117 旅の準備はやりすぎるぐらいでちょうどいい。
旅の準備というの名の人物紹介と確認?
マルクス王子とソフィアちゃんとの打ち合わせはつつがなく終わり、二日後には出発ということで話がついた。もともとマルクス王子の一時帰国の準備は進められていたし、私の準備が完了すればすぐにでもという話だったので、この拙速ぷりだ。
そんなわけで私は、嬉々して旅の準備をしていたわけだけど。
「ストラ、なんでそんな急に決めちゃうのよ。」
押しかけてきたメイナ様にめっちゃ責められた。
「そうは言っても、ラジーバへの旅行については前からお話をいただいていましたから。相談もしてましたよね。」
「でも、それは来年以降の話だったでしょ。今度の休みは一緒に刺繍を作るって約束したじゃない。」
メイナ・リガード様は、辺境伯家の長女にして、第二王子であるスラート様の婚約者だ。精霊と会話できる稀有な才能と、優れた回復魔法の使い手で、その所作や振る舞いの美しさも相まって、聖女と称されるほどの才人だ。
幼い頃は少々わがままで傲慢なお嬢さんだったけど、それは病床で伏せるお母上クレア様への心配と構ってもらえない寂しさからくるものだった。クレア様がご快復なされてからは、元来の落ち着きと慈悲深さを取り戻して、スラート王子と恋に落ちてからは、それはもう素晴らしい淑女とステップアップされた。
もうね、美少女っぷりがやばいのよ。同性の私ですらドキリとさせる色香を感じさせる上に、努力家で人の話を聞く度量もある。同じように精霊さんとお話ができる私が魔女なのに、聖女と称されるのも納得だよ。
「しかも。ラジーバなんて、私も行きたかったのに。」
ぶーと不満を隠そうとしないメイナ様。不満顔も可愛いとか美人はお得だなー。ちなみに、私のことは幼馴染で、恩人と思ってくださっている。身分を考えると畏れ多いのだけど、身分とか能力関係なく接してくれるメイナ様のことが私は大好きだし、彼女のためなら多少の無茶はしたっていいとも思っている。
なんなら、メイナ様もラジーバへ旅行できるように手配だってする。まあ、責任感のある彼女に限っては冗談だろうけど。その証拠に、ひとしきり文句を言ったら興味は旅行そのもの映っていたし
「で、それが旅行の荷物。すごい量ね。」
「専用の馬車を用意したので、それなりにはもっていきますよ。」
積み上げられたトランクの数はそれなりに多い。ラジーバは砂漠の国、万が一に備えたサバイバルグッズや暑さ対策のグッズ、調合や研究用の道具なんかも用意してある。
おかげで部屋はまっさら、まるで立ち退き直前である。
「また、ずいぶんと色々と持っていくのねー。」
「旅行の準備はしすぎるぐらいがちょうどいいんですよ。幸いハルちゃんたちハチさん部隊も同行するから運搬の手間はかかりませんから。」
報酬のハチミツアメや酒の準備もばっちりだ。
「なるほど、いつもながら準備万端ですごいわ。その気になれば一晩でドロンできちゃうわね。」
「そんなことしませんよ。」
準備中のトランクの中身を見ながらメイナ様が感心する。これなら心配もされずに済むだろう。
「なんなら、馬車も見てみます?」
「・・・面白そうだけど、ちょっと怖いわね。」
そんなことないですよ、むしろ楽しいですよ。
そんなわけで、メイナ様をつれて訪れたのは、私用の学年園だ。薬学教室に所属している私に割り振られたこの場所は、一時期、精霊草という特急呪物が大繁殖してたが、全部刈り取ったので今は土だけ。おかげ在庫が笑えないレベルになってしまったけど、いずれなんとかしよう、いずれね。
「わあ、クマ吉さん、今日は一段と毛並みがきれいね。」
「ぐるるるる(尊き子、久しぶり。)」
久しぶりに会ったクマ吉に抱き着いて、ご満悦なメイナ様だった。いつもなら、それを諫めるお付きの人たちは、その近くに置かれた馬車に目を奪われて、言葉を失っていた。
「これが旅行用の馬車、ずいぶんと立派ね。」
「ははは、うちのドワーフ達が頑張ってくれました。」
サイズは王国貴族が使うものよりも大きく、色は白と黄色。大きいだけで、見た目はシンプルな屋根付きの馬車であるが、その仕組みはちっと、いやかなりやばい。
走行中は4人掛けの個室だけ、しかし、蛇腹構造と変形機構のおかげ停車中は倍以上のスペースを確保できるキャンピングカー仕様。外付けのパーツを組み合わせれば簡易テントが設置でき、加熱機能付きの水タンクも完備しているので、砂漠でもシャワーが浴びれる。
居住性を追求しつつ、運動性能だってすごい。
完全に鉄製にした足回りは、スプリングと車軸懸架式のサスペンションを再現し、タイヤにはなんちゃってゴムタイヤを採用して走破力を向上させてある。ネジ式で取り付けられるガードパーツのおかげ、砂漠の砂塵への対応もばっちりだせ。
「うん、やべえ。完全にオーバーテクノロジーだわ。」
サスペンションを搭載した馬車の構想は以前からあった。仕組みや簡易的な構造は前世の知識にあった。でもさすがのドワーフ達でも再現できないとは思っていた。
それは入学試験に向けて、自分の魔力とか魔法を確認していたときだった。風魔法を使っていた私は、ふと、魔力を動力にした旋盤の仕組みを思いついた。風車のような回転機構と頑丈な工具があればわりと簡単にできちゃったのよ、これが。
最初は作業の効率化につながると思っていたけど、より精密な金属加工ができると思った私は、前世の知識をもとに、適当に描いたサスペンション付きの馬車の図面を書いた。あんなこといいな、できたらいいなみたいな機能を組みこんだ、何ちゃて馬車だ。耐久性とか重量を一切考慮していない、形だけで材料とかも考えていたない、お遊びのようなものだ。
それを、ドワーフ達に冗談半分で見せた、酒盛りの中の余興の一環だった。最近は大人しいなって言われて、それなら、これぐらい作ってみろと、みんなでゲラゲラ笑った。
少なくとも、繊細な金属の加工やスプリングの製作はこの世界には存在しない。さきに旋盤などの工作機械を作ってからだろうと次の日にはちゃんと説明したよ。
なのに、入学してしばらくしないうちに試作品ができたという連絡が来て、最近学園に届けられた。
「ドワーフの技術力を舐めるな、こんなん手先で作れるわい。」
そこは実用的な旋盤を作ってくれよ。産業革命レベルのブレイクスルーぞ。
まあ確かに、戦国時代に日本人の職人は手先の器用さだけで、ネジ巻機構を再現して火縄銃を国産にしたって聞いたことがあるし、一人一人が工作機械みたいなドワーフ達ならやりかねないと今なら思うけど。
手作業でネジとかミリ単位のジョイント機構を作るとか、ドワーフやばいわー。
というわけで、何とも豪華なおもちゃを手に入れてしまった私だが、馬車が届いたときはなにかと騒がしかったので、今回のラジーバ旅行でやっとお試しできるというわけだ。
「ストラ、ドワーフ謹製の馬車なんて、国宝扱いされてもおかしくないからね。そこは自覚しなさいね。王家に献上したら爵位がもらえるレベルよ。」
「いやいや、そうでもないですよ、これ、欠陥機ですから。」
色々と革新的な仕組みを取り入れたこの馬車は、めっちゃ重い。
変形機構とか、サスペンションは機能しているし、動かした限り耐久性は問題はないように見える。
ただ、めっちゃ重い。これが重要。
馬車というよりは鉄の塊のような重さで、車輪がついているのに、馬や牛ではピクリとも動かない。王都に届けられたときは途中まではクマパパが、残りはクマ吉が引っ張ってきたぐらいだ。
「つまり、馬車じゃなくて、熊車?」
「そうなっちゃいますねー、今は小型化と軽量化の研究をしているそうですが、足回りの再現は鉄じゃないと強度が足りないの上に、仕組みが複雑なのでどうしても重くなってしまうそうです。」
本来はエンジンとか蒸気機関が生まれてからできたものだしねー。簡易的なサスペンションだけならともかく、キャンピングカー仕様まで搭載にするには、動力から考えないといけないだろう。私が疫病対策やら何やらでがんばっている間に何やってるんだとも思ったが、結果として面白いものができたのよし。
クマ吉の背中に乗っていくのも考えたけど、砂漠での旅となれば屋根が欲しかったところだ。逆になにかあってもクマ吉や精霊さん達がいれば大丈夫なので、馬車が壊れても問題ない。
うん、耐久限界を試したくて遠出したかったとかじゃないからね。
「うん、クマが引く馬車ってみんな驚くでしょうね。」
最初は驚かれるかもしれないけど、王都の人達だってすぐに慣れたから大丈夫でしょうよ。
「そもそもちゃんと動くの?クマ吉様がいれば大丈夫とは思いますけど。」
それでも色々と心配の尽きないメイナ様。ああ、なるほど。
「乗ってみます?」
満面の笑みでうなづかれました。
その後、学園とその周辺を爆走するクマと馬車が目撃されて、ちょっとした騒ぎになりましたが、旅行の準備は万端です。
クマ吉「ぐるるるる(ひとっ走り付き合えよ。)」
ハルちゃん「ジジジ(私達も行くよー。)」
サンちゃん「ふるるるるる(尊き子のために援軍は呼びます。)」
レッテ「ふしゅううう(日陰があるなら、昼寝は出来る。)」
ストラあるところに精霊あり。当然のことなので説明不要。




