35 冬を超えたら11歳になりました。
11歳になりました。
入学前に起こった大寒波によって国や周辺国は大きな被害を受けた。
そういえばゲームの中でそんな一文があったような、なかったような?
ともあれ、その冬はいつもよりも寒かった。
目に見えて何かがあったわけじゃない。ただ大人たちの言葉ではいつもよりも、ストーブに薪をいれるのが早く、村の外から入ってくる物の値段が少し高い。そんな些細な変化しかない。去年もそうだったと言われればそう思ってしまう程度にいつもりも影響があった。らしい。
まあ、これはハッサム村や辺境伯領内での話で、国の中央や周辺国は大変だったらしいけど。幸いなことにまだ餓死者も出ていなければ略奪なんてこともない。なんだかんだ、生きるだけならイージーモードな世界である。
ちなみにハッサム村は、過去一温かく過ごしやすい冬だったという。それに関しては私もそう思う。ホットオウル達の影響で薪には困らず、毎日お湯は使い放題。ハチさんたちとクマさん達の縄張り行動のおかげ豊作でため込んだ食料を狙う不届きな獣や山賊なんてものが近づくことはない。豚さんたちの協力で冷凍保存された余剰の食べ物は各地に売られてお金と恩を稼げた。
悪目立ち? うちは運のいい田舎でしかないですよー。なんなら辺境伯様に聞いてください。
(余計な事を聞けば、辺境伯様を敵に回すけどいいですか?)
そんなこんなで久しぶりに穏やかな時間を過ごすことができた。温かく、食べ物にも困らない、寒いし雪も降るような土地なので社交に出ることもない。おかげで薬の研究や領地改革の悪だくみの時間も確保できた。
そんなこんなであっという間に数か月が経ち、気づけば私は11歳。ゲームの舞台となる学園の入学まであと1年となった。
「うう、ほんとにだめなんですの、ストラ。」
ということは、やや年上なメイナ様の入学の年となる。
「メイナ様、それはさすがに。慣例を無視して悪目立ちするのはお互いによくないです。」
すっかり確認作業だけになったクレア様の定期健診を兼ねた辺境伯家への訪問。その場でメイサ様は目をウルウルさせて、何度目かになるそんな話をする。
「ですが、ストラの頭の良さを考えれば。学園への入学は許可されますわ。」
というのがメイナの言い分であり、彼女の父である辺境伯様も母であるクレア様も表立って口にはしないが反対はしていない御様子。
「薬師としての修業もありますので、学園に入学する前に師である祖父の教えを少しでも多く身に着けておきたいのです。」
お決まりの文句で断る。これもいつものことだ。
「うう、薬師様の英知を伝えていくことの大切さも分かっていますが・・・。」
「メイナ、それくらいにしておきなさい。あまりストラさんを困らせるのは貴族としても友人としてもよくないですわ。」
優しくたしなめるのは同席しているクレア様だった。すっかり健康になった彼女も冬が開ければ復帰して何かと忙しくなるらしい。それもまた貴族の義務だが、やりすぎてとんでもないことを起こしそうな予感がするほど、生命力に溢れていて、
「あまり強くでると、村に引き込まれてしまうかもしれませんよ。」
抜け目ない。
「それに、学園にはスラート様にガルーダ様もいらっしゃいます。お友達もすぐにできるわよ。」
「・・・はい。」
娘を励ましつつ、ちらりとこちらを見る目は明確に語っている。
「1年なんてあっという間だわ。来年は先輩としてストラさんを導いてあげればいいんです。学園は確かに素晴らしいところだけど、色々あるから。」
その色々を詳しく聞きたい。聞きたいが、それを聞いたら引き返せなくなる。
おそらくクレア様は、私があわよくば学園へ通うことをサボタージュしようとしていることにきづいているんだろう。だからこそこのタイミングで強行な姿勢はとらず、1年待たせたという負い目をおわせることを優先しているのだろう。
病気に付していたとは言え、さすがは貴族の奥方で、あの母様の友人である。私ごとき小娘の企みなどお見通しなんだろう。
さて、この世界にはいくつか学校が存在するがゲームの舞台となっていた学園は、貴族向けの特別な学校である。スラート王子やガルーダ王子といった王族を筆頭に国の将来を担う次代たちが交流し学んでいくそんな場所である。
いや学園自体が規模こそ大きいがまともなものだ。ただまず長い12歳から18歳までの子息が通う寄宿学校で、3年以上は専門的な分野に学ぶなどの特徴的なものがあり、なかなかに興味深い。
だが、メイナ様が所属するであろうコミュニティーが問題だ。
スラート王子を筆頭に、スラート王子の護衛となる騎士団長の息子や宰相の息子に隣国の王子、主席の生徒に、それらのパートナー。
もう察しがつくだろう、ゲームの攻略対象たちだ。
詳細は省くが次代たちが交流するコミュニティー。そんなロイヤルなグループに、田舎出身の主人公が関わることになるのはなぜか?
一つは11歳の時にストラが発現するという魔法の才能。それからじいちゃんの影響力と過去の実績。あとオマケ程度に田舎出身とは思えないほどの主人公の優れた容姿だ。
そんなわけで、初手は侮られるわ警戒されるわ、口説かれるわで面倒なのだ。それを超えて意中の攻略対象とのラブラブな日常を過ごす。
なんてことはない。どちらかというとギャルゲーとか乙女ゲーの先駆けになったときめきな学園のシステムが導入されている。なので最初の1年は逆風の中でステータスを上げてイベントを起こしてフラグを立てる。そして2年目の後半ぐらいで所属するコミュニティーが決まり、そこから攻略対象を定めていく。
体力や実技のステータスが高ければスポーツ系コミュニティーで騎士団長の息子や魔法競技のエースなどと仲良くなれる。知力や魔法のステータスが高ければ学術系コミュニティーに所属し、魔法使いなショタとか主席入学の秀才眼鏡なんかと仲良くなれる。などだ。
そしてメイナ様が所属するであろうコミュニティーは生徒会。すべてのステータスが一定以上かつ、コミュニティーメンバーとフラグを立てて紹介されることで入ることができる学園の中のトップコミュニティー。将来は国の中枢を担うことになる出世確定のエリートコースだ。
はは、ワロス。
ともあれ、私の11歳の最大の目的は、学園への入学をなんだかんだ誤魔化して断ること。専門的な知識や技能を持つ人間が学園に通うことなく、工場や研究所に弟子入りすることは珍しくない。目立つことを承知でクレア様の治療に尽力したり、ところどころでやらかしているのはこの進路に進むための布石である。やりすぎて、王子たちに警戒されたりなつかれたりしたのが誤算だったが。
そのためには、薬師としての立場をはっきりとさせつつ、魔法の発現のイベントを起こさないか、隠し通す必要がある。このスキルは便利といえば便利だが隠し通せないほど厄介なものだ。
「じじじ(学校、面白そう。)」
「ふふふ、ハル様たちも一緒に。」
なるほど、学校に興味を持ったアニマルたちへの対策も必要か。なんでか知らないけどうちの動物たちはメイナ様とクレア様が大好きだ。私が友人なら、彼女たちは崇拝の対象というかアイドル、とかバズっているお猫様のような扱いである。先日の猿狩りに彼女たちが協力的だった理由の一端がここにある。
転生を自覚した当初、自分が表舞台に立たない影響を考えて悩んだことがあったが、私よりもヒロインしているメイナ様を見ていたら問題はないんじゃないかと思えてくる。このまま、あの魔法も発動しそうな気がするんだよねー、メイナ様。ヒロインオーラ―が半端ない。
「ふふふ、こんな穏やかな時間がくるなんて。改めてストラさん。ありがとう。」
微笑ましくハチと戯れる愛娘を横目に、クレア様が何度目かと思われる御礼を口にした。
「何度も言うと疎ましいかもしれないけど、感謝していうのは本当よ。あのとき、命を諦めて潔くひこうと思っていたけど、あれがどれほど愚かであったか今ならわかるの。母としても貴族としても私はまだ生きてやらなくてはいけないことがたくさんあるの。」
うん、この娘にしてこの母あり。ほんとに生きててくれてよかった。メイナ様がこのスペックのまま、歪んで拗らせたゲームバージョンには遭遇したくない。
「メイナとしても頼れる姉ができたという思いがあるのよ。母としては情けない話だけど。」
「恐縮です。」
ハチとの戯れてに夢中になって本人が聞いていないタイミングで会話。娘に配慮しつつじわじわと私の立場を侵食する、母性からくる善意。
「だからね、アナタやアナタのお母さまには失礼だと思うけど、私はあなたのことも娘だと思っています。夫、ストラーダ様は恩人と思っているようだけど。私には、アナタが頼りなる娘だと思っているわ。だからこそ、学園での生活も知っているし、自由に生きてほしいと思っています。」
母ちゃんと同じこと言う。それでいて強制するわけでもない。
前世の記憶がなければほだされて、メイナ様と一緒に学園へ通うと答えていただろう。
「一年後、メイナと共に学園へ通う姿を楽しみにしていますね。」
困った、どうやら私に残されたモラトリアムはあと一年らしい。
新章開幕 11歳で引き留める周囲がいないストラと動物さん達はどうなるか。




