57 能ある鷹は爪を隠す、そして隠している事実ほど信用度を失うことはない。
試験の裏で行われること。それは教師たちの苦労話1
入学試験のあと、生徒たちはそれぞれの寮へ移動して荷物を整理する。平民庶民は男女別の一般寮、下級貴族や小金持ちな平民たちはスペースに余裕のあるマンションスタイルの集合住宅。貴族や王族級の人達は警備も厳重な戸建てばかりのゲストハウスと別れて住む。
「うん、荷物は運んでくれてたみたいだね。」
「じじじ(ちゃんと案内したよ。)」
「ふるるるる(さすがに中には入れなかった。)」
「ぴゅーー(見張りはばっちり。)」
私とリットンはクラスの真ん中のマンションスタイルの集合場所だ。3階建てで各界に4室ずつ、1棟に12部屋あるマンションスタイルで、一般寮と違い、各部屋にトイレと台所が存在する。
「お、お嬢いいんですかこんな立派な部屋に僕が。」
「大丈夫だよー、なんだかんだ稼いでいるからなー君も。」
私とリットン君の部屋は3階の奥の二部屋だ。私の従僕ということで入学しているリットン君だけど、彼の親はため込んだ資金で学費や滞在費を工面(まあ、手続きは辺境伯様まかせだけど)し、片田舎の貧乏貴族でありながら、中級以上の待遇で入寮することができた。
「なんだかんだ、去年の一年は私のお手伝いをしてくれてたからね、頭金ぐらいにはなったよ。」
「いやいや、全然足りてませんよね。それにこれから自炊したり、維持したりするお金だって。」
うん、中途半端に賢くなったらから、学園生活でかかる金額も計算できちゃうかー。
「大丈夫、大丈夫、そこは卒業後に何年か村で働いてくれればいいから。」
「し、しかし。」
「いいから。今は部屋で休んで、夕方になったらご飯の準備をしよう。」
まだごねるリットン君を部屋に蹴り入れて、監視用の兵隊ハチさんも送り込んで、私も自分の部屋へと入る。
六畳程度の部屋が二つに、台所にトイレと風呂。1人暮らしをするにはかなり贅沢な部屋であるが、片方の部屋は持ち込んだ機材やらあれこれで埋まっている。
「はあ、これくらいがいいね。」
土地があり余っているハッサム村の家もそこそこ広いけど1人で過ごすにはこのくらいの大きさが落ち着く。広すぎて管理をするのも手間だしねー。
一般寮は、男女別で2人一部屋で、ベットとクローゼット勉強用のテーブルのみ。トイレと風呂は共用で、食事が食堂で提供される。典型的な寄宿学校といった感じだけど。清潔度や料理のクオリティはお察しくださいというレベルらしい。ゲストハウスを使うような人たちはダース単位で人を雇い入れている。
「ともあれ、数年は私の城か。」
学園では、最短で2年、望めばそれ以上在籍が可能である。ハッサム村のことは気になるけれど。
「ふるるるる(俺はここがいい。)」
「じじじじ(私たちはベランダを借りるよー.。」
「ぴゅー(ここの貯蔵庫、ここ冷やせばいい?)」
愉快なアニマルズのおかげで退屈することもないだろう。
「とりあえず、荷ほどきっと。」
試験の結果が発表されるのは、明日の午後だ。それまでにアニマルズと私の生活圏を区分けぐらいはすませておきたい。
新入生が寮へと入り、明日から始まる学園生活に向けて期待と不安をなんやかんやしているころ、学園の教師たちは鉄火場、修羅場であった。
「学科試験の採点と希望ごとの仕分けは終わりました。各担当はすぐに確認を、4時間後に一回目のクラス分けの会議を行います。」
250名強の生徒の答案用紙。それらが10ほどの束に分かれている。
「魔法学と軍事学の人気は相変わらずですな、これは選定が大変だ。」
「毎年のことじゃないですか、どちらも実技試験の結果である程度決まっているから問題はないからいいじゃないですか。」
一際大きな束二つをそれぞれ抱えているのは魔法学の教授であるライト・マーリンと軍事学のモートン・プライムである。どちらも各分野の最前線で働いていた来歴を持ち、多くの教え子を送り出している重鎮である。
「毎年のことながら、4時間で生徒の選別をするのは骨が折れますよ。」
「わしとしては実技で終わっているから問題ない。愚か者を切り落とすだけだ。」
「ははは、モートン卿のお眼鏡にかなう子はいましたかな?」
魔法学は、魔法を専門とする特殊技能を勉強する教室であり、前提としての魔力実技でほぼ選抜が終わっている。それは実戦に重きを置く、軍事学でも同じことであり、モートンも実技で目途が立っていた。
「うむ、そうだな。」
他の教員たちがそそくさと答案を持ち出していく中、2人が残っているのは、実技で目立った生徒の情報を交換するためだ。
「昨年は、スラート王子とガルーダ王子とそのご友をと軍事学に多くもっていかれましたから。」
「当人たちの希望であるからに、それに彼らは経済学や歴史学も並行して学習している。そちらこそ、メイナ嬢を引き込んだじゃないか。」
「ふふふ、彼女自身が魔法学を望んだ結果です。たしかに実技レベルの高さには驚きましたが。」
「性格も数年前のわがまま令嬢という噂も嘘のように淑女としていた。あれなら将来の国母ともなろう。」
嫌味の応酬も会話の内、対抗心こそあるが、お互いが必要だと彼らは理解し合っている。
「そうだな、軍事学としては目立ったものはいなかった、だが、ストラ・ハッサムとリットン・ビー。この両名はなかなかに興味深かった。」
「ああ、最後に試験を受けていた2人ですね。リットン君の方は平均よりやや下ですが魔法学を選んでも大丈夫な水準でしたし、ストラ君は、あのハッサムなんでしょうね。」
「ああ、ハッサム嬢はあのハッサムの娘だろうな。明らかに手抜きなことは親とそっくりだった。」
「ははは、軍事実技でもそうでしたか。」
予想通りの言葉にマーリンはけらけらと笑う。
「魔法学でもそうでしたね、基礎的な詠唱呪文を軽々とこなし、規定のラインには余裕で達していましたが、明らかに実力を隠していました。」
「ほう、魔法の才能が?」
「ええ、基礎魔力は平均以上、詠唱魔法の練度から考えて無詠唱も可能でしょうね。」
「それを試験では?」
「見せてません、試験項目になかった、あれは試験項目以上のことをする気はないでしょうね。」
「なるほどな、軍事実技の方もそうだ。50メートル走をはじめとした基礎体力の試験は男子の平均値を出しつつ、投擲の技術もそこそこ。おそらくは剣術か杖術あたりにも心得があるな。」
なんとも惜しい。二人の教授はそう思った。学園での試験はそのまま将来の評価にもつながりかねない、だからこそ背伸びをして実力以上の結果を出そうと奮起する若者が多い。そんな中に、試験項目を淡々とこなす無欲な天才というのはごくまれに存在する。それは試験項目に真面目に取り組んでいるか、単純にやる気がないかのどちらかだ。
「完全に後者でしょ、彼女の場合。」
「そうだな。それにおそらく軍事学も魔法学も選択しておるまい。」
「リットン君でしたっけ、彼もなかなかの逸材でしょうけど、いかんせん性格が弱気すぎる。」
「おそらくはハッサムのお付きだろうに。鍛えがいはありそうだ。」
仮に彼女たちが自分の教室を選択していたならば、鍛えてもいい。だが、わざわざスカウトしてまで巻き込もうとは思わない。教えるなら、多少劣ってもやる気が若者がいい。教師とはそういう生き物だ。
10個の教室の教授が、希望者の答案を確認して、選別を行った後で、第一回クラス分け会議が行われる。10人教授が一同に集まり、学園長と数名の事務員が席につきやや緊張した面持ちとなる。
「では、まず魔法学のマーリン教授からお願いします。」
「はい、今年も定員の40名は選別しました。残りの20名ほどの生徒は一般教養学で勉強していただきたいと思います。」
「またですか、うちは今年も100人超えそうですね。」
一般教養学の教授であるラモン・ネイ教授はため息をつく。長い髪を一本にしばった背の高い女性であるが、女性ながらに多くの分野に精通している女傑である。
「実技はともかく、まともな計算力や語学力がないのは、困るんだよ。魔法を撃てればなんとかなると思われるのは違うし。」
「軍事学も同じだな。基本的には受けいれるが、歴史学と一般教養学部を平行して受講させたい生徒が多い。」
「もういっそ、一般教養学は全生徒の義務にしたいところですが。」
「そんなことをしたら、うちがパンクします。」
毎年あがる提案をラモンは速攻で却下する。
「四則演算や基礎言語、平民出身の生徒の基礎力向上のための教室なんですよ、うちは、落ちこぼれの貴族庶子の受け皿じゃないっての。」
さらっと毒を吐くが、教授たちも否定はしなかった。
「まあ、そのあたりはしょうがない話ですな。工学なんかも人気がないのはつらい。」
声に出して同意したのは工学の教授であるラークであった。小柄な体に立派なひげを持つ彼はドワーフであり、その高い技術力を買われて学園に在籍しているが、工学は人気が少なく、2年目以降で他学の教室からのドロップアウトの受け皿となっている。
「まあ、今年は他学と並行ですが、希望者が3名もいたのでうれしい限りです。」
「ほう、そうなんですか。」
「ええ、それも筆記試験を見る限りではなかなかに優秀な子のようです。」
「それはうれしいですな。」
理由は分からずとも、やる気のある若者がうれしいのは教師というもの。
そんな感じにそれぞれの教授が試験の結果を発表していく。一部の身の程知らずを除いて、ほとんどは自分の実績に見合った教室を希望しており、会議自体はスムーズに進んでいく。
「今年は平均的というか、問題がなくて助かりますなー。」
「ロゴス家のご子息が入学したと聞いていますが。」
「彼は経済学と歴史学を選択しているようですね、成績的にも問題ないでしょう。」
「そうですか、ロゴス家なら妥当ですな。」
「魔法学も軍事学も選択しないあたり、内政の鬼ですな、相変わらず」
やがて無難に収まれば話題に上がるのは、目立った生徒の話となる。
「魔法学としては、獣人の生徒が数名入ったことがありがたいです。」
「軍事学にも欲しかったがな―。」
「いやいや、それこそ本人たちの希望が優先ですし。」
学園に置いて、軍事と魔法学を同時に選択することはできない。だからこそ優秀な生徒の動向は気になるところだ。だからこそ教授たちも、黙って見守っている学園長も実技試験の方はしっかりと見届け250人のほとんどの評価をしている。
「最後だからというのもありましたが、リットン・ビー君というのはなかなか印象に残りましたな。」
「ああ、そうです、彼が工学科を希望している1人です。なんでも故郷の村にもドワーフが住んでいるとかで、経済学と合わせて将来は故郷の代官を目指すとか。」
「若いのにしっかりしているな。実直そうだし、鍛えがいがありそうだ。」
「彼の実力なら魔法学に来ても歓迎なんですけどねー。」
「ちょっと、せっかくの希望者を取らないでくださいよ。」
目立ったトラブルや問題児がいない。その事実により教授たちの空気は和やかものだった。
「・・・なぜ、うちに来ない。」「ああ、やっぱりうちに来ちゃうか、メンドクサイ。」
正反対の理由から頭を抱える2人の教授を除いて。
①魔法学 ②軍事学 ③経済学 ④歴史学 ⑤医学 ⑥芸術学 ⑦工学 ⑧植物学 ⑨言語学 ⑩一般教養学の10個の専攻を選ぶのが学園の設定。ストラはその辺を理解した上でゲームの設定とごちゃごちゃになってます。




