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この花は咲かないが、薬にはなる。  作者: sirosugi
ストラ13歳 ラジーバ 留学編

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121 ストラ、獣人に恐怖される。

楽しい楽しい、修行パート1と思っていたのか?

 ハッサム流ブートキャンプ。

 最初にするのは、食生活の改善です。食べ過ぎや偏った食事ならば、食事のメニューや味付けを調整する。ハッサム村では、定期的に健康診断と素行調査を行い、主に塩分と酒の量を調整させている。

 そうでもしないと飲み過ぎなんだよ。どいつもこいつも、際限なく飲むから、私が成人してから飲もうと思っていた秘蔵の酒の数々を飲みつくしかねなかったのよ。

 この世界の食事は前時代的というか、原始的なものだ。腹が満ちればいい、喉が潤えばいい。数少ない嗜好品は酒で、味よりも酩酊感を楽しんでいる。味が良ければよし、健康は二の次という感じだ。

 断っておくが酒が悪いわけではない、安全な水分補給の手段として、果物などを発酵させてアルコール飲料にするというのは昔から行われていることだ。国によってはミネラルウォーターよりもワインの方が安価で手に入ることだってある。モンゴルの馬乳酒や日本の甘酒のように病人や子供向けの栄養ドリンクとして存在するものだってある、百薬の長は伊達ではないのだ。

 おっといけない話がずれた。ともかく、相手に必要な栄養を考えて、食事を考えるのは薬師の基礎だ。まあ、そんな基礎云々以前に、びっくりするぐらい痩せてた彼らを見たら、腹いっぱい食べさせないといけないという使命感が生まれたのよ。

「こ、こんな豪華な食事をいただいても?」

「あ、あとで金を払えとか。」

 即席の竃で用意したメニューは、干し肉と野菜と薬草たっぷりのスープと焼き立てナン。シンプルだけど栄養は満点な食事を前に、5人は戸惑った様子だった。

「食事は基本。腹が減っては何とやらだって。まずは食べる、出ないと何もできないでしょうが。」

 そう言って、私が食事をはじめても、5人はなかなか手を付けようとしなかった。

「だ、大丈夫なのか?」

「ただの、施しをうけるなんて。」

「獣人としての誇りは・・・。」

 なんか言ってるけど、腹の虫はにぎやかなので、空腹なのはたしかだ。目の前の食事から目をそらせず、口元にはよだれが見えている。

 それでもためらうのは、食事を与えられてからろくでもない目に合った経験があるからか、それとも毛無しという自分たちの地位に甘んじているからか。どちらにせよ、このままではまずい。

 5人に見られながら、1人だけ食事なんて居心地が悪すぎる。

「別にただ飯でもないし、施しじゃないから。安心しなよ。」

 もぐもぐと食べながら、私は、私の目的を話すことにした。

「私はラジーバ観光の真っ最中の旅人だよ。その旅先で、胸糞悪いものを見せられたから、獣人王族やあの犬コロをぎゃふんと言わせたい。ついでに旅行中に人を雇うつもりだったの。」

「人を雇う?」

「ぎゃふんて。」

 現地の人を雇用する計画は、旅行前からあったものだ。産廃処理には年単位の時間がかかる。かといっていつまでもラジーバにいるつもりはない。適当なところでマルクス王子に投げるか、現地の人を雇うかして、実験と管理はラジーバの人達で進めてもらうつもりだった。

「我々を雇いたいということでよろしいでしょうか。」

「そうそう。だから、これは待遇を相談するための食事会と思っていいよ。少なくともこのレベルの食事は保証するし、報酬もそこそこ。食べてからでいいから話を聞いてくれると嬉しいな。もちろん、仕事内容が気に入らなかったら断ってくれてもいいから。」

 にこりと笑って皿を前にだす。

「わ、わかりました。」

 最初に動いたのは、一番背の高い女性だった。痩せてはいるけど目の光はしっかりしていて、ここに来てから、一度も私から目をそらしていない。いい集中力と度胸を持った女性だと思う。

「お、おいしい。」

 深皿を両手で持ってスープを一口飲んだ女性は、途端に目を丸くし、そのままガツガツと食べ始める。

「お替りもあるから、ゆっくり食べなさいな。」

 その言葉を皮切りに他の4人も、勢いよく食べ始める。

 うんうん、空腹って辛いよねー。消化にはいい食材ばかりだからゆっくり食べるんだよ。

 見ていて気持ちの良い食べっぷりを見ながら、私も食事を再開する。空きっ腹に大量に食べるのは健康には良くないかもだけど、今はまず満たすことが大事だ。何かあっても獣人の胃腸は丈夫なので死ぬことはないだろうしね。

 食べたら、頑張っていただきましょう。



 一方その頃、マルクス王子とその一行は目の前にある見慣れない建築物に顔を青くしていた。

「ほ、本当なんだな。これはストラ嬢が?」

「はい、この目で見ました。精霊殿たちと毛無したちを中心に砂が盛り上がり、数分と掛からず、このようなものに。」

 市場での騒ぎで呆気にとられて出遅れたマルクス王子だったが、慌ててストラの跡を追った。王国では下級貴族と言われているが、ストラはマルクス王子が直々に招待した来賓であり、その知識や能力は獣人たちから尊敬を集めるに充分すぎた。そんな来賓に護衛もつけずに一人歩きをさせたとなれば、外聞は最悪である。しかも、ストラは王国では救世主と言われている凄腕の薬師であり、王家の人間とも親しい、万が一があった場合は、外交問題になりかねない。

 突然の出来事に混乱していたとはいえ、マルクス王子達は自分たちの失態に大いにビビり、そして謝罪と弁解のためにすぐにストラたちのあとを追った。

 そして目にしたのは、巨大な砂のドームだった。見上げるほどに高い壁にキラキラした天井、これほど珍しいものがあれば気づかないはずがない。なにより、こんなとんでもない事をしでかすのはストラとその仲間の精霊たちぐらいだろう。

「お、怒らせてしまったか。どうしよう。」

 まるで、此方を拒絶するかのような壁を前にマルクス王子は、おろおろするしかなかった。

「そ、そんなに怒ってるのか?」

 市場での出来事は、ラジーバではよくある光景だった。狩りの成果を見せびらかし、己の力を誇示する。若い獣人によく見られる傾向だが、見ていて愉快なものではある。マルクスも、かの犬獣人に対して、若いが将来は有望と思ったほどだ。

 だが、ストラはそんな彼を蹴散らし、必死に荷運びをしていた毛無しをかばった。

 慈悲深い人だ。

 最初はそう思った。口も態度も令嬢とは思えないストラだが、情に厚く、友や身内とした相手にはどこまでも手をかける。また困っている人や目の前の脅威を無視できず、不器用にも助けようともする。そういう人柄をマルクスは好ましく思っている。そんな彼女が辛い仕事をしている毛無しに同情するのは、想像できることだった。

 だが、思っていた反応ではなかった。

「ちょっとばかり鍛えて、あの駄犬よりも優秀に仕上げてきます。」

 そう言い残して、5人の毛無したちを連れてストラは街の外へでっていった。そして、このドームということは、自分たちの助力も護衛も不要という意思表示に他ならなかった。

「ど、どうしましょうか、王子。」

「ま、待つしかないだろ、不用意に近づいたら、どんな目にあうかわからん。」

 部下にそう答えながら、マルクスの脳裏に浮かんだのは学園での決闘という名の蹂躙だった。

 じゃれ合い、からかいのつもりで決闘を仕掛けた。妹の思い人であるリットンが優秀なのに、従僕であることに不満があったというのもある。実技試験を見ていたので、ストラの実力も理解した上での行動。いい勝負ができればいいなと高を括っていた自分を待っていたのは、圧倒的なセンスによる一方的な蹂躙だった。

 こちらが対応できるギリギリの速度で繰り出される火球や投石。逃げた先に巧妙に仕掛けられた落とし穴や不可視の壁にとげ。警戒して足を止めれば、水攻めや生き埋めにされた。何度も挑んだのは獣人の王族としてのプライドゆえだが、何度も諦めた。正直勝てる気がしない。

「いいか、ストラ嬢が自分から出てくるまでは待機。助力を求められれば、可能な限り対応しろ。くれぐれも、くれぐれも、これ以上、機嫌を損なわせるようなことをしないように肝に銘じろ。」

 自分に言い聞かせるようにマルクスは宣言し、その場でキャンプの準備を始めさせた。

 多少街から離れているが、魔物気配はなく、水場も近い。交代で戻らせれば部下も休めるだろう。

「マルクス様は。」

「彼女は私が招いたんだ。連絡が取れるまではここを離れない。」

 自分は、ストラが出てくるまでここにいるつもりだった。

 彼女がなぜ怒っているのかわからない。そもそも怒っているのかどうかもわからない。それでも、この場に彼女を残して宿で休むというのは違う気がした。

「しかし、それでは。」

「私がここに居たいのだ。彼女の側に。」

 何より、ストラの近くに居たかった。あの美しい猛獣が何をしようとしているのか知りたかった。あの聡明な知識に触れたいし、言葉を交わしたかった。

「わ、分かりました。我々は物資の補給に努めます。」

 若者のそんな気持ちを汲み取って、部下たちはそっと頭を下げた。なんともむずがゆいが、仕えるべき主の行動は微笑ましく、諫めるのも野暮と思ったからだ。

「よし、まずは周囲の安全を確保・・・。」

 部下が納得したのを確認して、更なる指示を出そうとしたが、今度こそマルクス王子はフリーズした。

 もこもこもこ。

 キャンプを決意したマルクス王子一行を囲むように砂が盛り上がり2メートルほどの壁が出来上がる。それは、マルクス王子からすると見慣れた魔法だったが、

「ひ、ひいいいいいいいいい。」

 突然の出来事に、部下たちは腰を抜かした。それこそ偵察に来ていてドームができる現場を見ていた部下たちもだ。

「ななあななななあなな」

「落ち着け、ストラ嬢の魔法だ。」

 近づいて確認すると、砂は圧縮されそこそこの硬さだった。獣人の力なら容易く割れるだろうが、風と砂を防ぐには充分すぎるし、魔物の対策もしやすい。

「叶わないなー。」

 どこかで自分たちを見ているのか、それともここに来ることを予想していたのか、自分たちが安全にキャンプできるように気遣いをしてくれたであるストラにマルクスは笑みを浮かべていた。

「ストラ嬢、先ほどはまともに話を聞かず、本当にすまなかった。なぜ、アナタが怒っているのかはわからないが、何が悪かったか、また教えてれるとありがたい。直す努力と、謝罪の努力をさせてくれ。あと、心遣いは感謝する。私はここで待っているから、存分にやってくれ。」

 聞こえているかどうかは分からないが、ドームに向かってマルクスはそう叫んだ。必要があれば返事が返ってくるだろう。

 自分はそれを待つだけだ。

 

 とんでもない魔法を見せられた。と部下たちは思った。獣人たちにも魔法使いはいる。来賓であるストラが旅の途中で、凄腕の魔法使いであることは理解していた。

 だが、その場にいないにも関わらず、砂で壁を作って自分たちを捕らえるなんて芸当ができるとは思っていなかった。想像すらしたことがなかった。

 マルクス王子の言葉で、それが親切心からのものだと分かったが、その気になれば、自分たちを閉じ込めて生き埋めにすることだってできる。そういう警告の意図もあるのではないか?付き合いの浅い彼らがストラへの評価を変えたのは、間違いない。そしてそれは、すでに何度も行われたことだった。

「王子、すごいな。あれとやりあってたんだろう。」

「聞けば連日、決闘を挑んでいたと、ソフィア様の報告書にもあったそうだ。」

「よく心折れないな。」

 そんな魔女に対する堂々とかつ、男らしいマルクスの態度を見て、部下たちの忠誠がほんのりとアップしたが、彼らは今後に待ち受けるとんでもない事態をまだまだ予想できていなかった。

 まだまだ魔女ですらない。

 そう思い知るのはわりとすぐの未来である。

ストラ「これがホントのサンドボックスゲームだなー、あっマルクス王子たちもいるのか、ついでに壁作ってあげよう。」

マルクス「きゅん!」

部下たち「ひいいい、生き埋めにされるーーー。」

 旅行もあって、色々と自重が消えているストラさんにすがりつくマルクス王子も偉い。

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