93 ストラ 流行り病と闘う。
じょじょに不穏になっていく世界情勢
ボルド将軍が北伐へ出発して、1週間、私は可もなく不可もなしな学園生活へと戻っていた。
「と思っていたんだけどな。」
意識高く生きていると、どうしても世の中の不穏さが分かってしまう。というか、この一件に限っては私は動かざるえなかった。なにせ。
「いいですか、回復魔法は絶対に使わないでください。使うなら風魔法や水魔法で熱冷まし。浄化魔法は徹底的に、身に着けたものは出来たら燃やしてください。」
白衣の前はきっちりと止めて、手には手袋、顔にはマスクとゴーグル。違う意味でフル装備で私が支持を出しているのは、メイナ様のゲストハウス、その寝室。
「す、ストラ、ごめんなさい。」
「そういうこといいですから、むしろもっと早く気づけなくてすみません。」
メイサ様が高熱を出して倒れてもう3日目だからだ。
最初は微熱だったらしい。このくらいで私を呼び出すのは悪いと遠慮したメイナ様はその症状を黙っていた。だが、その日のうちに高熱をだし寝込んでしまった。それでも寝てれば大丈夫と強がったメイナ様だけど、メイドさん達が即座に私に連絡をくれた。
「メイドさんたちに感謝してくださいね。はい、これ飲んで。」
「苦いの?」
「甘くしておきました。ちょっとずつね。」
解熱効果と、喉の炎症を抑える効果の薬を飲ませながら私は、メイサ様の状態を確認する。そして、冷や汗が流れた。
高熱と赤い発疹、そして、口の中にできる白い斑点。それを見た瞬間に私はメイナ様と関わった人間全員に警告を発した。スラート王子にも頭を下げたし、ガルーダ王子や関係者のコネもフル活用だ。
「まさか、この目で見ることになるとはね。」
はしか。前世では予防接種の定番であるこの病気。特効薬は存在せず、解熱剤などによる対処療法をしながら、7日から10日かけて治す。一度、熱が下がったと見せかけてから高熱とともに発疹がでる。そんな厄介な病気だ。
感染力が強く1人の患者が10人に感染させると言われるほど。
メイナ様への治療にも、予防にも正しい知識が必要となる。
「す、ストラ嬢。メイサは。」
「状態は安定しています。悪化にしないように場を整えてあげれば数日で回復します。」
「か、感謝する。」
「いいから、告知だけは徹底してください。学内、王都で似た症状の人がいないか。出た場合の対処法をメモしましたので、ともかく徹底してください。」
「そうだな、さっそく父上へ直接。」
「おバカ。」
部屋の外でおどおどと待機していたスラート王子のたわごとに、思わず手がでる。
「今まで、何を聞いていた。やばいんだよ、患者と接触した人を軒並み拘束したいレベルでな。耳ついてんのかくそぼけ。」
「し、しかし、それでは時間が。」
「緊急事態を知らせる暗号とか符丁ぐらいあるだろ、それを使え。お前らもだ、この状況で王子がばかししないように動くのが役目だろ。」
「「わ、わかりました。早急に。」」
「べらべらしゃべるな。自分も病気かもしれないと思って動け。」
こくこくとうなづき、私のメモをうけとるスラート王子とその側近たち。不敬罪? 知らないか、緊急時では医者の判断と患者の治療の優先度が序列なのだ。ガタガタ言うなら、物理的に黙らせる。
「まあ、手遅れだよねー。確実に」
実を言えば、私にヘルプを求めたメイドさん達は熱を出して倒れている。過労か感染か判断は保留しているけど、彼女たちも感染していると見たほうがいいだろう。
潜伏期間は10日ほど、治療にかかった期間も考えると2週間、できたら一か月ほどの間にメイナ様と接触した相手に注意を促さないといけない。
「学園内は、いいとして。問題は慰問で訪れた孤児院か・・・。」
移動は馬車だったということだし、普段から人の出入りの少ない場所だ。そこにはスラート王子を通じて、しばらく外出を自粛することと、万が一の対応をお願いした。
「そもそも、感染源はどこだって話か?」
北伐関連で、きな臭い情勢だったからメイナ様の行動範囲は限られていた。卒業に向けてのレポート製作でゲストハウスにこもり、外出は孤児院への慰問だけ。幸いと幸いだけど。学校や孤児院のように若子どもが集まる場所は、ウイルスのバーゲンセール会場みたいなもんだからねー。
水銀を使った検温器はこの世界にあるから、孤児院に送ってもらおう。検温による健康管理と予防を徹底してもらうしかない。
こういうのが意外と大事だ。前世でも何かなくても放課後は教室を掃除して、自腹を切って消毒薬で子供の机や扉を消毒していた。そのおかげか私の担当クラスではインフルエンザとかあの感染症が流行るなんてことはなかった。今世では浄化魔法もあるからかなりの高水準で空気を清潔で健康的なものにできる。
事態はギリギリ収束、そう思っていた。しかし私の医学知識は一般水準よりちょっと高い程度。はしかはそんなものを余裕で超えてきた。
「なんで、あんたまで倒れてるんじゃ―。」
すったもんだの準備を終えた次の日、スラート王子も熱を出して倒れた。これがメイナ様からの感染なら、注意ですむが、逆だった場合は、いやそうでない場合もアウトか。
「ガルーダ王子、国王へすぐに連絡をしてください。あと、そこに隠れている犬は獣人たちに連絡して、リットン君はアサギリ村に手紙をお願い。みんな浄化魔法は徹底してね。」
やけくそな気持ち。私は持てるコネを総動員して、はしかの存在とその治療法を、「薬師の秘術」として公開することした。
結果わかったことは、時すでに遅しということ。数日で集まった情報は、王都の各所ではしかと思われる病気が流行りだしているという事実だった。
「となると、できることは限られてくるなー。」
はしかに特効薬はない。前世ならば抗生物質や抗菌薬といった強い薬があったが、その作り方まで知識はない。なんか複雑な行程で作る化学薬品やカビからペニシリンを取り出すなんてチートは私にはない。救いがあるとすれば、はしかが、それだけでは死ぬ病気ではないことだろう。カビからペニシリンを作る漫画でも、はしかは対処療法で乗り切っていたし。
不要不急の外出を控えること、マスクをし、手洗いうがいによる予防。酒を蒸留して作るアルコールによる消毒法や薬草による解熱剤の準備。回復魔法を使わわない対処療法と隔離の指示。
スラート王子が感染したという報告を受けた国王の対応は早く、即座に告知されたこの方法。庶民にとってはありがたい話。貴族にとってはメンドクサイものだった。
なにせ発病したら、接触を避けるために身の回りのことを自分でしなければならないし、身内に発症者がでれば2週間は外出禁止。公然と守らないバカもいれば、醜聞を恐れていつも通りに振る舞う輩が現れる。で、そういう貴族ほど安易に回復魔法を使って病原菌が活性化して痛い目を見た。
そうなってからの治療は大変だし、むやみに広めたと理由で快復後には厳しい処罰が待っていた。
「メイナ様、しっかりと休まないとだめです。」
「で、でも治療が。」
「今は、出歩いたちゃだめです。私もみんなも。」
幸いなことに数日でメイナ様が快復したことも大きい。はしかは一度抱えれば身体に抗体ができる。寝込んで失った体力が戻れば、発疹もなくなるだろう。対処が早かった分、メイドさんたちもスラート王子も快復に向かっている。
「学内での患者が少ないのも幸いでした。」
「そうね。」
いち早い告知と対策が功を為したのか、学内でのはしか患者はメイナ様達を除けば数人程度だった。それも私たちとは関係ない一般生徒ですくに医務室で治療をされて大事にはなっていない。
王都?そっちは知らない、それこと医学教室や偉い人達の役割だ。国のVIPであるメイナ様とスラート王子の治療をした時点で、私の役割は充分でしょ?
そんなこんなで、嵐のような一か月。王都を中心に起こったパンデミックは、なんとか収束の兆しを見せていた。
「死ぬー。」
色々、駆けずり回った結果、私が過労でぶっ倒れたのはまた、別の話。まあ記録としては充分じゃない?
ストラ「手洗い、うがいは大事。」
はしかなどの感染症の怖いところは、他の病気と合わさって重症化すること。また、感染を繰り返して変異してしまうこと。




