135 ストラ 完璧な淑女を演じる。
王城へ到着
柱を超えた先、第二の城壁、セルジェダの近くは、いかにも砂漠の街といった風景だった。砂レンガで作られたアラジンな世界の街並みにテンションがあがったが、先を急ぐという理由で馬車から降りることは許可されなかった。
「ストラ嬢に付き合っていたいが、これ以上待たせると、流石に国王に怒られてしまう。」
申し訳なさそうに言うマルクス王子だが、遅れた原因はこの男の所為だと思う。
「いや、だって面白かったから、続きが気になるじゃないか。」
とのことでした。
それはさておき、移動する馬車の中で私は慌てて身支度を整えていた。水魔法でさっと汚れを落としサンちゃんに乾かしてもらい、謁見用に用意しておいたドレスに着替える。そこからクリームを塗りこんで肌の調子を整えてから、ささっと化粧をして髪をまとめる。
貴族令嬢であるならば、こういう身支度はメイドとか従僕にさせるのかもしれないけれど、田舎貴族だった私はこうして済ませてしまうことが多い。
ふふふ、クッソ忙しい朝に、身支度を整え、電車に揺られながら調整して行くことに比べれば楽勝なのさ。
あと、馬車の移動についてはロザードさんとジレンさんがおこない、ついでに鉄壁のガードをしてくれた。
獣人は恰好で差別などしないと、同乗しようとしたマルクス王子は、お望み通りでっかい紅葉を三つほどプレゼントしておいた。
で、第二の城壁は、隙間なく埋められたモルタルのような壁であり、大きな扉がいくつかあった。基本的には開いているが、非常時やイベントのときは閉められるらしいが、今回は王子の帰還ということで道も整理されて空いていた。
はい、交通整理をさせた状態で、小一時間待たせました、ごめんなさい。
「おお、これはすごいねー。」
馬車の窓から見える街並みは、さらにアラジンな世界でかつ精錬されたものになっていた。
「ここはオアシスの恩恵を受けているので石畳が砂に埋まることがないんです。」
御者をしてるロザートさんが指さした地面はいくつもの石が敷かれており、建物もあって、見た目はシチリアなどの海辺の岸壁にある町のようにも見えた。(行ったことないけど。)
「雰囲気がガラッと変わるんだねー。」
「ええ、ここは、ラジーバでも上澄みのエリートのみが住むことを許されています。ですが基本的には祭りなどの催事やイベントの会場なので、一般人でもマナーを守れば出歩くことが許されています。」
貴族街みたいな考えはないらしい。うん、地べたでいびきをかいているおっさんがいるし、駅前とか門前町みたいなものなんだろう。
そんなことを考えているうちに、第二の壁まで迫る。この先は王城とオアシス、ラジーバでも最重要施設となる。
「さて、じゃあ、ついたら教えて。」
窓からのぞいていたなんて、無作法を万が一に見られてはまずいので、馬車の座席に座って大人しくしておく。
「開門。マルクス王子の御帰還である。」
よく通る声とともに、城壁の門が厳かに開かれる音がする。
「ストラ様、もう間もなくです。」
「はい、いつでも。」
気を利かして教えてくれたロザートさんに応えながら、私はお澄ましなネコを被る。今回は国王からの親書を届ける役割もある、いつものノリはできんのですよ。
とある官僚の手記
獣人が成人の儀式として、旅にでるのは慣例であり、王族や貴族にとっては伝統だ。実力主義の社会でありながらも、強きものには強さを為政者には強さと権威が求められる。だからこそ獣人の王族の旅は形式的なものや、外交的なものが多い。
我らがマルクス王子の場合は、後者である。隣国の王国の学園へ入学し、一庶民として生活をする。獣人の旅とは趣が異なるが、国の権威と評判を背負っての旅であり、その責任は大きい。
マルクス王子は、王の色である銀色をもった歴代でも屈指の才能をもった御方だ。若くしてその武勇は並みの獣人とは一線を描き、魔力による身体強化も優れていた。一方でやや直情的な性格で、幼いころは何かとトラブルを起こされていたが。
「出迎え、大儀である。」
留学の経過を報告に戻っていらしゃった王子は、大変、落ち着き、威厳に溢れたものでありました。
旅は人を成長させる。
他国の王族との交流で、次代の王としての自覚が芽生えられたのだ。
私を含めて、出迎えた多くの人間が、馬車から降りるマルクス王子の姿に感動したかった・・・。
「王子、そちらは。」
だが、残念なことに、我々の視線と興味は、マルクス王子の後に続いて入場してきた馬車と巨大なクマに集まってしまった。
建物のように大きなクマが二頭。茶色のクマは大きな馬車を引き、白いクマは馬車に寄り添う用に歩いていた。砂漠で出会ったならば、馬車を心配するが、白いクマの態度はどこか知性を感じさせ、それ以上に力に満ち溢れていた。
「ふむ、先だって連絡しておいた、王国からの客人と、そのご友人である精霊さまだ。」
「精霊様!」
砂漠に生きる我らにとって、魔法を操る精霊様は、神のごとき存在だ。気まぐれに力を与えてくれるほか、この世界の均衡を保ってくださる精霊様は、信仰の対象であり、おいそれと近づける存在ではない。
それを従えているということは。
「ここだけの話、馬車の中の客人は大切な御人だ。くれぐれも粗相のないように。」
帰還の言葉よりも先に、マルクス王子が注意をう促すのも当然だ。精霊様が馬車を引き、気遣う相手、それは、伝承にある聖女様ではないか。
ちなみに、私は知らされていなかったが、獣王と一部の人間には、聖女様の来訪は伝えられていた。だが、出迎えにでた多くはその事実を知らされていなかった。
我々が動揺している中、マルクス王子は馬車の御者に合図を送る。これも後になって気づいたが、その御者は竜人にして、ラジーバでも屈指の実力者であるロザートだった。彼女が御者をしているなら、VIPなのは、間違いない。そんなことにも気づかないほど、クマ様達の存在は大きかった。
現れたのは、大変美しいお子様でした。
水色のドレスに日よけようケープを纏った姿を見た時は、彼女こそ精霊ではないかと思うほど気品と美しさがあった。砂漠の旅で日焼けをされたようでやや赤みのある健康的な肌と、つややかな髪。ニコリと微笑みながら馬車をおり、マルクス王子にエスコートされる姿は貴人のそれである。
「ハッサム嬢、あいさつを。」
「はい、王国よりお招きいただきました。ストラ・ハッサムと言います。この度は、ラジーバの素晴らしい文化と景色を堪能させていただいています。このような歓待もうれしく思いますわ。」
そう微笑んで、彼女は我らに礼をした。
そう礼をしてくれたのだ
物腰が低いことを弱気と捉えて、挨拶もできない若者が多い昨今、ストラ様の所作は洗練されており、また、出迎えた私たちへの敬意と尊敬を感じつつも卑屈なところがなく、自然体でした。
この立場での期間が長い、我々、何よりマルクス王子までもがその態度には驚ろかされた。
「は、ハッサム嬢、頭を下げるのは?」
そう、まさにそれだ。事前情報では、彼女は王国の国王からの親書を託されている。それは国王の名代でもある。それならば頭を下げるなどあってはならない。
本来ならば。
「面白いことをおっしゃりますね。確かに私は国王より親書をお預かりさせていただいています。しかし、それは役目であって、私自身はただの小娘ですわ。」
コロコロと笑みを浮かべながらそういうストラ様には、獣人はない類の気品と高貴さがあった。
「何より、私は招かれた客人でしかありません。若輩者が年長者に敬意を払うのは当然のことですし、歓待をされたことに感謝を示すのは当然ではありませんか。」
謙虚で礼儀正しい。かと言って卑屈になりすぎているわけでもない。彼女の言葉と態度は、奇妙なものであった。しかし、大変好感が持てるものでした。
思えば服装もそうだ。ラジーバの伝統衣装であるアバヤとはやや趣が異なるが、露出は少なく、ゆったりとした服装はラジーバの貴族女性へのリスペクトを感じつつもリボンや装飾品により、年相応の可愛らしさがある。以前来た、王国からの使者は、王国風の豪華な恰好をしていたが、ラジーバの暑さには対応できず、汗をかき、顔を真っ赤にして不快感を隠しきれていなかった。
だというのにストラ様は、ラジーバの流儀に合わせた格好で、我々のようなものにも、敬意を払って挨拶をしてくださった。
ただそれだけのことで、我々がストラ様に好感をもったのは間違いない。演技であれ、本心であれ、彼女の来訪を心から迎えたいと思い、今日の出会いを私は記録することにした。
(さらに後年の手記よりも抜粋)
ストラ様と初めて対面させていただいたときのことは今でも覚えている。あの時は、小さく素敵なお姫様が訪れたことを心から喜んだものだ。
だが、今になって思うことがいくつかある。
あのとき、もっとクマ様たちのことを気にするべきだった。
マルクス王子が微妙な顔をしていることをスルーすべきじゃなかった。
ストラ様のあの態度の裏にある心の在り方と心情をもっと考えるべきだった。
そうしていたら、この国はもっと早く、なおかつ、もっと面白いことになっていた。
年をとり引退が迫る日々の中で、そんなもしもを考えてしまう。私も年を取ったということだろう。
ストラ「うふふふふ」
ハルちゃん「じじじ(私はリアルお姫様だったり。)」
マルクス王子「だれ?」
サンちゃん「ふるるるるる(これだから、もてないんだよな、この王子)」
なんだかんだ貴族してます。




