113 この花は咲かないが、クスリになる
歴史的な視点によるストラさんです。
(とある歴史家の手記より)
王国と大陸の歴史において、 ハッサム家ほど奇妙で面白い家はない。
大陸統一の足掛かりを作りながらも、権力を嫌い、領地に引きこもりなために、歴史に名が出てくることは少ない。だが、その一つ一つが衝撃的だった。
争いが絶えなかった時代、開祖である初代ハッサムは、比類なき武力と智謀をもって北から迫る敵国の脅威を幾度となく退け、その功績をもって、ハッサムと言う名と土地を下賜され、その地の開拓を命じられた。以降のハッサム家は山脈の片隅で緩やかに、それでいて驚異的な発展を遂げた。
2代目ハッサムは、父譲りの健康な身体を使って山脈を調べ揚げ、有用な薬草とその利用法を確立した。特に有名なのは、貴族病の予防薬としても有名な整腸薬だ。二日酔いや食べ過ぎなどの際、独特の苦みをもつこの薬のお世話になった人間は多いだろう。
3代目は、人外魔境と言われた山脈を開墾し、新たな農法を広げたと言われている。先代に対して地味と言われているが、辺境伯家と協力して行われた彼の活動によって、北側では悪夢と呼ばれた冷害と食料危機を乗り越えた偉業は無視できない。ハッサム家に伝わる家訓にも、「3代目のように生きろ。」という言葉があるらしい。
しかしながら、一番派手で、多くの記録が残されているのは、4代目ハッサムだろう。
聖女、魔女、予防学の母、緑の奇術師、半精霊。様々な異名を持つ彼女は、ハッサム家を知る人ぞ知る名家から、知らぬものはいない強者として知らしめたと言われている。
不治の病と言われた重度の貴族病の治療と予防法を確立し、のちの国母の母であり辺境伯家の奥方クレア・リガード様の命を救ったことをきっかけに、創生教という間違った治療法と価値観を王国から追い出し、予防技術と投薬治療のノウハウを王都にもたらし、流行り病をしずめた。
このときの彼女の行動と知識により、王国の医療技術は他国よりも先んじることになった。
また、伝承のみ伝えられていた、精霊草と万能薬を復活させ、毒を用いた卑劣な戦術を用いた帝国との闘いで王国へ圧倒的なアドバンテージをもたらし、勝利の女神とも言われている。
慈悲深い性格であったとされる彼女は、万能薬を惜しみなく回し、身分や出自に関係なく多くの人間を癒した。その中には、帝国最後の皇帝である、グスタフ・クラント・ライニシュの息子である。ベリル・ライニッシュも含まれる。重病で死にかけていたベリルの治療を快く行った4代目ハッサムと受け入れた王国の器の大きさに感動した、ライニッシュ親子は、その場で王国への忠誠を誓い、帰国後は帝政の解体に努めたという。またその余波で創生教を国教とする宗教国家は衰退した。かつては大陸の北側を支配していた2国であるが、今日ではその名を遺すのみとなっている。
ここまでの記録でわかる様に、2国の衰退と消滅にはハッサム家の影響が大きいと言える。
創生教の根拠であった回復魔法への正しい理解と新たなる治療法の確立。冷害にも負けない農業技術と高い自給率。消滅した2国になかったアドバンテージをもたらしたのは間違いなくハッサムである。また精霊との交流が可能だった4代目ハッサムの影響力はすさまじいもので、攻めてきた帝国兵が彼女の操る精霊たちによって殲滅されたなどの眉唾なエピソードも多く存在している。
真偽は確かではないが、当時の王族に対しても友人のように親し気に話していたという記録がある。実際、聖女と呼ばれ、代々の王族の中でも一番人気のなる王妃メイナ・リガードとは幼馴染で姉妹のように仲が良かったという記録と、お揃いのドレスを着て夜会に参加したとか、病に倒れたお互いを看病するなど、それを証明するエピソードの数々が劇や物語となっている。
4代目ハッサムは、発明家としての一面を持っていた。精霊の毛を利用した、歯ブラシや鍛冶場や工場の廃熱を利用した給湯システム、揚げ物などの料理や新種の酒など、様々な商品を開発している。フライドポテトやフライドチキンを肴に、強めの酒をたしなむ。今では当たり前に食卓に上がっている食事や酒類の多くは、4代目ハッサムによってもたらされたのだ。
教育者としての一面をもち、子供向けの絵入りの物語本を多く出版し、自らが読み聞かせることで領民の識字率を高め、その教育に出費を惜しまなかったという。帝国との最後の戦いでの5人の英雄の有能さは有名であるが、彼らを育てたのはハッサム村と当時まだ、10歳程度だった彼女だというのだから、その見識の深さは驚異である。
そして、彼女の一番功績、もとい偉業といえば、ラジーバの緑化である。
大陸の西側にある砂漠地帯は何百年以上も不毛の地とされていた。当時、植物学教室に所属していた、4代目ハッサムは、砂漠でも根付く強い植物と、それを活性化させる植物活力剤の開発に成功した。
精霊の加護を受けたと言われるその植物は、どんな砂漠や荒れ地でも根を張り、活力剤を使うことで短時間で繁殖することができる、一方で他の植物の植生を脅かす繁殖力と強い毒性をもつことから、許可のない栽培は禁止されていた。
4代目ハッサムは、友人であった3人の獣人の王族とともに、実験を繰り返し、数年かけて、この植物の毒性を弱め、砂漠の緑化に適した品種へと改良することに成功した。
ラジーバは国家事業として、この植物による緑化を行い、国土の大半であった砂漠はその名残りをのこすみとなった。
例えば、緑の絨毯と言われている観光地「ラム」。そこがかつて草の一本も生えない砂地であったと信じられる人がどれほどいるだろうか。季節ごとに色とりどりの花を咲かせるラムには、4代目ハッサムの植物の面影はない。土壌の改善がなった時点で、それらは徹底して排除され、新たな植物が植えられたと言われている。今では、彼女を称える石碑のみが、当時の名残を感じさせる。
花も咲かず、食用には適さず、家畜のえさにもならない。ただの雑草のような植物
なぜ、4代目ハッサムがこの植物に注目したのか。多くの歴史家がそれを調べ仮説を立てたが、根拠なる記録は現在でも見つかっていない。
4代目ハッサムの自身は。緑化事業が軌道に乗った時点で村へと帰り、その生涯ほとんどを村で過ごした。万能薬や活力剤といった薬などはハッサム家の秘術と言われれているが、4代目以降でそれらが使われたという記録や現物は残っておらず、その真偽は確かめようがない。
歴史にありがちな誇張表現ではないかというのが、私の見解である。
精霊との交流や養蜂技術はともかく、帝国の皇帝を脅して降伏させたや、精霊をけしかけて一部の生物を全滅に追いやったり、王城を支配したりしたなどのエピソードに並んで、万病を癒す万能薬と、どんな荒れ地も改善する植物活力剤など、さすがに眉唾だと思われる。
歴史とは、記録とともにその目で確かめたことが真実である。これは、ほかならぬハッサムの言葉だ。
(補足)
「ストラ」と名付けられたその植物は繁殖力が強すぎて、他の植物への影響が大きすぎるために王都や一部の都市では、無許可での販売と栽培が禁止されている。
興味本位で植えないように。
歴史の記録の中では、代々のハッサムの功績はごっちゃ混ぜになっています。ストラが何を思っていたのか、何をしたのか、空白部分は、みなさんの想像にお任せしたいです。
といったところで、「この花は咲かないがクスリになる」は一先ず幕を下ろします。別シリーズとして、他のキャラ視点の話やサイドエピソードなどは書きたいと思っていますが、本編はおしまいです。
誤字報告や感想、などたくさんのご協力ありがとうございました。
ストラ・ハッサムという愉快なキャラクターが生まれ、ここまでこれたのは皆さんのおかげです。




