125 薬師、趣味に没頭する。
ストラさんのはっちゃけは止まらない。
久しぶりに限界ぎりぎりまで魔法を使った私は、そのまま休むことにした。
「ええ、もう休んでいいんですか?」
「うん、もう日暮れだからね。ご飯食べて早めに休もう。」
「み、見張りとかは?」
「いると思う?」
もちろんサラさんたちも休んでもらう。放っておけば夜通し訓練しそうだったので、強制ストップ。街で買い込んだ食材で手早く料理を済ませ、馬車から取り出したテントで休んでもらった。
「屋根がある。」
「なんだこの寝袋、ふかふかだ。」
旅用の簡易な宿にも感動していたサラさん達にちょっとだけ同情してしまったのは、放っておこう。
ゆっくりよ休んだ、次の日、ずいぶんとハチさん達の攻撃にも対応できてきたサラさん達に、今度は組手をしてもらうことにした。
「じゃあ、適当に攻撃してみて。」
ドームに直径10メートルほどの縁を描き、その中心に立ってサラさん達に促す。
「いや、それはちょっと。」
「さすがに。」
「子供相手に襲い掛かるのは。」
うん、この反応、新鮮だわ。わたしってば見た目は美少女だからね。普通は戸惑うよねー。
遠慮なく攻撃してくる獣人王子とか、魔法少年とかのおかげで感覚がマヒしていた。
「いいからかかってきなさい。なんなら同時でも余裕よ。」
ただ、私の身体はゲームのヒロイン。カンストさせれば、作中でも最強。そこまでは鍛えてないけど、それでも、そこらの獣人に遅れととる気はない。
「く、あとで泣いても知らないからな。」
そこまで言ってやっと、サラさんがまずは一歩踏み出した。私が上げた棒は地面に落とし、拳を固めて駆け寄ってくる。
うん、素人な上に襲い。まるでじゃれてくる子供だ。
「なめてる?」
こちらから近づいたら、戸惑って足を止めたのも悪手。回り込んで無防備な足(脛)にサッカーボールキックを喰らわせる余裕があったわ。
「ぎゃあああ。」
弁慶の泣き所を蹴られたサラさんは、足をかけてのたうち回る。頑丈さとか関係なく不意打ちのアレはめっちゃ痛い。子どもに悪戯で仕掛けられたり、歩いていてぶつけるだけでも、めっちゃ痛いんだよねー、あれ。
「うん、基本からだったね。ごめん。」
あまりの無様さに感情を忘れてしまった。これは基本的な喧嘩の仕方も知らないと見える。まあ、伸びしろとして考えよう。
「攻撃をするときは、反撃を想定しないと。」
まずは、立ち方から教えないといけない。格闘技の経験はないので学生時代に履修した柔道の立ち回りだけど、そこから各自工夫してもらおう。
ここでも獣人さんたちはいらん優秀さを発揮しうろ覚えのすり足と、受け身の仕方、自然体と、自護体の立ち方を教えたらずいぶんと様になった。様になったので、そのままハチさん達の攻撃を防ぐ特訓を続けてもらった。体幹を鍛える意味で更に激し目に。
「あっやべ。」
午前中はそんな感じに終わり、昼ご飯の用意をしたときだった。私は植木鉢を外に放置していたことを思い出して慌ててクマ吉に出口を作ってもらったんだけど・・・。
「・・・あかん。」
そとには、びっしりと茂った精霊草のオアシスがあった。
先日半分ほどためた水分、そして砂に含まれる魔力を糧に発芽した精霊草は、大穴を中心にその青々しい緑を広げていた。
「砂漠のオアシス、ただし毒って・・・。」
精霊草は劇薬である。許可なく所持することは王国では重罪である。薬師であるために特別に許可されているとはいえ、この状況は、流石にまずい・・・。
「燃やすか・・・。」
ラジーバの民からすれば奇跡のような光景だ。だが私からすると厄ネタでしかない。昨日必死になってためた水がカラカラに吸われているのも気に入らない。
「ふるるるる(やっちゃう?)」
「やっちゃえ。」
幸いなことに見える限りに一目はなかったので、私は保存用の一部を確保してからサンちゃんにお願いしてそのすべてを焼き払った。
灰が栄養になることを祈ろう・・・。
「まあ、結果として、ガラス層が強化されたからヨシ。」
精霊草はたっぷりと水分を含んでいた、そしてその毒性を消すために、サンちゃんはそれなりの火力で燃やす必要があった。そうでなくてもラジーバの砂は変質しやすいらしく、燃えた後にはそこそこの規模のガラスの大地があった。
それならばと私は、そのガラスの大地の周囲に壁を作り、一部を硝子化してもらう。大きさとしては昨日の倍ほどの大きさだ。そこに改めて砂を運び込んでもらって、なんちゃって砂ダムが強化されてしまった。
「水は、疲れない程度に少しずつかな。」
一気に満たすのではなく、それなりの大きさの水玉を生み出してばちゃばちゃと入れていく。理論上は、砂がスポンジの役割をして、保水して、水が蒸発しないはずだ。
「ほい、ほい、ほいっと。」
時々、サラさん達の様子を見に戻りつつ、次々に水玉を放り込んでいく。魔力というのは自然回復するものだし、魔力回復効果もあるハチミツアメを舐めながらなので、息切れすることはなかった。
一度に大量の水を生み出すのは負担が大きい。だが、少しずつを何回も繰り返すのは苦にならない。うん、勉強になった。
そんな単純作業も嫌いではない。だが飽きる。
「よし、できた、クマ吉氷像。」
「ぴゅううう(お見事」」
なので生み出す水の形を工夫して、それをレフェイに凍らせてオブジェにしたりして遊んだ。最初はハルちゃん、そこから思いつく動物や建物のミニチュアを作り、最後は等身大のクマ吉像が巨大プールには現れた。
それだけの作業をしても水は乾かなかった。砂ダムの効果は思った以上にあるらしい。
そんなことを繰り返して一週間。適度な睡眠と創作活動はいいリフレッシュになった。そう思う頃には、プールには水が満ち、調整しながら植えた精霊草がいい感じに周囲に生えていた。
今回は周囲をガラスで覆っているので繁茂することはないだろう・・・。
「ふるるるる(ガラス加工も慣れたもんだぜ。)」
「ぴゅーーー。(結構面白い。)」
うんうん、君たちにとっては無限に玩具があるようなもんだもんね。
実際、慣れてくるとガラス細工がめっちゃ面白い。
溶かした砂とガラスを魔法で動かして成形し、レッテに冷やしてもらう。そうすることで氷像の横にガラスの置物が生まれた。さすがに水魔法ほどの精密さはないけど、暇を持てあました精霊さん達は、私の真似をしてガラスでいろいろ作っている。
「ぐるるるる(面白い。)」
なお、クマ吉は熱々のガラスを素手でいじっている。さすがクマさんだ。近くの砂を運んでくれるのも彼なので、この作業は精霊さん達の力を結集したとんでもないお遊びとなっている。
そんな楽しい日々の間、マルクス王子たちは、近くでその様子を見守っていたらしい。
結果がでるか、私が戻るまでは待っているつもりだったというのだから義理堅い。
それでも彼らはその日、私のところに突撃してきた。
なぜなら、その日、ラジーバで奇跡が起きたからだ。
「あ、ああああ。」
完全に我を忘れた様子で私に突撃してきたマルクス王子の動きは過去一速かった。油断していたとはいえ、私が反応するまもなく、抱きしめてくるほど。
「雨の女神さま――――。」
そのまま、うるさい絶叫を上げて、私を締め上げる王子に、私は久しく感じていなかった恐怖を覚えた。
「な、ななななな。」
驚きと衝撃、なにより前世でも体験したことのない激しい抱擁。それが彼らの気持ちの現れただった。
まったく、雨が降ったくらいで大騒ぎしないでほしい。
ストラ「マッチポンプとか言わないで。」
サラ「えっ、外で何がおこってるの?」




