


 するとスラリンはさっきまでのつらそうな表情はどこへやら、清々しい表情で体内に保管した水を飲み始めた。


(……いや、少し飲み過ぎじゃないか?)


 俺は「ちょっと」と言ったはずだが、彼女はかれこれ十秒以上もゴクゴクと喉を鳴らしている。


「っぷはー……っ! 生き返ったーっ!」


 なんとも爽快感あふれる表情を浮かべる彼女に、おそるおそる問いかける。


「な、なぁスラリン……。今、どれくらい飲んだんだ……?」

「んーっと……多分、百リットルくらいかな?」

「百……っ!? ぎ……ギリギリセーフとしよう」


 どう考えても完全にアウトだが、今回は俺が悪い。「ちょっと」などという曖昧な言葉を使ってしまったのだから……。


(……無くなってしまったものは仕方ない)


 俺はすぐさま気持ちを切り替え、次の行動に移る。


「おーいっ、アイリーっ! そろそろ疲れてきたんじゃないかーっ?」


 彼女に聞こえるように大きな声で呼びかける。


「そ、そうですねーっ! 後もう少ししたらひと休みしてもいいですかーっ?」

「大丈夫だーっ! 自分のタイミングで、いつでも休みを取ってくれーっ!」

「はーいっ! わかりましたーっ!」


 ウンディーネたちの大きな掛け声のおかげで、会話をするのも一苦労だった。

 すると――。


「あれ……? あんなところに……女の子……?」


 眠たそうに木陰で座っていたリューが、湖の対岸を見てそんなことを言った。


「女の子……?」


 彼女の見ている方角をジッと目を凝らして見てみると――。


「確かに……いるな」


 ここからちょうど真向かいのあたりに――赤い髪の小さな女の子がちょこんと座っていた。手には釣り竿のような物が握られており、大きなあくびをしている。


(赤い髪……。もしやサラマンダーか……?)


「……少し見てくる。万が一アイリに危害を加えるものが現れたら、食べてもいいぞ」

「「はーいっ!」」


 この場を二人に任せた俺は、謎の赤髪の少女の元へ向かった。



 湖をグルリと回り、ちょうど反対側についた。


(ふむ……ずいぶんと若いな)


 少女は外見年齢にして十代前半。スラリンとリューよりもやや幼さを感じさせた。やる気のなさげなダウナーな顔つき。特徴的な長い赤髪は『放っておいたらこうなった』という感じだ。上は明らかにサイズの大きいダボダボな白いシャツ、下はホットパンツを履いている。


(周囲に人の気配はない……。……一人か)


 サラマンダーの少女が、一人でこんなところにいるのは危険だ。ここには今、サラマンダーと敵対関係にある大勢のウンディーネがいるのだから。たとえ少女といえども、見つかればただじゃ済まされないだろう。


(何より、俺たちの敵はサラマンダーじゃないからな……)


 サラマンダーとて、ウンディーネや他の四大精霊と同じ被害者だ。悪いのは全て、サラマンダーをたぶらかし、この世界を滅亡さんと暗躍する魔人ヨーンである。

 俺は彼女に警告を発するべく、声をかけることにした。


「――どうだ、釣れてるか?」

「んー……、まぁまぁかな。――ほれ」


 そう言って彼女は足元に置いてあるバケツを見せてきた。


「ほぅ……」


 中には三十センチメートルほどの見たことのない魚が元気に泳いでいた。

 ウンディーネが言っていた通り、ここはいい漁場らしい。


「ところでさー……。おっさん、だれ?」

「俺はジン。どこにでもいる普通のおっさんだ。君は?」

「あたしはヨー……じゃなかった。えーっと……そう、ニョーン」


 赤髪の少女は自らの名をニョーンと語った。




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