119 薬師は大人しくしてない。
結局やらかすストラさん。
砂上船の効率は予想以上で、最初の街まで2日はかかると言われていた距離を半日ほどで踏破することができた。
「ストラ嬢には驚かされてばかりだ。」
すっかり砂上船がお気に入りになったマルクス王子は、流れる砂漠の景色を眺めながら、ふとそんなことをぼやいていた。
「薬学の知識に、魔法の運用能力。そして、このような発想の数々。どれもラジーバにはなかったものだ。あなたが、ラジーバ、いや獣人の貴族だったらと部下たちがぼやいていた。」
「さようですか。」
またこの話だ。と思うぐらいには聞かされた話だ。
私は王国の貴族だ。それを理由にマルクス王子とか一部のお偉いさんからの勧誘に砂をかけている。
「まあ、私は王国に仕える木っ端貴族ですから。」
そう言って、面倒な交渉事は他の王子、最近では国王に丸投げしている。
下級貴族という理由での面倒は多いが、貴族という身分のおかげで得をしたこともある。
「まあ、それもすぐに収まったがな、獣人は実力主義だ。見た目や家柄ではなく実績や実力で判断する。そう言う意味では、居心地は悪くないと思う。」
「家柄や、生まれは関係で、リットンやストラ嬢のような才能が埋もれてしまうのには、やはり違和感を覚えるな。獣人のように実力で評価することはできないのだろうか。そしたらもっと。」
「そうでもないですよー。」
「そ、そうだな。ストラ嬢の影響力はすでに。」
「ああ、そっちじゃなくて、獣人の実力主義もアレだって話です。」
実力主義というのは嫌いではない。だが決して平等ではないし、優れているものではない。
才能とか家柄って大事だ。勉強したことがすぐに身につく子もいれば、親や塾によって鍛えられて賢くなる子もいる。最終学歴が、中卒や高卒でも社会人として優秀な人もいれば、一流大学まで進学しながら、社会人になって数か月で脱落する人間だっている。だからこそ過去や出自ではなく、今の結果で評価するのが実力主義。
実力主義が平等なのは、スタート地点がみな平等だという錯覚から生まれたものだと私は思う。
あるいは、自分の境遇を当たり前と思って、相手の努力や苦しみを見ていないかだ。
学歴差別な親なんてめっちゃいたよ。懇談会の一番最初の発言が「どこの大学出身ですか?」って真顔で聞いたり、親の学歴を聞いた瞬間に子どもを追いだしたりするなんて話が学年に1人はいたからね。
「ううむ、そういうものか、よくわからん。」
これは私の前世の超絶ブラックな経験による価値観だ。それが当然として生きてきたマルクス王子達や王国の貴族たちに理解ができるものではないだろう。
その確信を持てたのは、ラジーバで最初の街ラグナードにたどり着いたときだった。
ラグナラードという街は、球根のような屋根をした宮殿がドンと構えられたまんまアラビアンな街だった。オアシスを中心に広がった街の規模はそれなりで、ラジーバでも有数の都市であるとか。
「中央は街の役所となっているが、かつてはこの地を治めていた豪族の宮殿だ。王城ほどではないが見ごたえはあると思うぞ。」
「それは確かに。」
遠目に見ても見事な建物だ。当然のように見学が予定されているのも納得だ。
そんなわけで、中央の宮殿、もとい町役場を目指しているときだった。
「おい、さっさと運べ、せっかくの獲物がダメになるだろ。痛んだら、お前らが弁償しろよ。」
通りを塞ぐ大きな死体と、その近くでわめく大柄の獣人。全身が毛むくじゃらで顔も犬のそれで、犬度のかなり高い獣人だった。
彼は、象並みにでかい何かの死体の近くで威張り散らし、それを引っ張りふらふらな人達にを怒鳴りつけていた。どうやら、死体が重すぎて引っ張っている人がよろめいて倒れたっぽい?
「す、すいません。」
怒鳴られながら、よろよろと起き上がるのは人間?
「あれは、毛無しだな。獣人でありながら獣の因子が弱く、見た目は王国の人間に近い見た目で、力も弱い、知恵はあるのだが、砂漠で生きるには苦労する子たちだ。」
「なるほど。」
才能が見た目に出てしまうのは獣人あるあるだ。それにしても見ていて気持ちのいい物ではない。
「ははは、みろよ、この程度の荷物を運ぶのもろくにできない。毛無しの出来損ないはこれだから困る。俺らの慈悲がなければ生きていけない半端者。」
一仕事が終わった後だからか、テンションが高く、反比例するようにデリカシーがない。下品に笑いながら必死に得物を運ぶ毛無し?の人達を指さしてゲラゲラ笑っている。
「さ、先に解体をさせてください。そうすれば。」
「ふざけるな。そんなことしたら、俺様の偉大さが伝わらないだろ。このまま街を一周するんだよ。」
うわ、しかも無意味に見せびらかしているのか。
「確かに見事なサンドランドだ。肉も上手いだろうな。」
「ああやって、狩った獲物を見せるのは、一種の宣伝です。見れてラッキーでしたね。あれだけの大物は珍しい。」
マルクス王子やお付きの人達は、犬獣人の成果を称え、彼の愚行については指摘しない。おそらく、ラジーバではわりとみられる光景だ。
「なんだよ、こんなに軽いのに何で時間がかかるんだよ。」
犬獣人は死体を両手持ち上げ、己の力を誇示する。周囲で見ていた人達は、歓声を上げて拍手をする。
「ははは、俺様は最強だ。」
最強なら、そのままお前が運べよ。あえて、力のない人間に運ばせて自分を誇張をさせているようにしか見えないぞ。
いらっとくるなー。ああやって人に失敗をさせてから自分の実力をみせるやつ。あれあれ、失敗した後で「俺はこうなると思ってたよ。」というやつ。だったら最初から言えよってなるやつ。
「あれいいんですか?」
「う、うむ。いささか誇張と自惚れがあるな。慢心から失敗をしないといいが。」
「いやいや、若いならあれくらいの勢いがないと。馬鹿正直に自分の力を誇示するのは若者の特権ですよ。あのサイズの獲物なら市場もにぎわいますし、多少わね。」
一応確認したが、マルクス王子たちは、気づいていなかった。
「せ、せめて食事を、私達は朝から飲まず食わずでこれを運んでるですよ。」
なるほど、そりゃつらいわ。もしかして砂漠で狩った獲物をここまで運んできたとか、じゃないよねー。だとしたらブラックってレベルじゃない。虐待じゃないか。
「ははは、これが終わったら食わせてやる。」
食わせてやる?不穏な気配に私はマルクス王子を睨む。
「彼らは奴隷か何かなんですか?」
「まさか、彼らは運搬のためにアレが雇った日雇いだと思う。毛無しは力が弱いから、なかなか仕事がなくてな。」
「だから、狩り中の荷運びや、解体、得物の運搬なんてことをして、日銭を稼いでいるんですよ。彼らも大きな仕事になってよかったですね。
よかった?何考えてるんだ、この駄犬ども・・・。
いや待て、これも文化の違い。国の在り方だ。旅行者である私が口出しできることじゃない。
「力のないやつが、いっちょ前に食事にありつこうなんて思うな。」
ダメだこりゃ。
反射的に私は動いていた。バスケットボール大の火の玉を生み出し、ピーチクパーチクうるさい犬獣人に向かって投げる。火は即座に彼を覆い尽くす。
「あつつうううう。」
自分で優秀というだけのことはあったのか、悲鳴をあげつつもすぐに地面に転がって火を消したので、そのまま火だるまになんてことはならなかった。だが、自慢の毛皮はところどころ焦げてなんとも情けない。
「実力主義、強いやつが偉い。大いに結構。」
外交問題?私のような下級貴族の行動に動揺するような国の脆弱性をさらしたいなら好きにすればいい。実力主義というなら、実力で私を止めて見せろ。
「その理屈なら、あんたよりも強い私が、その獲物を好きにしていいってことよね?」
さらに火の玉を複数用意して、私は彼らに歩み寄ってそう宣言した。
「はっ、なんだいきなり、強盗するつもりなら、こっちだって、ひっ。」
あらあら元気な事。でも目の前の光景をよく見てから言うべきことよね。
「実力主義を語るなら、実力で淘汰される覚悟くらい持ちなさい。」
やりたいこと、得意な事ばかりして得意になっている半端な実力主義者というのはこれだから。
前世の嫌な記憶がよみがえる。そこそこ真面目な私は朝イチで出勤して、お湯のポットの準備や、郵便物の受け取りをしたりした。放課後は自分の担当教室の掃除をしたり、学年の予算管理なども率先してやっていた。なぜなら誰もやりたがらないからだ。一流と言われる先輩教師は、研究会で発表する資料の作成や後輩の指導という名目での教材研究に夢中でそう言った細々したことには無関心。新人君はそんな上司の模倣で手一杯で、採点業務もおろそかにしていた。中間管理職な私はそれをフォローしていたのに、評価はほとんどされず、飲み会なのでは、もっと頑張らないと、無責任なことを言われた。パソコンやタブレットの導入時なんかも、業者とのやりとりとマニュアル作りは私任せで、やつらはそれが邪道といって、こちらが提案した勉強会には参加しない。その上で、導入の遅れは責任者でもない私の所為にされた。
仕事に貴賤なんてない。
それだけのことを理解していないヤツがともかく多すぎるのだ。
「ふ、ふざけるな。俺たちいなければ、魔物狩りはできない。いざという時に盾になれるのは俺たちだぞ。俺たちがいるから、この街は守られてるんだ。」
「だから?」
危険だったり大変だったりする仕事が優遇されるのは仕方ない。医者が高級なのは、それだけ激務でミスが許されない仕事だから。なのに、責任感のある教師や公務員の給料のアレ具合よ。それなのに、医者というだけで、偉いと勘違いするバカもいたなー。
「ストラ嬢、落ち着いてくれ。彼の行動は確かにほめられたものではないが、仕事の役割に応じて、分け前が変わるのは確かだ。」
「その分け前が間違ってるからいってんだろうだ。」
「ひ、ひいいい。」
仲裁に入ったマルクス王子もまとめて怒鳴りつける。
戦うことは確かに重要な役割だ、
危険を伴うし、専門性も高い。だが、それだけ仕事は成立しない。
この犬獣人が、狩りから解体、運搬、販売まですべて1人でしていなら私だって文句は言わない。運搬していた彼らの報酬が少ないのも別に文句はない。ただ
「てめえの仕事が一番偉いとか言うのは傲慢だ。」
その言葉に獣人たちは首を傾げた。犬獣人やマルクス王子もそうだが、毛無しの彼らまでそろって首をかしげている光景は、ラジーバのもつ国民性、いや歪みだ。
「OK、わかった。」
ならばと私は、決意した。かっとなったともいう。
「こいつらを二週間貸しなさい。お前らの考えがどれほど愚かか教えてあげる。」
答えを聞くまでもなく、私は毛無しと呼ばれた5人を拉致して、鍛え上げることを決意した。
ちなみにだけど、勝算はめっちゃあります。プロですから。
ストラ「レッツ魔改造。」
毛無し「ひいいいいい。」
ハルちゃん「じじじ(大人しくするとは?)」
なんだかんだ面倒見がいいストラさんであった。




