21 衛生と清潔さと快適さは共存するが別物である。後半
異世界で風呂を作るというテンプレ?
やってきたのはドワーフたちの作業場の裏にある広場だ。川にも接しているので水の確保も容易いし、めだった植物もないからハチさんたちへの配慮も充分だ。
「ジジジズ(ここなら問題ないわよ。)」
水辺に咲くお花が好きな三番目の王女蜂ことみっちゃんの許可は捕れた。
「よし、こい、クマ吉。」
右手を高く上げてパチンと指を鳴らして森の向こうにいるクマ吉に合図を送る。
「えっ来るの?」
「いや、さすがにこれじゃこないよ。ハチさんよろしく。」
「ジジ(了解。)」
ビシッと敬礼をした蜂たちが森へと飛んでいく、あの巨体だからすぐに来るだろう。
「よしケイ兄ちゃん、縄張りを決めるわよ。」
「縄張り。」
戸惑うケイ兄ちゃんに縄付きの棒を持たせて最初の場所を決める。排水のことを考えると傾斜は欲しいのでスタートは河原の一段高くなっている場所、そこに棒を突き刺し。
「よし走れ。」
「いや、どっち。」
「下流に。」
的確な指示でケイ兄ちゃんを下流へ向かって走らせる。用意しておいたロープは10メートルほど、これもドワーフたちが頑張ってくれました。
「ピンとはるまでよろしく。」
勢いで外れないようにしっかり押さえてケイ兄ちゃんが走る。ロープがピンと張ったところに棒を突き刺してもらってそのまま待機させる。
「ハルちゃん、5メートル。」
「ジジジ(任された。)」
足で大まかな直角を作って指さした方向にハルちゃんに動いてもらう。ハチさんたちの方向感覚と距離感は優れているので安心安全だ。
「ジジジ(ここだよ。)」
縄はそのままにハルちゃんの場所まで行って指示された場所に棒をさす。あれだよ、田舎だとロープって貴重品なんだよ。10メートル級が一つあるだけなんだ。
「反対側も行ける。」
「ジジ(楽勝。)」
うん、ロープもいらないなー。前世のレーザーなメジャーもびっくりな精度だよ。そんなわけで10メートル×5メートルの長方形の場所を確認し、なんとなくで線を引いたところで、クマ吉がのっそりとやってきた。
「ぐるるるる(よんだ?)」
「おお、ベストタイミング。よしクマ吉「穴を掘る」だ。」
「ぐる(どういうこと?)」
「ああ、うん、ここをいい感じに掘り返してほしいんだ。掘ったのはこっちに詰む感じで。」
「ぐるる(わかった、離れて。)」
四角の枠を指さしながら説明するとクマ吉は枠の中に入ってその剛腕をそっとふるう。
「ぐるるる(こんな感じ?)」
「そうそう、深さもそのくらいで。」
「ぐるる(分かった。)」
大きな手と丈夫な爪は川原の石や土砂をまとめて持ち上げて指定した場所に移動させる。すげえ、重機だ、全自動の重機だ。
「すげえ、クマってこんなこともできるのか。」
「そうだねー、すごいねー。」
予想以上の成果で川原を掘っていくクマ吉にケイ兄ちゃんと二人感心してしまう。
「ジジジ(クマは山を掘って巣をつくる。」
「そうなんだー。」
「ジジジ(それでよく木を倒すから注意が必要。)」
「それはよくないねー。」
クマさんたちはあの巨体で木々の間をスルスルと移動する器用さがある。さすがにクマパパやクマママさんたちが街の中にはいると騒ぎになるけれどクマ吉なら工事現場とかで大活躍じゃないだろうか。
「ぎゃあああ、クマだー。」
「みんな逃げろー。クマが村にはいったぞー。」
あれれ、おかしいなー。
「ケイ兄ちゃん、ちゃんと説明しないとだめじゃない、村のみんなが驚いているよ。」
「ちょっとまって、俺も知らんかったんだが。」
はい、小熊でもクマはクマでした。
と怒られたりもしたけど、クマ吉は一時間もかからずに私の想定した深さまで川原を掘り下げてくれた。水が染み出るかもと思ったけど幸いそれはなく、そのまま丸太を持ってきて整地までしてもらった。
「配管はあとで考えるとして、先に防水対策はしておきたいな。」
コンクリートなんて便利なものはないし、木を敷き詰めたいところだけど。
「ジジジ(防水?」
「そう、この一画に水をためたいの。できたら泥とかが溶けないようにしたいんだ。」
「ジジジズ(それなら、何となるよ。)」
「えっマジ。みっちゃん。」
「ジジジズ(巣を作るのと同じ。ただちょっとほかの子と相談したい。」
そういえば、ハチの巣の材料って木の皮と唾液だったけ?いや、それはミツバチ以外で、ミツバチは蜜蝋だったような。蜜蝋だとさすがにお風呂には向かない。
「ジジジズ(火をつけられない限りは丈夫、雨にも強い。)」
「それって熱に弱いってこと?」
「ジジジズ(直火じゃなければたぶん大丈夫。)」
と言っている間にみっちゃん付きの働きバチさんが、風呂予定地の一画でごそごそとし動き、地面に光沢ができる。
「ジジジズ(どうかな?)」
言われて触ってみると、うんあれだ、釉薬をぬった陶器のようなツルツル感。
「ちょっとごめんね。」
断って水筒から水を垂らすけど、ばっちり弾いた。
「最高だ、最高だよ、みっちゃん。これでこの中をコーティングできない?」
「ジジジズ(三日ぐらいかかるよ。)」
えっ三日でいけるの。ハチさん有能すぎない。
「お願い、御礼は何でもしてあげるから。」
「じじじず(面白そうだから、いいよー。あとはおいしいモノを頂戴)」
「いいよいいいよ、なんでも作っちゃう。」
まさかこんなところでプラスチックなコーティング剤が手に入るとか思わなかった。ラミネートもレインコートも作れちゃうんじゃないか。いや、今はそれよりも風呂だ。
「よし、それなら配管をどうにかしよう。いくよ、ケイ兄ちゃん。」
「え、ちょっと待て。絶対怒られるぞ。」
「ぐるる(落ちないでねー。)」
コーティングはハチさんたちに任せてクマ吉にしがみつき歩かせる。善は急げだ。
「お前、バカだろう。」
「関係ないよ、おっちゃん、丈夫なパイプとフィルター、あと浄化の魔石を寄こしなさい。」
クマ吉で乗り付けて、ガンテツのおっちゃんに頼み込む(けして脅迫ではない。)となぜかめっちゃ怒られた。
「川原で遊んでいるだけならまだしも、クマを乗り回して急になんだ。」
ちっ勢いで乗り切れるかと思ったけど、ガンテツのおっちゃんには通じないか。
「何を作るか、まずは図面を見せろ。話はそれからだ。」
それでも話を聞いてくれるからガンテツのおっちゃんって好き。
私は風呂の仕組みと排水と給水の仕組みを書いた図案をおっちゃんに見せて、そのために工事中だということを説明した。
「つまりあれか、川の水をくみ上げてお湯を沸かして、ここに湯を貼ろうってことか。」
「そうだよ。」
「やっぱりバカだろ。どんだけ薪がいると思ってるんだ。」
「そこは、あれだよ、あれ。」
私が指さしたのは作業場の炉だ。冬も近づくこの季節、なんて言うこともなくフライパンの一件以降日々燃やされている。なんなら村のゴミとかも燃やしているよ。この環境への配慮のないオールインワン感よ。
「はあ、まさか炉で沸かすってか、無茶をいうな。」
「ちがうって、ちゃんと図面みた。配管の一部を炉の近くか炉の中を通すんだよ、そこだけは細くして。」
私が考えたのは前世の給湯器だ。大量の水を同時に温めるのはコストはかかるが少しずつならそれほどじゃない。配管中に加熱してお湯をためる。電熱線が理想的だけどガス給湯器に近いものだ。
専用の設備を作るにはさすがに問題がある。そこで思い出したのがごみ焼却施設の近くの温水プールだ。炉を燃やして無駄に暑いぐらい、しかも温度維持には水を使っている。
「それを配管で補うんだよ。なんなら火事の対策にもなるよ。」
「う、ううむ。だがこれは時間がかかるぞ。金もそれなりに。」
「そこを何とか。おいおいでいいから。」
排水的な工事も必要だし、なんならシャワーとかも設置したい。あと風呂なら壁も欲しいよなー。
「だが、仕組みとしては面白いな。下水の処理もなかなか考えれている。穴は掘ってあるか。」
「これから、クマ吉ならすぐだよ。」
排水のシステムは完全に下水処理施設のそれだ。深さの異なる三つの水槽を用意して、一つ目の水槽はそこに網を設置して定期的に大きなゴミを取り除けるようにする。二つ目には砂利と砂を設置した網で細かいゴミを吸着させる。最期の水槽では浄化の魔石を使って水を浄化する。ゴミの大きさや重さによって沈殿させるシステムに魔法によるチート。こうすることで浄化の魔石への負担を減らして長持ち為せる作戦だ。
「なるほどな、でっかいゴミはまずいが、風呂にそんなもんをいれるやつもいないか。」
「そうだねー、というか水にゴミは流しちゃだめだよねー。」
トイレに変なものを流すと大変なんだよー。小学校ではキッズどもがテストとか給食のパンとか流して大変なことになったよ。あれで配管になにかあったら直すのも教師の仕事だったんだぜ。いやでもそういう仕組みを覚えたよ、用務員さんにキュッポン捌きからレンチの使い方まで習ったんだよ。
「おい、どうした、なんか遠い目になってるぞ。」
「ああ、うん、ちょっと先が長そうだなって。」
「ははは、確かにこりゃあれだ。全部込みになら半年はかかるかもしれないな。」
「やってくれるの?」
「仕事の合間、合間だぞ。夏場なら水浴びでも構わんだろ。」
むー、しょうがないか。
「じゃあ、クマ吉、そこで寝転がっているのを川に運ぶよ。」
ドワーフたちを洗うのは、とりあえず水でいいか。
「は?」
「ぐるる(臭い)」
強制連行プラス汚物は消毒じゃーー。
てなこともあり、完成までは半年近くかかった。その間に色々あった気がするけどお風呂の方が大事。
「おお、温かい。」
でっかい湯舟、いや温度的は温水プールぐらいだ。だけどかなりいい。
「タンクに一度ためるとしばらくはもつな。温めなおせるとなおいいんだがな。」
温度を確認しながらガンテツのおっちゃんが次の課題に気づく。そうだよね、追い炊き機能が欲しいよねー。
年中稼働させている炉に回した配管により温められた水は、保温効果のあるタンクにためられてから湯船に注がれる。配管をうまい事調整したらしく炉に不調はなく、温かい水がいつでも使えるようになった。問題があるとしたら湯船を大きくしすぎたせいで水がたまる頃には温くなってしまうことだ。排水もばっちりだけど屋外だから定期的に掃除をする必要もある。
勢いで作ったけど大浴場は難易度が高かった。
「だったら、小さいのにためておけばいいんじゃないか。1人、2人ように。」
「「あっ。」」
落胆している私とおっちゃんはケイ兄ちゃんの言葉に我に返った。そうだ。
「「卵焼きようのフライパン。」」
試作品は丸いフライパンに仕切りを作ったのだ。
「その手があったか、小僧、いい事に気づいたな。」
「ケイ兄ちゃん、天才か。」
がっしりと手をつかんでブンブンと振り回す。そうだよ、大きいなら小さく仕切ればいいんだ。
「こい、クマ吉。」
「ぐるる(もういるよ。)」
パチンと指を鳴らす。まあ鳴らすまでもなく近くにいたんだけどね。
「おっちゃん、いい感じの板ない?」
「そんなでけえもんはねえよ、材木所にいって丸太もらってこい。」
「了解。」
特急クマ吉便で丸太を持ってくると、ドワーフたちは総出で切り分けて5メートルの壁を作ってくれる。
「クマ吉ーショータイム!」
「ぐるるる(おけばいいの?」」
何が楽って一番大変な運搬がクマ吉のおかげですぐすむことだ。
「おお、水が溜まってく。」
「はは、ドワーフの技術よ。」
全員で変なテンションになりながら溜まっていく湯船を前にテンションが上がっていく。
「すげえ、風呂だ。しかもいつでも入れる風呂だ。」
「こんなんお貴族様だってもってないぞ。」
「これで水で震えながら身体を洗わなくても済む。」
「あれおかしいな涙が。」
うん、正直すまんかった。だけどこれで風呂が完成したのだ。やったね。
「あらー、ずいぶんと素敵ねー。」
ドワーフたちは歓喜した。自分たちの仕事を誇り、何より暖かい風呂に入れることを喜びあった。
まあ数日後には村のご婦人方に乗っ取られ、新しい風呂に作ることなるという未来が待ち受けていることをまだ知らないからこその幸せなんだけどねー。
三女のみっちゃんは水辺のお花が好きな穏やかな子。「ジジジズ(睡蓮とか大好き)」
クマ吉は実は器用。
ポケ〇ンもガン〇ムもビック〇ーも大好きなストラちゃん10歳。




