98 薬師、王城を大掃除する。
王城の大掃除タイム
そういえば、精霊草の発育条件として、一つ気づいたことがある。
伝承では、精霊の死んだ場所に生えると言われている。ゲームでは闇落ちして暴れる精霊を倒した跡地に生えていた。
となると精霊のもつ何かが発育の条件なのは確かだろう。
では、クマ吉の寝床に精霊草が生えたのはなぜか?当然だが、クマ吉は生きているし、他の精霊が死んだという話も聞かない。
となるとどうなるだろうか? 新ためてクマ吉の様子を観察するとハッサム村と違うことがあった。
まずは食事量の増加だ。
彼らも生き物であるため、食事はする。魔力が主食なのでハッサム村では嗜好品として食べていたけど、王都へ来てからはその量が増えていた。慣れない場所でのストレス的なものかとも思ったけど、
「ぐるるるる(腹減ったー。)」
そうハチミツや果物をねだる様子に、魔力の不足を食事で補っているのでは?という仮説ができた。
それだけでは、精霊草と関係がないと思われるけど、ここで一つ、クマ吉やクマは意外ときれい好きということがヒントとなる。
食べたら、その分、でますよねー、アレが。
フクロウたちが風呂を好む様に、クマ吉も割ときれい好きだ。定期的に浄化魔法とブラッシングがかけてあげるし、アレに関してはあらかじめ掘っておいた穴にして、自分で埋めている。ついでに貴重な抜け毛とかも一緒に。
お分かりいただけただろうか。つまり、精霊草は精霊の老廃物や排泄物を発育のきっかけとしているのだ。あれだ、見た目も犬のおしっこがかかると生えてくる草に似ているし。
汚いとか思ってはいけない。香水はクジラのゲップを使って作られることもあるし、高級なコーヒーは猫のうんこで発酵させる。肥しだって、うん、すいません、私はきついっす。
と、絶賛現実逃避をしているのは、思った以上に王城の様子がやばかったからだ。
「どうして、こうなる前に休まないんですか?」
「熱程度で休んで。」
「くたばれー。」
ささっと王城の状況を確認してみると、謁見の間だけで発疹などのはっきりとした症状があった人が2人、発熱で怪しいのが10人近くいた。
王城は国の中枢である。だから休めない立場というのも分かる。だが、無理をして職場に来ている馬鹿真面目な輩の所為で、はしかの影響は王城の各地に広まっていた。
「せめて、浄化魔法とマスクぐらいはちゃんとしろーーーー!!!」
何が伝統だ、気品だ。マスクをしているのが失礼と考える程度の信頼関係なら捨ててしまえ。
前世でもそういうバカな奴がいた。「風邪をうつしてくる」と言って繁華街に繰り出す馬鹿に、病院代をケチって学校の保健室で寝かせておいてくれという保護者。自分は大丈夫と根拠のない自信で病気対策をしないやつ。
「なにか、なにかないのですか?回復魔法で体調は整いますよ。」
「それで強化された病を生やせる気ですか?死んでろ。」
睡眠を促進させる薬品を叩きつけながらそんな戯言をいう患者を黙らせる。万病に効く薬は存在しない、回復魔法は体内のウイルスや菌なども活性化させてしまう。
一時的な対処としてはいいが、感染症の怖いところはそういった過程で、より強力なものが生まれてしまことだ。
前世でも抗生物質の投与は、薬剤師と医者が相談しながら慎重にやっていのだ。安易な回復魔法は更なるパンデミックを引き起こすことになる。
「はい、これはそこら辺に寝かしときなさい。これだけ元気なら三日もすれば復活するでしょ。」
私の行動が少々行き過ぎたものかもと思わなくもない。
だけど、中世の黒死病とかの歴史を知っている身としては、まだ優しいと思う。あの時代は、感染が広がった街を焼き討ちとかしてたらしいし。
そう割り切ったうえで、私は城内にソーシャルな距離感と手洗いやマスクといった予防を徹底させた。対処療法としての浄化魔法や解熱剤や栄養剤が効果的だったこと、後は王子たちが素直に従っていることもあり、 信用はあった。書類や宝物などの重要な場所を除けば城内のほとんどが徹底的に掃除と殺菌され、検温や発疹の有無などセルフチェックを徹底したことで、はしかを発症させる患者は、かなり少なくて済んだ。
印象に残ったことと言えば。
「ここが酒蔵であります。ここは料理人たちしか立ち入りません。」
「チーズの保管庫も同様です。」
食糧庫とその管理人、そして料理人たちがめっちゃ元気だったことだ。
「我々は仕事の都合上、清潔なことが求められますからな、浄化魔法に頼らず清潔を心かけています。」
誇らしげに胸を張る料理長の清潔で高潔な精神に思わず敬礼してしまった。
浄化魔法は、身体や指定したエリアを徹底してきれいにする。その際、除菌スプレーのような効果も発揮してくれるので、防疫という意味では非常に助かる。同時に、その除菌効果で、酒の熟成やチーズなどの発酵食品に必要な有用な菌まで殺してしまう。
ハッサム村では、食事の場や加工場の中での除菌魔法は禁止していた。が一流の職人たちは、浄化魔法のリスクを正しく理解し、運用していた。
「食事内容についても、辺境伯様が広めている「栄養バランス」を意識したものを心掛けています。やはり料理には彩りも大事ですな。」
「すばらしいです。王城の料理がきっと王国一ですね。」
さらっと出された賄いの味とボリューム、何よりバランスには驚かされた。肉などの赤、野菜などの緑、ライスやパンといった黄色の3色がバランスよく取り込まれた食事は、前世の給食を思い出せてくれた。(内容は何倍も豪華だったけど。)
「ブランデーや焼酎も近々、この騒ぎが収まったら工場を作る予定です。」
「すばらしいです。」
酒文化の発展は大歓迎だ、私が大人になるまでに、たくさん作って寝かせておいてください。
素晴らしいと思った食事関係に対して、最悪だったのは、囚人の寝床、つまり牢屋だった。
「た、助けてくれー。」
「罪はちゃんと償う。隠していたことも全部話すからー。」
うめき声を聞きながら降りた階段の先には、頑丈な石作りの床と鉄格子というテンプレな牢屋が10個ほど並んでいた。
「あ、あなたは?」
「薬師のストラ・ハッサムと申します。この度の流行り病の調査と対策のために王城を視察させていただいています。」
見張りらしき兵士が、私と護衛の兵士さん(全員マスク着用)を見て、怯えるがとりあえず。
「・・・クサイ。」
風呂なんてないし、トイレもどうやっているかは知らない。牢屋はとんでもなく汚いし、臭かった。
「失礼ながら、薬師殿、この場にいるのは、今回の件や北伐に乗じて悪事を企んだくそ野郎ばかりです。今後は裁判で思い罰を受ける身。治療など。」
「ああ、治療なんてしませんよ。」
言いながら、私は風魔法で換気をしつつ、兵士さん達に浄化魔法をガンガンかけてもらう。
「た、助けてくれるのか。」
「知るかボケ。」
鉄格子に縋り付いてこちらを見る囚人(元貴族)は、疲労こそあるが、はしかの症状はでていなかった。外部から隔離された牢屋だからこその救いだろう。同時に閉鎖されたこの環境で誰か1人でも発症したら、全員感染確定。
「万が一にも助からないと判断したら、刑の前倒しとか理由を付けて焼き討ちか生き埋めよねー。」
「そうですな、過去の記録では、流行り病での死体処理なども合わせて囚人たちを生き埋めにして封印したとか。」
これ見よがしに語る内容は事前に打ち合わせしたものだ。だが、ここにいるのは王城で何かをやらかした元貴族やそれなりに教養のあった人間。つまり体力はあれど度胸はない。
「そ、そんな、私はただ脱税をしただけだ。」
「薬を横流しにしたことは反省しています、二度しません。」
途端に慌てだす。換気したおかげで音がよく響く、ひびく。
「レティ、お願い。」
「ぴゅーーー(メンドクサイ。)」
そんな彼らを無視して、援軍として連れ込んだ精霊さん達の力を借りて、まずは牢屋全体を冷やす。
「ひ、ひいいい。」
「落ち着きなさい、病の元をおとなしくさせるために部屋全体を冷やしただけです。」
気温は1度。冷蔵庫もびっくりな寒さに囚人たちは震え上がるが。わたしと兵士さん達の周りは変わらない。ちなみに換気して押し出した空気は外にだす直前にサンちゃんによって高熱処理をしてもらっている。このクサイのは勘弁だしねー。
「今から、掃除道具と手入れ道具を配ります。手順に従って自分の独房を清潔にすることを覚えてください。」
「はっ、我らに掃除をしろと。」
「そんなのは使用人の仕事。」
「その使用人以下の立場であることをお忘れか?それとも、手遅れになって焼き討ちがお望みですか?」
そう言って、にっこりと笑う私。無論冗談だ。
だが、意識改革は大事だ。囚人は独房でおとなしくしている。というのはナンセンスだ。逃亡や反抗の危険がない限り、受刑者は生活リズムを徹底され、労役などにつくのが一般的だ。
「まずは、天井と壁、それからトイレとその周り、自分で汚したんだから自分できれいにしなさい。」
囚人たちは罪のグレードや反抗の可能性を考慮して、軽い罪の人はデッキブラシや洗剤を、反抗的な態度の人にはたわしといった感じに道具を配られ、マスクと三角巾を付けて自分たちの部屋を掃除させた。
「なんで、わしがこんな事を。」
「生きていくとはそういうことですよ。」
「小娘が。」
そういう態度をとる人はさりげなくチェックが入る。
「これでよろしいでしょうか。」
「このような道具をありがとうございます。」
ついでに素直に掃除をしている人も罪を問わずチェックされた。
「はい、お疲れ様です。手を出してください。浄化魔法をかけますよ。ついでにきれいな水で身体を拭いてください。」
仕事が丁寧だった人には石鹸もプレゼント。これには長い独房生活で汚れを自覚していた囚人さんたちもにっこり。
「な、なぜわしは浄化魔法だけなんだ。わしにも。」
「いや、態度の問題。」
「ぐぬぬぬ。」
こうやって一度、ルールを決めればもとはずる賢い大人たちだ。次の日からは態度を改めて大人しくなった。心を折ったとも言う。
その後、掃除の仕方を理解した囚人さん達は、元はそこそこの立場だったということもあり、王都にある一般向けの刑務所へ、掃除と衛生の指導員として派遣されることになり、自分たちの行いの愚かさを再確認して、一生懸命働いているらしい。
城はきれいになるし、犯罪者の心も多少はきれいになる。
「覚えておれよ。」
「じじじ(警戒、反撃)」
一部の人間からは恨みを買ったっぽいけど、そこは、ハチさんたちのネットワークで事前に察知して撃退、殲滅、独房送りとなった。
そんな感じに王城の大掃除は、めっちゃ大変だった。まあさすがに人手の質も量も素晴らしいので寝食を忘れてというレベルではなかったけど、意識改革も含めた衛生対策は大変だった。
そんなこんなで一か月近く王城を走り回り、城内に平和と明るさが戻りつつある。そんな日だった。
北伐の成功と、ボルド将軍が重症を負ったという報せが届いたのは。
ストラ「めっちゃ働いた。」
ここに来て、書きたかった感染症予防系のネタをこれでもかと盛り込んでみました。




