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この花は咲かないが、薬にはなる。  作者: sirosugi
ストラ 13歳 王国騒乱編

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111/151

110 魔女は、帝国に引導を渡す。

エピソード0のストラ目線

本作のクライマックス

 薄汚れた(私主観)の装飾品や装備を捨てさせ、風呂に入らせる。髪型がどうこう言っていたが、嫌なら丸坊主か選べと言わせてもらった。浄化魔法をかけて消毒した服に着替える。

 皇帝と側近たちが、準備をして静かになったうちに、私は患者の様子をみる。

「すごいな、半日でだいぶ顔色が良くなってる。」

 見るも無残な状態だった王子の顔色はだいぶ肌色に戻り、呼吸も安定しているようだった。あとはすごい汗とお通じによって汚れた寝間着だ。

 点滴、いやこの場合は透析に近い効果をもたらしているのかもしれない。あとは、異常に効果の高いじいちゃんの薬だろう。生まれて初めて飲んだコーヒーやエナジードリンクもびっくりなくらい、心臓が活発に動き、全身に血を送っている様子は、彼の生きる意志を表していた。

 手早く着替えさせ、衣服を捨てながら私はそんなことを思った。

「うむ、それだけ溜まったものが悪性だったということだろう。酒のようなものだ。」

「なるほど過ぎたれば毒ってやつですねー。」

 同じく見ていたヴォルド先生はそんな風に解説した。

「身体が弱り切ったところで、病にかかる。重症化してしまったわけだ。ギリギリ持ちこたえた元もとの健康をほめるべきか、迷うな。いずれにしろ、数日はこの処置を続けなさい、何かあればすぐに頼って構わない。」

「はい、ありがとうございました。」

 ヴォルド先生には、今のうちに退場してもらうことになった。先生には他の患者がいるし、立場的に発言が問題になることもあるからだ。

「・・・癇癪を起してはいけないぞ。」

 最後にそう忠告して、先生は学園へ戻っていた。本来ならば王子と接触した人間には数日、外出を控えてほしいけど、先生に限って無茶はしないだろう。

「せ、先生。僕はどうなんでしょうか?」

 先生が退室し、部屋に二人きりになったときに、不意に王子が口を開いた。

「しゃべってもいいですが、寝ておきなさい。心臓が活発に動いているから辛いかもしれないけど、それが治るきっかけになるから。」

「は、はあ。でも一つだけ。」

「別にいくつでもいいわよ。」

「この病気は治りますか?僕はいいんです、でも帝国、故郷ではほかにも苦しんでいる人がいるんです。」

「そ、そう。」

 命乞いや愚痴、謝罪よりも先に、他の人を気遣うか。ずいぶんと傲慢な王子様だなー。

「治せるよ。わたしならね。それを君が証明してくれたら、他の人の治療もできるかもしれない。だから休んでしっかり治しなさい。」

「はい。」

 そう言って王子は目を閉じた。無理もない。今、彼の身体には病気になってから一番の負荷がかかっている。病や寝たきり生活でがたついた内臓や血管、神経が精いっぱいの仕事をする。それは長年放置されてしわくちゃで穴だらけのホースに水を通すようなものだ。水漏れやひび割れそういった痛みが群れをなして襲い掛かり、発熱は発汗といった形で襲い掛かっている。だが同時に、身体は生まれ持った力でその体を再生させようとしているのだ。

 まあ、それが分かるのは、冷静かつ、ある程度医学的な知識のある人間に限られる。

「で、殿下、今すぐ回復魔法を。」

「じじじ(成敗)」

 はた目には苦しんでいるように見えたのか、入室するなり駆け寄って余計な事をしようとした側近の1人がハチさん達によって無力化された。

「そうやって、なんでも回復魔法に頼るから、症状が悪化したって説明を聞いてなかったの。」

 ぎろりと睨み返せば、全員が慌てて首をふった。

「そ、そのものは人一倍忠義が高く、暴走して。」

「そんな厄介な奴をいれるな、絶対、邪魔をしないことを条件に面会と見学を許可したはずだけど。」

 ここに至る間に、皇帝と私の間で交わされた約束は3つ。治療の邪魔をしない。指示に従う。対価としてどんな要求も聞き入れる。

 最後の要求に関しては、王国の偉い人がニヤニヤしてたけど、これは私の権利だ。譲る気はない。

 医者が傲慢になる気持ちが今なら、少しわかる。

「こんな調子が続くなら、約束も守ってもらえないということで、治療はやめるわよ。」

 邪魔されたくない。何よりこいつらをぎゃふんと言わせたい。そんな子供じみた思考から生まれたはったりだった。同時にそういう理由で、王子が救えなくても仕方ないというどこか枯れた気持ちもあった。

「そ、それは困る。もはや頼れるのは王国の、薬師様の力にすがるしかないのだ。」

 慌てて皇帝が頭を下げて、側近たちも従う。

「なんなりと言ってくれ。必要ならば指示通りに全員の髪を切り落とす。褒美だっていかなるものを差し出す覚悟ある。地位だって望むモノを。」

「じゃあ、帝国の主権を放棄して、王国に無条件降伏をしなさい。」

「はっ?」

「聞こえなかった、無条件降伏、今後は帝国の法も思想も捨てて王国の方針に従いなさい。少なくとも世界に覇を唱えるとかいう悪ふざけを今すぐにやめろ。」

 言ってやった。

 さすがの皇帝も顔が一瞬で真っ赤にそまり、側近たちがかっと目を見開いた。

「私は本気だよ。これが呑まれないなら、今後一切の治療をしない。脅しや攻撃を仕掛けるなら全力で抵抗する。」

 冗談でも言っていい事ではない。国家の根幹、帝国の人間の存在を全否定するような提案。ここで反発がなければそれは、人間としておかしい。要求する側の正気を疑うレベルの無理難題だ。

 まあ、私は魔女らしいので、今更ためらったりしないけどね。

「それは、あんまりではないか?」

「どうして?なんでもするって言ったよね?」

 場面でしゃべる1人は、古よりも続く帝国の皇帝だった。40代を超えてもなお衰えをしらないがっしりとした筋肉質な身体と鋭い眼光。だがその頬と髪だけは心労によって白く痩せていた。ここに来て今までの疲労に肉体が追い付いてこなくなってきているのだろう。それでも精霊さん達を押しのけて目の前の小娘の首をへし折るぐらいは余裕でこなせる。そんな化け物だ。

 けれども。

 その怪力で息子は救えない。奪うばかりなノウキン思考なおっさんには、息子のおむつを替えることもできないだろう。情けないことだ。

「お前なら救えるのだろう。なら。」

 救ってほしい。ベットで眠る我が子と、それを診察してた薬師を見比べながら皇帝は懇願する。そこには皇帝の威厳はなく、息子を思う親の顔でしかなかった。ならば魔女が怯える道理はない。

「そうだね、この子を救えるのは私だけ。薬を正しく処方して、適切な環境を提案できるのは私だけ。私なら助けられる。でもアナタは、何でもするって言ったよね。」

 強気に思い、口にする。

 けれど内心はびくびくだった。 

 ここまで治療ができたのは、ヴォルド先生のおかげだ。万が一の切り札である「万能薬」があるのも、じいちゃんの教えや精霊さん達のおかげだ。

 そういったことを含めて、王子が助かるのはは、王国の環境のおかげだ。私が何もしなくても、このまま安静にしていれば時間はかかるが、快復に向かうだろう。

 でも、それを教えてあげる義理はない。説明はメンドクサイし、私たちが診察を続けることで快復が早まるので、嘘をついているわけでもない。

「そうか・・・。」

 私の一世一代の大芝居。それを皇帝は上手い事、誤認した。そうだ、ここまでは計画通りだ。このまま淡々と追い詰めればいい。そうして・・・。

「げほげほ。」

 それでも迷いを持っていればベットで眠っている患者が咳をした。

「なんと。」

「まさか。」

 その様子にそれまで傍観を決め込んでいた側近や、国の重鎮たちが驚きの声をあげる。


 手の付けられないほどにまでやつれていた。

 それなのに、目の前の薬師が簡単に処置しただけで、咳をするほどに回復した?

 

 きっと彼らはそう思っているだろう。でも実際は、ヴォルド先生が長い年月をかけて研究してきた治療法のおかげだ。そもそもの原因だって、王子への過剰な治療によるものだ。

「この子は生きたがっている。咳というのは体内の異物を出そうとする身体の反応。それをする気力すらなかったのに、今は生きようとしている。それを理解した上で、あなたはどうする?」

 ギリリと血が出るほどに拳を握りしめながら皇帝に問いかける。


 私はとんでもない嘘つきで、人の命を人質にしているペテン師だ。

 信条を曲げる行為。じいちゃんたちははきっと、しかたないというだろうけど、私はこんな自分が嫌でたまらなかった。


 貴賤も理由も問わず救える人間は救う。薬師として、いや命に携わる仕事をしているのならば私はそうすべきだ。今この場にヴォルド先生がいても私を止めていただろう。

 それでも、

「私はお前が許せない。お前たちが許せない。」

 胸に隠し続けていた黒い思いが消えない。まだ数日と経っていない。不意に蘇る思い出と無機質なドッグタグにがちらついて倒れこみたくなる。

「お前のせいで、ケー兄ちゃんが死んだ。ボルドのおっちゃんも。みんな、みんな。」

 地団駄を踏みたい、泣き叫んで糾弾したい。

 治療のためと称して、無意味に薬品をかけて、苦しめてやりたい。

  

 前世の記憶なんてものがあるせいで、自分の年齢というものはわからない。だが、いくつになろうと理不尽に奪われることに慣れることなんてできない。

 前世の理不尽なクレーマーや職場環境への憤りと、大事な家族を奪われたことをがごっちゃになっているあたり、私はだいぶ俗物だろう。

 まあ、聖人、聖女なんてのはメイナ様にお任せすればいい。

 傲慢と偏見で王子や国を荒れさせた帝国には、くだらない理由と憤りで苦しめらればいい。


 こんな些細な、こんなことのために。私は、自分と1人の患者の命を危険にさらす。


「お前が、お前たちがくだらないメンツなんてものを考えて引き起こした戦争で、みんな死んだんだぞ。」

 息子の病を治すための薬草と秘術を求めて皇帝が起こした身勝手な戦争。どんなに言葉で取り繕っても、今回の出来事はここに集約する。

 だが、その病気は あまりもくだらなく、あまりも簡単に治療が可能なものだった。

「ただ、頭を下げればよかったんだ。助けてくださいって。治してくださいって。それだけのことをしなかったのかよ。気づかなかったのかよ。馬鹿野郎。」

 秘術だから簡単には譲ってもらえないと思って戦争という手段をとった皇帝。皇帝の言葉をきっかけに侵略を企てて利益をむさぼろうとした。先んじて対策を取っていたから、王国の被害は少なかった。

 その少ない被害にだって苦しんで涙している人がいることもわからなかったのか?

 

 聞けば、王城で息子を診てもらうことを条件に、皇帝は停戦の申し込んだらしい。


 停戦ということで、あっさりと皇帝の願いを聞き入れた国王と国の貴族たち。国を守るためといって、徴兵された兵士たちの命を顧みずに勝利を誇る王城の人達。


 どいつもこいつも、私やあいつらの命をなんだと思っているんだ。帝国側に至っては何万人と死んだということも忘れて、終わったと肩の荷を下ろそうとするな。


「きちんと考えろ。私の意見を聞かないなら、この子だけじゃなく、もっと死ぬぞ。」

 この後に及んで、悲劇の王子が助かれば解決すると思っている部屋の面々。

 実際はもう解決している。王国に王子を救う義理はない。伏兵も含めて制圧されたこの状況で、皇帝たちが生き延びることは不可能。万が一帰国できたとしても。このまま放置しても、傲慢な侵略を繰り返した帝国は滅ぶべくして滅ぶだろう。

「帝国は即時、王国の属国になれ。今後は他国への侵略は一切せずに、基礎的な方針は統一しろ。」

 だが、その前に今日をもって、帝国は消えるのだ。

 

 私が消し去ってやる。

 

 容体は危ないながらも王子の治療が可能だと確信したとき。私が書いた絵空事はこれだ。真剣に目の前の命を救うためにありとあらゆる手を尽くし、ボロボロになりながら治療した。

 救えるはずの命を私怨と思惑から救わない。薬師としての矜持を曲げてでも私は復讐を選んだ。

 そうでもしないと、目の前の王子を見捨ててしまっていたからだ。

 

 つまらないただの風邪の治療法も分からずに恐怖して、国を売りわたすか。

 意地を張って私を殺して、恐怖だけを帝国へ持ち帰ってゆるやかに選ぶか。

 好きな方を選べ。


「それが甘いんだよ。お前はこの子が助かればいいと思っているけどな。この病気はほかにも広がる。というか帝国に蔓延しているだろ。そこのお前も。」

 びしっと指をさすのは顔色が白い王の側近の1人だった。薄着になったらからわかるけど、肌に見える発疹は、明らかに麻疹の症状だ。高熱で立っているのもやっとのはずなのに、気丈にふるまっているが、迷惑極まりないのでやめてほしい。

「帝国と交流が広がれば、国にも広がる。けどこの国は大丈夫だ。最低限の衛生知識と薬学が存在する。」

 結局のところ、王子の病はありきたりなものだ。麻疹ですらない、良くあるタイプの風邪でしかない。麻疹によってノウハウが知れ渡った今なら、大した被害にはならない。

 だが、帝国の人間はそれを知らない。

 あえて教えてやらない。 

「だ、だからこそ秘術を薬草を。」

「そんなもんはねえ。」

 うろたえる側近に、薬師はビシッと伝える。

「それは帝国で語られた昔話だろ。知識として伝えられないから物語にして残した苦肉の策さ。勝手に踏みおいて、自分たちがやばくなったら奇跡だと信じてガタガタになったんだよ、お前たちは。」

 結局は簡単な気づき。

 隣人に素直に助けを求めること。隣人の言葉を信じること。

 己の無知を認めること。

 帝国はそれができないから、今のような状況になっている。

 私、ストラ・ハッサムという、ただ一人の少女によって、その行く末を握られている。


 復讐に燃える少女の舌先に、国のトップたちが面白いように踊らされているのだ。

 

「お、おい、それは我が国にも。」

 その場に居合わせた国王も顔を青くしていた。

 わりと無茶ぶりをされてきた自覚があるのだろう、私が翻意をもって国を出奔すればどれほどの損害になるか、国王はさすがにわかっている。

 だが、そうやって私という薬師の存在に頼り切りな状態にしたのもこの国だ。

「そうだよ、どうするか決めて。私は知らない。ちなみにじいちゃんも同じ考え。」

 心の中でじいちゃんに謝りつつ、両手を上げて私は、判断をゆだねた。仮に拒否され、不敬罪とか理由をつけて襲われても抵抗はしない。精霊さん達にはメイナ様たち王子たちを守る様にお願いをしてある。

 襲われたら、私はそれなりに抵抗して、ダメなら諦めよう。

 請われれば、いつものように徹底して治療をする。

 

 悪いけれど、私は疲れていた。連日のドタバタで人を救うことも判断することも嫌になっていた。

 だから、判断を皇帝に丸投げした。偉い人なんだからそれくらいはやってもらおう。


 この手が降ろされて治療が行われるかは皇帝の答え次第だ。


「・・・わかった。」

 そして、皇帝が下した判断は、私を信じることだった。

「帝国はここに、王国への無条件降伏を行う。以後は、王国の風土を受け入れて改革を行う。」

 膝をついて国王にそう告げて、腕に着けていた王家の証である腕輪を外す。

 名実ともに行われた降伏宣言。だが側近たちはそれも受けいれた。

 皇帝の言葉はそれだけ重く。

 

 私のウソという毒は、そこに花を咲かせることになった。


「我らも王に従います。」

 最初に膝をついたのは薬師によって病を指摘された側近であった。命が惜しい。そんな理由。

 やがて、残りの側近たちも膝をつき。

 1000年続いたと言われた帝国は、魔女に屈することになった。


 しかしながら、これで私の仕事は終わらない。

「じゃあ、とりあえず、国王は今の内容で念書を書かせたうえで、消毒と感染予防の知識の説明を、近衛隊の隊長さんお願いできますか?」

「はい、お任せを。」

「じゃあ、そこの貴女は清潔なシーツを集めてください、最低でも10は欲しい。」

「はい。」

 自分の中でスイッチを切り替える。まずは改めて、目の前の王子を治療するために必要な物と環境を用意する。。帝国で流行っている病の詳細はあとで聞くとして、どこかのタイミングで見切りの丘や北の方へ連絡してもらって、侵入経路を洗い出して、病気の流入を防ぐ。

「回廊の封鎖を解除して援助がしやすくするようにしつつ。安全の確保か・・・。」

 長い事対立してきた存在なので、反対の声も大きいだろう。

 けれでも、帝国の人間も救えるなら救う。そう決めた以上、私が迷うわけにはいかない。

「ああ、寝たい、着替えたい。なんだってこんなことに。」

 ガリガリと三角巾越しに頭をかく。

 思えばパーティー中に呼び出されてから、ドレスに白衣を纏って仕事ってどんだけブラックなんだよ、あとで絶対文句言ってやる。

「・・・覚えてろよ。」

「ひ、ひいい。」

 かくして、私の傲慢は、再び王城を支配していくのであった。


エピソード0から50話ほどでたどり着くつもりが気づくとここまで伸びてしまいました。

プロットと照会しつつ、話の統合性があかん・・・。


ともあれ、ここまでのお付き合いありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
大丈夫、106話ぐらいでプロローグの場面に追いついた作品とか、他にもあるから(笑)
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