6 知識チートをする余地はないが、贅沢する分には役に立つ。
前世チートによる領地改革?
さて、トムソンという協力者を得た私は、この村の割と多い資金を自由にできるようになったんだけど。
「今更やれることってないんだよねー。」
そもそもこの世界のインフラは整いすぎている。川や地下水を浄化して送られる水道に、トイレや風呂などの排水の浄化も簡単にできる。耕作魔法や成長促進魔法なんてものもあるので農業で餓えることもない。冷暖房も魔法でなんとかなってしまう。それぞれが専門的な技術であることは前世と変わらないけど、そのハードルが低く、そこそこの努力と勉強、それでもだめなら魔道具を使えばこれらの恩恵に授かることができる。
つまり、よほどのことがなければ衣食住には困らないのだ。不満などあるはずがない。
「なら、なぜ私のことを追求されたんですか?」
「いやーだって1人占めはずるいじゃん。」
あきれ顔のトムソンを伴ってたどり着いたのは、養蜂家であるハークスさんの家だった。
「これは、トムソンさんに、ストラちゃん。時間通りですねー。」
ハークス夫人に穏やかに迎えられ私たちは、森へと歩いていく。そこでは、丁度ハークスさんがハチミツを採取しているところだった。
「いつみても、すごいよねー。」
魔法で煙を発生させてハチの動きをとめて、抽出魔法ではちみつをもらう。ハチの巣が壊れることもないし、優れた養蜂家はハチとコミュニケーションをとって安全にはちみつをとることができる。なんでそんなピンポイントな魔法があるんだよって突っ込みたいけど、今はそれが目的じゃない。
「ありがとうございます。でもはちみつ泥棒はだめですよ。」
「もうしないもん。」
5歳のころの話をいつまでもしないでほしい。
「ハークスさん、これを見てほしいのよ。」
採取を終えたハークスさん夫妻に、私はトムソンに運ばせていた箱を見せることにした。
「はあ、これは、中に網が入ってますねー。それもいくつも。網は固定できるスリットが入っていると。」
上蓋のついた四角い箱の中に入っているのは網のついた木枠。箱の下には大き目の穴が開いている。
「これは、養蜂箱の試作品なの。ハチさんが気に入ったなら量産したいと思ってるの。」
「養蜂箱?」
うんうん、分からないよねー。
この世界のハチたちは、気に入った木をくり抜いてその中に巣をつくる。群れの規模によって木の大きさや種類は変わるけれど、巣になる木には条件があるらしく、木のサイズ以上に群れが大きくなることはない、つまり採れるはちみつの量には上限があるということだ。
「この木は、たしかにうちのハチの巣と同じ木を材料にしているようですが、どうですかねー。」
「木材の感覚なのか、香りなのか。あとは交渉次第だと思うの。」
トムソンを味方に引き込んでそれなりの予算を確保できた私が思いついた政策の一つが養蜂の拡大だ。自然豊かなこの世界においてもハチミツは貴重品だ。砂糖になる植物が生産されているから甘味はそれなりに充実しているためか、はちみつは甘味というよりも薬的な扱いである。
「やあ、みんな。ゴキゲンはいかが?」
「ジジジ(知恵ある子、警戒 問 要件)」
こちらの気配を察して巣から慌ててでてくる、ミツバチ?はファンタジーの世界らしく一匹一匹は手のひらサイズハムスター程度の大きさだ。正直、ちょっと怖い。
「ジ(悪戯、だめ。)」
「もうしないって。」
「ははは、ハチは賢いですからなー。悪戯をした子供は覚えているんですよ。」
私の頭に止まりながら端的に伝えてくる蜂たち。一部の知性が高い魔物や動物は言語を理解する。そしてハークスさんや私のように波長があった人間は意思疎通ができる。このファンタジーよ。
「今日はお土産もあるから。女王様に挨拶させてよ。」
言いながらポケットから果物をいくつか取り出す。わざわざ山に入って探してきた柿にベリー、こっそり注文したリンゴも振る舞ってしまおう。
「ジジジジジジ(いい香り、賢い子、気が利く。)」
「ジジジジ(女王に報告、挨拶許可。)」
用意した果物に憑りついて香りを嗅いだあとでハチたちはそういって、巣に運び込んでいく。いっちゃなんだけど現金なところが人間臭い。
「ジジジ(賢い子、大きくなりましたね。)」
貢物の効果とハークスさんの紹介もあり、女王蜂とはすぐに会えた。数匹のお供と大量のハチに囲まれて現れたのは蜂たちの女王だった。ほかのハチよりも大きく、サイズは猫クラス。大きいからこそ、その顔はほかのハチよりも表情が豊かだ。
「今日は、女王様に提案があってきました。」
虫と侮ることなかれ。知性があり益虫だ。子どもの悪戯と多少の事は許してくれる懐の深さもある女王バチに、私は敬意を忘れずに、養蜂箱と、その仕組みをプレゼンした。ところどころハークスさんが補足してくれたり、女王が実際に養蜂箱に入ったりして小一時間ほどプレゼンした、結果。
「ジジ(なるほど、理解しました。)」
女王バチは私の提案について腕を組んでうなづいてくれた。前足を顎に当てながらされる確かな知性を感じる所作には深い知性を感じる。
「ジジジ(ですが、即答は出来ません。)」
だからこそ慎重な回答は予想の範囲だった。
「ジ(娘よ。)」
「ジジ?(はい、お母さま。)」
「ジジジ(いい機会だから、お前がやってみなさい。)」
「ジジジジ(いいの?やったー。)」
お供の一匹、どうやら娘さんだったらしきそれに、女王はそう告げた。
「すごいですね、分蜂の許可がでるとは。」
「分峰?」
「増えた群れが、新たな女王とともに新天地を求めて旅立つことです。ただ入念に下見をした上で条件にあった場所に行くので、めったに見れるものじゃありません。」
「へえー。」
感心するハークスさんたちだが、私はそれよりも女王に指示されて嬉しそうに飛び回っている一匹とそれをうらやましそうに見ている蜂たちの様子の方が気になった。
なんというかあれだ。1人部屋をもらったお姉ちゃんとそれをうらやましがる妹たちって感じだ。
「これは、うまくいってしまう?」
予想以上の食いつきに私は逆におどくのであった。
10日後、私はさらに驚くことになった。
「ジジジ(待ってた。)」
歓迎する蜂たちにまとわりつかれるとさすがに背筋が冷える。長袖を着ておいてよかった。
「新居は気に入ったみたいだね。」
「ジジ(快適)」
養蜂箱からせわしなく出入りしている蜂たちの様子に私は満足する。
「ストラちゃん、これはすごいです。蜂たちも喜んでますよ。」
私以上のハチをまとったハークスさんがゴキゲンでやってきて、巣箱の中を見せてくれた。
「見てください、網ごとに蜜がたまっているので取り出すのが簡単です。しかもそのときに掃除もできるので、いつでも清潔です。」
「ジジジ(清潔、快適)」
「あ、女王様、こんにちは。」
「ジジ(知恵ある子、歓迎)」
嬉しそうに私の頭にのる女王様、こうやってみると可愛く見えてくるから不思議だ。
「これは画期的ですね。蜂たちは巣になる木を決めると何十年と過ごし、木が痛むとほかの木を目指して旅立ってしまうのですが、この方法ならいつまでもいてくれますよ。」
「はちみつの量は?」
「増産は可能かと。ただそうなると近くに花を増やす必要がありますね。」
「そうだね、そっちも計画しないと。ねっ、トムソン。」
「かしこまりました。はちみつが増えれば領収も増えるでしょうし。」
ホクホク顔のトムソンだ。ハチミツは貴重な商材だし、この方法は画期的だ。だからこそ張り切りたくもなる。
「ジジジ(賢い子、私も欲しい。)」
「ジジ (私は、川の近く、あそこの花が好み。)」
先日、羨ましがってたほかの姉妹たちが私に群がり要求してきた。どうやら好みも場所も色々っぽい。
「ジジジジジジ、(お前たち、賢い子、すまない、頼めますか?)」
女王バチもそんな様子に呆れ顔だ。うんでもさあ、気持ちはわかるよ。いつまでも実家って疲れるじゃん。
「うん、養蜂箱はすぐに作れるから、候補地を教えて。」
「ジジジジ(感謝―、いい子、)」
私の言葉に歓喜するハチたち。そのまま私は吊るされるように村の各地を運ばれ候補地に養蜂箱を手配することになった。細かな要求こそあったけど、王女たちは村の各地に養蜂箱を設置し、結果としてハッサム村には7か所の養蜂箱が設置されることになった。
「はは、これはやりがいがありそうです。」
ハークスさんは笑っていたけど。正直申し訳ないとは思った。反省はしていないけどね。
(トムソン視点)
ストラ様が天才ではないかと領主さまから言われたときは首をかしげて、親馬鹿な発言と思って聞き流していた。たしかに領主一家は偏った才能がある方が多い。現領主も凡庸であるが堅実に領地を守っているし、先代と先々代は国内でも有名だ。だが、正直言えば息子のジャックの方が賢いと思う。9歳になったばかりだというのに読み書きを覚え、私の仕事へ理解を示している。
「ねえ、これってトムソンがやってるんだよね。」
それに騙されていたと思ったのは、ニコニコと笑いながら私の横領の証拠を突きつけてきた時だ。言い訳できない証拠と、自分に万が一があった場合の保険。10歳の女の子とは思えないほど慎重で狡猾だった。口を封じるなんて恐れ多いことを私ができないことも想定していたのだろう。
「だから、何度も言ってるけど、別に、これをお父様に言ったり、アナタを首にしたりなんてことは考えてないよ。これくらい、罪だとは思わないし。」
そして歳とは思えないほど老獪な顔で提案されたのは、私が横領していた一部の金を使って領地の改革を行うとのことだった。
「大丈夫、アナタも儲かるよ、今よりきっと。」
それが事実だろうとハッタリだろうと、私には従うほかなかった。
願わくば息子の進学のためにためているお金が残りますように、そんなことを願っていた。
しかし、ストラさまの改革はあまりに画期的で、金の匂いがした。
ハチミツは専門家が作る貴重な食べ物だ。ハチの性質に依存し、地域によっては作ることもかなわないし量産などもってのほか。それが常識だった。
だが養蜂箱という画期的な手法は、ハチたちの心をつかむだけでなく、木やハチの性質に頼ることなく安定したはちみつの量産が可能とした。
これは儲かる。
はちみつは保存が利くし、何より人気だ。安定した供給ができれば確実にもうかる。
「どうよ。」
自慢げに私を見るストラ様に、正直恐怖を覚えた。この方の頭の中にはあるのはきっと養蜂箱だけでなくもっとあるのだろう。
たしかに天才かもしれない。
「じゃあ、販路の確保がんばってね。」
儲けはあげるから。そういってストラ様が次の悪戯に走っていく。
末恐ろしい、もうかるのはいいが、先に私が過労死するかもしれない。
だが悪魔に魂を売った以上、私はこの商材を成功させるしかないのだ。
養蜂体験の授業がある学校があるとか、ないとか。
ちなみにハチミツは赤ちゃんには与えてはいけません。




