67 薬師 カレーを作る。
カレー作りのお時間
日本人のソウルフードと言えば?
味噌汁、米、天ぷら? 和食?
違うね、日本人にとってのソウルフードと言えばカレー、カレーライスである。
「というわけで、カレーを作ります?」
「じじい(カレーって何?)」
クミンにターメリック、コリアンダー。冬は冷え込むハッサム村やその周囲では何をあがいても見つからなかったカレーの心臓と言える三種類のスパイスだが、温室の奥でばっちり見つけることができた。
「バナナと唐辛子の時点で予想はしていたけど、見つけられると感慨深いわ。」
もう十年以上食べていないし、香りも嗅いでいない。それでも前世で食べたカレーやコーラといった好物の味は覚えている。元日本人の食への執念を舐めてはいけない。
というわけで、さくっとスパイスを収穫して、時間外の食堂の厨房の一角を借りて私はカレー作りへとチャレンジすることにした。
ちなみに日本の学校給食のカレーはルーから作っているのだ。おまけに授業の一環でスパイスやお米を育ててカレーを作るという学校もあるそうだ。その授業を担当したことはないが、夏休みの研修の一環でその学校へ行って、収穫からカレー作りを体験したことがある。なので、スパイスを見分けることはできたし、薬師としての技術と知識を活用するれば、スパイスパウダーにするのも簡単だ。元日本人の食への執念を舐めてはいけない。
「独特のにおいだねー。とてもじゃないけど食べ物とは思えないけど。」
収穫から流れついてきたフォルクス先輩は、粉末状になったスパイスに興味深々だった。なんでも南部では獣よけに植えているが、このように粉にすることはないそうだ。
「粉にしたあとは瓶詰などにしないとすぐに香りが飛んでしまいますけど。袋詰めにして持ち歩くこともできますよ。獣の鼻先に投げつけるんです。唐辛子とかもいいですねー。」
「なるほどねー。でもますます食べ物じゃないよねー。」
唐辛子に含まれるカプサイシンという辛み成分やスパイスの香りなどを使ったものが催涙スプレーである。食べ物を武器にというのはとんでもない考えとも思うが、植物には優しい虫よけにもなるのでものは使いようだ。
そして、スパイスや香辛料と言えば、金と同様の価値があるなんて言われるが、この世界では珍しい雑草という扱いになっている。
魔法を使った食材の保管や移動法が発達しているうえに、なんだかんだ流通がしっかりしているので肉を長時間保管するという発想がないからだ。
香辛料が貴重なのは、肉を美味しく保管するため。そもそも保管ができるから流行らないというわけだ。
まあそんなことはどうでもよくて。
お鍋にバターを入れて半分溶けてから小麦を混ぜてさらに炒める。ほどほどに色が着いたら、別の鍋でスパイスを乾煎りする。
「あれ、なんかよい香りが。」
「そうでしょう、そうでしょう、火を通すことでいい香りになるんですよ。」
薬学と同じである。いろんな材料を組み合わせて新たな一面を引き出す。前世ではほとんど関わりがなかったけど、香水なんてものも原料は臭いものばかりだとか。
焦げないように気を付けながら炒めたスパイスを、小麦粉の鍋に混ぜる。すると一気に見た目はカレーに近づき、懐かしいあの匂いが立ち込める。
「ああ、バターの香りもあって、これだけで飯が食えそうだ。」
懐かしさに涙が出そうになる。だが、ここで終わりではない。
「塩とハチミツ、なんちゃって醤油も入れてしまえ。」
なんちゃって醤油は、ハッサム村で試作していた味噌もどきの上にたまってたやつ、味噌も醤油もいずれはと思うけどいい感じの風味なのでとりあえずは使える。
「な、なんだその黒いの、それにハチミツを淹れるのか?」
「そうですね、わりとなんにでも合いますよ。」
砂糖が貴重なこの世界、ハチミツを甘味量代わりに使うのはハッサムの流儀だ。紅茶に入れて良し、パンケーキにかけてよし、いやそもそもカレーにハチミツは前世の有名企業もやっていたはずだ。
「ああ、確かに香りに奥深さが、これは絶対うまい。」
そうだねー、匂いだけでよだれがでそうになる。
「あとは一晩寝かねて、なんですが? ファルクス先輩、味見してみます?」
「いいのか?」
「ええ、もちろんです。フォッコ家の人の意見も聞きたいですから。」
わりと気合を入れて作ったので小鍋一杯ほどのカレールーができた。これをベースにするわけだからかなりの量のカレーを作ることができる。だが、この手間を毎回したいわけじゃない。できることなら、カレー用のミックススパイスが欲しい。
そんな思惑を持ちながら、カレールーもどきをスプーンですくい、食堂で作り置きされている野菜スープを器に拝借する。
「とりあえずですが、カレー風味の野菜スープです。」
塩味ベースのシンプルなスープならカレーの元の代役にするにはちょうどいい。
「なるほど、スープに追加してつかうのか、香りもいいけど、とろみがつくのはいいね。」
「その分、食器を洗うのは大変なんですけどね。」
「なるほど、これなら木の器じゃなくて、銅とかの器の方がいいかもしれない。」
いいながら、視線がカレーもどきに固定されているフォルクス先輩だが、もう少しだけ待ってほしい。さすがに味見もしないで振る舞うのは怖い。
「大丈夫、毒はない?」
「じじじ(大丈夫であります。)」
ハチさんの一匹に匂いによる鑑定をしてもらう。これが馬鹿にできない。前にヨモギと思った草が毒草だったことがあり、びびって以来、ハチさん鑑定を必須としている。
安全が確認できたら、器を口に運ぶ。
「あっ。」
それはだれの声だったかわからない。ただ、鼻に届いた香りと口に広がったカレーの複雑な旨味はカレーそのものだった。辛みを抑え気味の甘口使用。あれだ、給食のカレースープの味・・・。
「ストラちゃん?ダイジョブ?」
気づけば、ほほに涙が伝っていた。ああ、だめだ十年近く経っているはずなのに、カレーはカレーだ。やはり元日本人の食への執念を舐めてはいけない。
「あっ、大丈夫です、顔を近づけすぎて、スパイスに目がびっくりしたみたいです。」
そういって私は、鍋から野菜スープを拝借してフォルクス先輩の分のカレースープを用意する。
「じじじ」「ふるるる」「ぴゅー」
わかってるって、みんなの分もね。
味見用の小ぶりの器に動物さん達の分も用意して、どうぞと差し出すとみんなは一斉にむらがった。
「うまい、なんだこれは、あれが獣よけの草からできるのか。」
フォルクス先輩の反応は面白かった。香りに驚き、口に含んでしばらくフリーズ、それからこの言葉である。
「初めて嗅ぐ香りなのに、食欲が刺激される上に、味の複雑さだ。最初は辛さが目立つけれど、徐々に深みを増していくから、止まらない。」
「パンとかライスと一緒に食べるといい感じですよ。」
「たしかに、そういえばパンも作り置きがあったはずだな。」
大勢の生徒の食欲を賄うために、野菜スープと固焼きのパンは常に大量のストックがある。、フォルクス先輩は、そんなストックを拝借して、迷わずカレーに着ける。
「おお、とろみのあるスープがパンに絡んでうまい。シチューに似た感じになるが香りが段違いだ。すごいな、これって、スプーンで溶かしただけなんだよね?」
「ええ、熟成させたら、もっと美味しくなるよ。」
「すごい、これは革新的だよ、ストラちゃん。これって、どれくらい日持ちするんだい?」
「さあ、そこは検証しないとですが、バター入りの状態だと冷蔵が必要ですけど、スパイスだけなら瓶詰とかにすればそれなりに・・・。」
「うん、そうだね、これは研究のしがいがある。すごい、成功すれば南部にとんでもない特産品ができるよ。」
そういえば、雑草感覚で生えているんしたっけ?
適切な加工ができればスパイスの可能性は無限大である。カレーにするだけじゃなく調味料としても。
「ストラちゃん、君は南部の、いや砂漠部分の救世主になるかもしれないよ。」
「そんな大げさなあ。」
ともあれ、スパイス栽培の専門家(正確には過剰に増えないようにするタイプ)であるフォルクス先輩の協力を得られれば、定期的にカレーを食べることができるようになる。なんなら、ハッサム村にも送ってあげよう。
私はそんな風に軽く考えていた。だって、この世界、食べ物はまだまだあるし、スパイスは雑草扱いである。わざわざ雑草を食べるなんてもの好きは、私ぐらいだと・・・。
数か月後、スパイスや香辛料を使った料理が大流行し、その発案者であるフォルクス先輩が「スパイス王」とか「カレーキング」なんて呼ばれることになる未来を私はまだ知らない。
ストラ「次は、王道のカレーライスかなー。」
ハル「じじじ(美味しい。絶妙)」中辛派
サンちゃん「ふるるるる(うまいけど、もっと辛くてもいいな。)」辛口派
レッテ「ふるるるる(ハチミツ、もっといれて、リンゴとかバナナも欲しい)」甘口派




