145 ストラ、産業廃棄物を処理する。
楽しい理科のお時間です。
カニを食べるという旅での最大の目的を達成した私は、次点の目的であった産業廃棄物の処理、もとい緑化実験に取り組むことになった。
「ぐるるるる(なんでこんなにあるの?)」
「なんでだろうねー。」
各地で遠慮なく使っていたはずなのに、まだまだ結構な量の精霊エキスは残っていた。しかも残っているのは処理するために蒸留だなんだで成分濃度を極限まで上げた濃厚なもの。その毒素の強さはちょっとした生物兵器レベルである。
そもそもこれは、万能薬を作る過程で精霊草をアルコールで煮込んでしぼったものだ。
精霊草は精霊の痕跡の残った場所に生える薬草であり、精霊にとっては珍味、人間にとっては猛毒となる草だ。これがエルフたちの伝統的な製薬法によって、あらゆる病気を癒す万能薬となる。前世で言えば抗生物質のようなものだが、その効果は強力で、致死レベルの毒も無効化し、病も癒す優れものだ。
流行り病や帝国の侵攻などいろいろと不安な日々があるとき、幻と言われた精霊草を見つけてしまった私は、嬉々して万能薬を作り、結果として大量の精霊エキスを作り出してしまった。
毒になる部分だけを抽出させて残ったエキスの危険性は精霊さんたちも危惧するほど、水に数滴たらすだけで高い毒性を示し、地面に埋めても毒性が残留してしまう。学年園での実験では、他の植物が駆逐されて、ミントもびっくりな勢いで精霊草が繁茂してしまう。
この結果には、能天気な私も流石に青ざめた。幸い焼き払うことで事なきを得たが、焼いてもしばらくは生えてくるほど生命力は強いし、煙もなんかやばい雰囲気があった。
「ジジジ(危険。) 」
わりと真顔でハチさんたちが風で拡散していたので、絶対やばいものだ。幻の薬草?
そんなわけで、実験の候補地に選んだのはアクアラーズから砂上船で数時間ほど離れた砂漠のど真ん中だった。主だった街道からは外れており、人も生き物もいないそんな場所だ。ここなら誰に迷惑をかけることもないだろう。
「じゃあ、お願い。」
「ぐるるるる(任された。)
とりあえずはクマ吉にお願いして、直径10メートルぐらいのくぼ地を作ってもらう。
「ふるるるう(燃え上がれ)」
「ぴゅううう(からの冷却)」
そこにサンちゃんとレッテによる加熱と冷却が行われ、砂をガラス化させる。今回はドームにするのではなく土壌を固くするのが目的なので見た目は気にしない。
「ストラ様、ここに放り込めはいいんですか?」
「うん、全部なげいれちゃってください。」
そして砂上船につないで持ち込んだ、カニの殻やアクアラーズの生ごみをぽいぽい放り込んでもらう。カニの殻は街を上げて大量に消費にしたもので、他の生ごみは海に捨てて魚の餌にするというのを融通してもらった。
どうでもいいが、この世界の下水設備は微妙なラインなので生水は絶対に飲んではいけない。
「うわー、クサイ。」
そうだねー、臭いねー。生ごみは砂漠の熱さと感想で乾いているが、匂いが完全に消えたわけじゃない。特にカニの殻は時間がたつと独特の匂いがある。カニを食べた次の日に、カニを食べたことがばれるぐらいには匂いが強い。
だが、その匂いも実験結果の指標である。
「そこに水を流し込み。」
「くるるる(今回は少しだけ)」
白熊さんに補助してもらいながら、くぼ地に水を流し込む。この暑さではすぐに乾燥してしまうだろうけれど、水分で拡散されて匂いがさらに濃くなる。
「そこに砂をかけまして。」
匂いに顔をしかめながらもみんなで砂を運んで、くぼ地を埋める。精霊さん達がいなかったら速攻で心が折れる重労働だったと思う。
「最後は、魔法の液体をドバドバと。」
使い切りたい気持ちをぐっとこらえて、精霊エキス《産業廃棄物》をほどほどにまき散らして、雑に精霊草を蒔いておく。最初は持ち込んだ土などを混ぜながらやっていたが、ある程度の肥料があれば勝手に育つのはここまでの道中で確認済みだ。
「よし、帰ろう。」
オマケとばかりに水を撒いて、周囲を湿らせたら初日の作業はここまで、あとは成り行きに任せる。なんなら失敗して、無駄になってくれた方がいい。
なんて思っていた私の期待は叶わなかった。
戻って宿で休み。夜が明けて戻ればくぼ地にはびっしりと精霊草が生えていた。生クサイ匂いが消えてハーブを思わせる爽やかな香りがするのは、精霊草が根付いている証拠だ。
「おかしいだろ。」
毎度のことながら、この草の成長速度はおかしい。条件が揃わないとすぐに枯れるくせに、条件がそろうと一晩で根付き増えている。
「こ、これは。」
「奇跡だ。砂漠が一晩でこうなるなんて。」
うん、そうだよねー。ここまでの旅で何度も見ているロザートさんとジレンさんですら驚く光景はホントに恐ろしい。
「あっ、草は毒だから食べちゃダメですよ。」
見た目と匂いから、サラダにしたら美味しそうなんて思えるのも厄介だ。
「よし、燃やすか。」
「「ええええええ。」」
驚く二人を放置して、サンちゃんにお願いして燃やしてもらう。
「ふるるるるる(水分が少ないからよく燃えるぜー)」
サンちゃんの言葉ではないが煙も少なく、一気に燃えた感じがする。生木とか雑草を燃やすと煙がすごいのだが、まるで乾燥した薪を燃やしているかのように一気に燃えた。
「じゃあ、もう一回やろうか。」
今日も今日とて、街からもらった生ごみを蒔き、砂をかぶせる。そこに採取しておいた精霊草を雑に植えて、水をまく。仕上げに精霊エキスをほどほどに蒔いたら街へと変える。
そんなことを一週間ほど繰り返すと、気づけば緑地は100メートルほどの大きさまで広がっていた。
「ストラ様、これは一体。」
「土壌が改善されたんだねー。」
ゴミを蒔いて水の蒸発を防ぎ、微生物や植物の力で土壌を改善する方法は前世でもあった。雑草を植えて土壌をほぐし焼くことで肥料とする。ようは、焼畑農業だ。
「じじじ(海岸線に異常なし)」
「じじじ(周辺の魔物が近づいている気配があります。)」
周辺を警戒してもらっていた兵隊ハチさん達の言葉に私は満足する。海岸線に異常がでるのはずっと先の未来の話になるだろう。魔物や生き物が興味を持っているということは、精霊草の毒が地中にはあまり残っていないということ。
「ここからは第二段階だね。」
再びサンちゃんに精霊草を焼き払ってもらい、ゴミを蒔く。けれど今回は精霊草ではなくハーブや香辛料など、アクアラーズで手に入れた農作物の種をまく。個人的にはカブとかサツマイモが欲しかったけど、見つからなかった。
ちなみにアクアラーズの周辺にはヤシの木などの単子葉植物のほか、サボテンなどの乾燥に強い植物が自生しているほか、唐辛子やニンニク、豆などの農作物が細々と育てられている。基本的な食糧は海路で運び込まれるものが中心で、本格的な農業をしているのは他の地域らしい。
「育つでしょうか?」
「いくら肥料を与えても砂漠では作物は実りにくいかと。」
心配そうにしながらも丁寧に仕事をするロザートサンたちの心配に私は曖昧にうなづいておいた。
砂地で植物が育ちにづらい原因はPHも関係している。特に海辺の砂地は塩分は豊富な割に有機物が少ないために酸性になりやすい。そこで生ごみを混ぜて有機物を補い、草木を燃やして灰を作ることでアルカリ性を与えてみた。
まあ、これらは後付けで、焼畑農業ならいけるんじゃね?ぐらいの軽い気持ちでやっています。
「失敗したなら、別の方法を試してみればいいの。少なくとも緑地と水場の確保はできるんだから。」
「なるほど。」
「まあ、ストラ様のなされることだから成功はしそう。」
そんな話をしながら種をまき、苗を植える。それなりに広がってしまった場所に植えていく作業は大変だが、こればかりは精霊さん達に頼れない。
「よし帰ろう。」
すっかりお馴染みの魔法での水まきを終えて、この日も宿に帰る。
農家な日々をしつつ、食事は海鮮三昧。やっていることは故郷の村と同じようなことながら、懐かしい味を飽きるほど食べる日々は非常に有意義でした。
土壌改善はさすがに一朝一夕ではいかない。
万能薬と、しぼり汁については、
EP95 「94 ストラ 万病薬をさらっと作り出す。」をhttps://book1.adouzi.eu.org/n7637jt/95
で出てきた、副産物です。色々頑張っているけど、




