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この花は咲かないが、薬にはなる。  作者: sirosugi
ストラ 10歳 辺境伯家編

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26 スラート王子、婚約者を語る。

 王子様達のお話です。

 私はスラート。スラート・トリトン。

 トリトン国の国王と魔法の申し子と言われた第2妃の間に生まれた第二王子である。

 幼い時から、厳しい王族教育を受け、ゆくゆくは王位を継ぐか、継いだほかの兄弟を支えて、この国と民を守る。そういう存在だ。

 父である国王には3人の妃がいて、それぞれに子どもがいる。

 西方の海の国から嫁いだ美しい褐色の肌をもつ第三妃、その美しさを引き継いだ第一王子アルバ

 この国の武門の出身で父上の元護衛の強さをもち、王と過ごす時間が一番多い、第一妃、その強さを才能を受け継いだ第三王子 ガルーダ。

 もっとも家柄がめでたい家の出身であり魔法の申し子と言われ、国民に最も人気のある第二妃、その知恵と美貌を受け継いだと言われた第二王子 スラート。

 これが私だ。

 父上の器は大きく、どの妃も王子も平等に愛されている。妃たちもその愛情に応えるために息子たちを平等に愛し、厳しく養育している。だからこそ、3人の王子には個性というか明確な才能の差がでた。

 兄上、アルバ第一王子は、平均的な成績と実力を持っていてのんびりとした性格もあり、16歳になっても落ち着かずに各地を遊説している。もとい遊び回っている。弟、ガルーダ第三王子は、武の才能こそ父上から引き継いでいるが、座学を嫌いよく逃げ出しては城の者を呆れさせている、まだ子供だ。

 そんな二人と比べられたからこそ、大人しく勉学に努める私は、優秀に見えるらしい。母上の人気もあるが、「スラート王子こそ、次期王にふさわしい」とゴマをすってくる人間も多い。

 だけど、僕は決して優秀じゃない。

 与えられた課題を淡々とこなす。教えられたことを素直に守る。そんな可愛げのない子どもだっただけだ。そう思えるようになったのは、12歳になり、婚約者であるメイナと出会ったときだ。


 初めて彼女に出会ったときは、妖精に出会ったのかと思った。

「スラート様、ようこそおいでくださいました。お会いできてとてもうれしいです。」

「あ、ああ。」

 満面の笑顔で迎えてくれるメイナに僕は一目で心を奪われていたんだと思う。

 身体のラインにフィットした深緑のドレスに、むき出しの肩とうなじ。一見すると下品にも見えてしまう恰好なのだが、ほっそりとしながらも女性的な柔らかいシルエットにショールを掛けた姿は幻想的で目を放したら消えてしまうんじゃないかと思った。

「す、すごいな、精霊みたいだ。」

「あら、お上手ですわ。」

 クスクスと笑う顔は年相応で無邪気なもの。私の言葉を心底楽しんでいる、不思議とそう信じることができ、その確信は話を進めるうちに変わらなかった。

「スラート様は乗馬もお好きとか。」

「ああ、それなりに。メイナ殿も。」

「ええ、女の身でという人もいるらしいですが、乗馬は楽しいですから。」

 乗馬を嗜む女子、というのは珍しくない、第一妃を筆頭に文武に優れた女性というのは多い。だが、メイナが馬に乗るというのはちょっと想像できなかった。正直、華奢すぎる。

「小さいころですが、王城に招かれたことがあります、その時にお見かけした白馬のランスロットさん、あの子は元気でしょうか。」

「ランスロット?ああ、そういえば一頭だけ白馬がいたな。」

「そうです、あの子はすばらしい馬だと思います。」

「は、はあ。」

 目を輝かせる彼女に僕は驚いていた。だって馬は馬だ。色や年の違いこそあれ、飼われているだけの家畜である。だというのに彼女は熱弁した。

「ええ、あれほど理知的な馬は見たことがありません。子どもの私が近づいても気を荒立てるわけでもなく、挨拶をしたら、そっと返してくださり、頭をなでさせていただきました。あの毛並み、思い出すだけでもうっとりしてしまいます。」

 あとになって知ったことだけど、メイナは動物が好きだ。動物に愛されているとも言える。ただその時は、違ったアプローチで私に媚びを売っているのではないか、疑ってかかってしまった。思い出すだけで厚顔の至りなのだ。

「馬は、馬だろ。そんなに違うのか。」

 そうこの言葉だ。

「いえいえ、何を言っているのですか、みんな違いますよ。」

 口調は丁寧だったが、そこに込められていたのは強い否定だった。

「動物だって生き物なんです、特に馬は個性が強い子は多いです。走るのが好きな子もいれば力持ちの子もいる。人を乗せることを好む子もいれば、荷車を引くことが好きな子もいます。人参が好きな子がおおいですが、ランスロットさんは、果物を好むようです。」

 そういえば、と思い出すのは、馬の管理人がランスロットは気難しくて食の好みが細かいといっていたような。メイナはわずかな時間でそれを知り、今に至るまで覚えていたと・・・。

「その時に、スラート様ともお会いしましたね。」

「あ、ああ。君が5歳の時だったね。」

 私が7歳の誕生日だった。同年代の子女が集められ、3人の王子のお披露目会があったときだ、あいさつする子女が多くて、正直覚えていない。ただどの子女、とりわけ令嬢たちのアピールがすごくて疲れたのは覚えている。

「ふふ、スラート様にとっては多くの中の1人でしたが、今でも覚えています。たくさんの令嬢に囲まれながらも根気よく1人ずつ挨拶を返されていました。とても立派で優しい人だと思ったのを覚えています。それこそ輪に入れない内気な令嬢にも声をかけてあげていたのは素晴らしいです。」

「そう、見えたのか。」

 君には。ただ面倒で、それでも王子の義務として一人ひとり、取りこぼしのないように接していたのだが、申し訳ないが、どこにメイナがいたかまでは覚えてない。その時も令嬢は令嬢という認識しかなかった。なんとなくこの中から婚約者ができるんだろうなと思っていた。

「それでよろしいのではないでしょうか。何十、何百、いえそれ以上の人の生活を守るのが貴族であり、我々なのだと母がよく言っていました。だからこそ、その瞬間を大事にする。少なくともスラート様に挨拶をされた令嬢はみんな喜んでいましたよ。」

 君は一体どこにいたんだろう。自分の性質をこの時ほど後悔したことはない。この素晴らしい考え方を持つ女性に気づかなかったこと、それは恥ずかしかった。


 メイナの魅力はそれだけじゃなかった。非常に努力家で、実践派な女性だった。

「今日はクッキーを焼きました。スラート様は甘い物はお好きですか?」

「え、ええっとあまり。」

「ふふふ、ならこちらを。」

 そういって勧めてくれたクッキーは、甘さが控えめなのにバターの風味が強くおいしかった。

「スラート様は大人向けの味がお好みなようですね、紅茶に砂糖は入れてませんでしたし。そうするとこちらもいいかもしれません。」

「む、これは塩気があってぱりぱりしている。うまい。」

 次にだされたうすいクッキーと思われた菓子は、ぱりぱりした生地に塩がふってありおいしかった。先ほどのクッキーもいいが、塩気のあるこちらの方が断然うまかった。

「これ、いったい。」

「これは芋を使った菓子ですわ。薄切りにした芋を油で揚げて、塩で味付けしたんです。」

「芋、これが芋なのか。」

 土壌を問わず育つ芋は、庶民の主食の一つとして大量に生産される。根を張る力が強く成長も早いので、戦場などでは即席の兵站農場を作るのに使われるという。一方で味が淡泊で飽きも早い。貴族の中には平民の食事と蔑んでいるものもいるぐらいだ。

「ええ、調理次第でおいしくなるのではないか、そういうアドバイスをいただいたので、当家の料理人たちと一緒に考えたのがこちらです。薄切りにすると、少量の油でも作ることができます。なによりこの食感がおいしいと思いませんか。

「ああ、これは新鮮だ。」

「ふふふ、あとでレシピをお渡ししますね。」

 そうやって渡されたレシピをもとに作られた揚げ芋は、王都で大流行することになる。

 揚げ芋をもたらした人として辺境伯と私の名声がちょっと上がったが、それ以上に使用人たちとの距離が縮まった。

「スラート様、おはようございます。」

「マーク、おはよう。今日はたしか歴史の授業だったか。」

「はい、ヒストリア教授がお待ちです。」

 マークは、私付きの執事だ。28歳と王城の中では若いほうなのだが、目端が利いてスケジュールをうまいこと調整してくれる。

 ヒストリア教授はせっかちな性分の歴史学者で、朝が早く、授業の時間の2時間前には準備を完了している。そのため朝食後にすぐに行けばその分たくさん話を聞かせてくれる。

 それまでは、「執事」「歴史の先生」という認識しかなく、与えられた予定で、与えられた課題をこなすだけだった。だがメイナと出会って以来、気づけば1人、1人と挨拶をかわし、それぞれが個性のある人間だと考えるようになった。

 するとただ詰め込むだけの知識が楽しくなった。ヒストリア教授の授業は、史実的な記録の話だけだった。しかし、質問すればその根拠となる歴史的発見や仮設、またそれを提唱した人間の人柄なども教えてくれた。ほかの授業もそうだった。「どうして」「どのように」そこに興味を持てばどこまでも広がり、授業の時間が足りなくなってしまった。

 それもこれもメイナと話すと、メイナは興味深そうに頷いて、意見を述べてくれた。彼女とも時間を忘れて話し込んでしまうことがあり、周囲を呆れさせてしまった。

「スラートって、オタクだよな。」

「オタク?なんだそれは?」

「ええっと、考えたり、調べたりするのが目的で調べるタイプの人間だったかな。」

 そんな変化を弟のガルーダにそう言われた。

「オタク」確かにそういう存在かもしれない。知りたいと思う。特に歴史は面白い。

「歴史オタクってやつだな。俺は最低限しか勉強したくないぞ。」

 とある橋について長い話をしてやったときに、ガルーダはうんざりした顔でそう言っていた。うん。「歴史オタク」悪くないかもしれない。

 ただ、一番はメイナだ。メイナと話をするために、メイナの思慮深さに負けないように日々勉強しているだけなんだ。

 恋で男は変わる。かつて父はそう言っていた。

 今ならその意味が分かる気がする。

 メイナと出会って、彼女の考えにふれ、言葉を交わすことで僕の世界は広がった。そして私は自分の立場や自分の夢を考えるということを知った。

 メイナが僕の世界に色を付けて、私の世界に意味を与えてくれたんだ。


「ああ、メイナ。怒ってたなー。」

 そんな僕だから、婚約者であるメイナを怒られせてしまったことはショックだった。

 クマなんて生き物がでて動揺した。

 いや、メイナの話の端々にでていた薬師の存在に嫉妬し、不意な出会いに驚いて情けないふるまいをしてしまったのだ。

 のちのち丸くおさまったようにも思えたけど、メイナは怒っていた。


 感謝と謝罪、両方の気持ちを込めて、その話を薬師にしたのだが、

「いやあああ、聞きたくない、聞きたくない。そんなめんどくささ満載の王家の事情とか聞きたくなーーーい。」

 3人の王子の詳細の時点でこの反応だった。うん、やはりこの女は魔女だ。メイナに害が及ばないようにできる限り見張っておく必要があるな。


ストラ「トリトンって聞くと焼き鳥が食べたくなる。」

 トリトン国 大いなる空の使いである大鷲の加護を得た国。そのわりに精霊信仰と創世信仰が対立しているという微妙な国の背景がある。

 なんだかんだ、初恋に浮足だっているスラート王子。

 次回「スラート王子、弟を語る。」です。

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