109 かくして、薬師は魔女となった。
なんだかんだ、やっとここまできた・・・。
ヴォルド先生の診断をもとに行われる根腐れ対策は素晴らしかった。
「まずは血液の循環だな。回復魔法に頼っていた結果、血に宿る魔力がよどんでしまった。」
「それなら、輸血と同時に造血薬を投与すべきですかね?」
「いや、最初は様子見だ、血流が急に増えると血管や内臓に負荷がかかる、最初は生理食塩水、そこから徐々に輸血をしていく。代謝をあげれば自然と悪い物は体外へでていく。」
いやまあ、確かにそうだけど。すげえなこの世界の医療技術。
「まずは内臓系と血管の修復、代謝が上がれば背骨からの輸血だな。」
それって骨髄移植では?大丈夫なのかな、血液で?
「ふむ、ストラ君も回復魔法の蓄積はさすがに明るくないかな?」
「はい。体内の病気の元も活性化してしまうことと、使いすぎると効き目が悪くなるってことは文献で読みましたが。」
「そうだな、効きにくい状況で無理に回復魔法を使うことで身体に異常がでる、それが根腐れだ。」
点滴とともに、王子容態が安定したところでヴォルド先生は、ゆっくりと上下する患者の胸をみた。
「回復魔法は心臓に作用し、血流にのって癒しの力を巡らせていると言われている。ゆえに四肢のケガよりも腹や太ももなど太い血管がある場所のケガが治りやすい。そもそも血には魔力がやどりやすいと言われている。血を使って書かれた魔法陣を使った儀式や、血を使って作られる魔道具も確かに存在する。」
「となると、魔力の高い人には回復魔法が効きにくくなるんですか?」
「そういう仮説もある。だが、回復魔法は他の魔法と違う性質と言われている。」
面白い。状況に対して不謹慎にもそんなことを思ってしまった。
火や水といった自然現象を引き起こす魔法は割りと簡単で、努力すれば何とかなるレベル。だが、回復魔法の行使には特別な才能がいるとされている。だからこそ高度な治療が可能なメイナ様は聖女とよばれているし、創生教が各地に勢力を広げているのは、才能ある人材を独占するためだ。
傷を癒し、体力を回復させる。なんちゃってブートキャンプをしたりできてしまう。そんな便利な力があるなら頼りたくなるのが人間だけれども。
けれど回復魔法を短い時間で使い続けることは禁忌とされている。なぜかは、目の前の患者と同じだ。
「しかし、血にたまった何かを排出させればいいなんて。」
「本来は自然とできていることなんだと私は考えている。根腐れは、本来死にかけた人間を無理やり生かそうとしない限り起きない。だからこそ、今までは不治の病と言われていた。だが。」
実のところ血を薄める治療法は、ヴォルド先生の論文に書かれていなかった。私としては、治療が無駄になるか否かの瀬戸際の判断に意見をもらうだけのつもりだったのだけど。
「私は、この治療法を広めるつもりはない。こんなことができると知れ渡れば、人々はどこまでも残酷になる。だからこそ、君が関係者を放り出してくれたのは助かった。」
「ですね。これは知るべき人が知っているだけでいいものですね。」
「わかっているならいい。まったく、君は医者になるべきだ。」
ポンポンと頭を叩きヴォルド先生は大きなあくびをして、ソファーに横なる。お疲れのタイミングで呼び出してしまい、本当に申し訳ない。
「医者を志せるほど、私はえらくないです。」
私も少し休むべきかもしれない。
「じじじ(賢き子よ、見張りは任せなさい。)」
「いや、女王様何やってんですか?」
「じじじ(盟友の一大事となれば、我らも来るというもの。)」
「ふるるる(外ではクマどもが暴れているようじゃぞ。)」
うんうん、そうだねー、君たちはそういうパワープレイがデフォだったねー。
よくよく考えれば、手術並みに慎重な治療の現場をかき乱すとか迷惑だよねー。かつて先生をしていたときは、そういうかき乱す生徒とか保護者にも対話と説得で対応する必要があった。だけどこの世界に置いて、私にその制限はない。
「ストラ・ハッサム。王城周辺に出現した土の壁は一体?」
「あれは、帝国の伏兵ですよ。北から決死の覚悟で侵入してきたみたいですけど、ハチさん達が発見、追跡、クマさんたちに捕獲をお願いしました。」
「はっ。」
「スラート王子、兵士を連れて連行してきてください。王子ならクマ吉も話を聞いてくれるでしょうから。」
さらっと王子をパシリにしつつ、私は廊下に出てそこに用意してもらっていた水をあおる。生き返るわ。
「ストラ様、食事は?」
「ああ、そっちは大丈夫です。あとでいただくのでそこに置いといてください。」
サンドイッチや果物など食べやすそうなものを並べてくれているのは非常にありがたい、ヴォルド先生にも伝えておこう。
「こちら、替えの白衣と手袋です。」
「ありがとう。」
廊下に丁寧に並べられたのは、私やヴォルド先生の指示で集められた物資の数々だ。ここに来て先日の麻疹騒ぎでの経験が活きていて、わざわざ遠くお使いへ行ってもらう必要がないのもありがたい。
「や、薬師様。息子は?」
ぱっと白衣を着替えて、手袋を新しいものに変える。着ていた服はとりあえずの袋に入れて、レフェイとフクロウさんたちに低温と高温で消毒してもらう。生地がめっちゃ傷むが捨てるよりはマシということで。
「む、無視しないでくれ。話を。」
さて、状況はしばらく小康状態だ。点滴で代謝を促しつつ、血を増やす。浄化魔法で清潔にしつつ、クスリで免疫力を補助する。万能薬を投与するタイミング、見極めないといけない。
(初手万能薬でも大丈夫な気がしたんだよねー。)
そうは思いつつも、無難な薬から様子見をしていく必要もある。体感した限りであの薬は即効性がありファンタジーだ。仮に回復魔法に近いものだとしたら王子にとっては劇物だ。
そんな風に今後の治療について集中する。私を知っている人間は、よほどのことがない限り見守ってくれる。仮に話しかけると、
「きさま、陛下に対してなんたる無礼か?」
「ああ?」
剣呑な雰囲気とともに睨み返せば、皇帝の近くに数人の人間が増えていることに気づく?
「きけば、男爵家の娘とのこと。そんな下賤のものに王子の御身を預けるという大役を与えたのだ。それなのに、皇帝陛下を締め出し、その態度。」
こいつなにもわかってないな?
「治療のために、邪魔だったので、少しでも清潔にする必要がある。そんなこともわからないと?」
「なっ。」
馬鹿皇帝は、部下に自分のやらかしを話していないのか?それとも制御することもできない?
「陛下、しかし我らの目が届かぬことをいいことに王子を亡き者にしようとしているかもしれませんぞ。」
「もしそうなら、我々はすでに捕らえられている。そんなこともわからないか。この娘はその気になれば、我らは即座に無力化される。命すら、この魔女の手のひらの上だとわからないか。」
かちーん。
「ふーん、魔女か、まあそれでもいいですけど。」
ニコリと微笑み、私は白衣を脱ぎ捨てた。手袋も外して手を洗ってサンドイッチを掴む。
「な、きさま。」
「あなたのお望み通り、私は治療から手をひきます。魔女なんかに大事な王子様を預けたくないでしょ?」
テーブルに腰を下ろし、優雅に。もっとも汗だくで髪もドレスもぐちゃぐちゃで品も何もあったわけじゃない。王城で一番情けない恰好をして、食事をむさぼる私。
「ぶ、無礼な。」
それしか言えないのか、この側近さんは?
こっちは、お前たち帝国が持ち込んだ厄介ごとのせいで、寝る間も惜しんで薬作りをしていたし、パーティー中に不意打ち気味に患者と引き合わされた。
さすがに見て見ぬふりもできないから治療してたけど。着の身着のまま、半日以上あの部屋にこもっていた私に対して、礼も謝罪もない?
「人の作業場に入って薬を盗む。あわよくばと学園へ刺客を差し向ける。伏兵を隠していた。おまけに、見た目と身分で人を見下して、治療の邪魔をする。帝国とはずいぶんとマナーのいい国なんですね。」
私の言葉に、皇帝がはっとして側近たちを見る。メイドさんはガタガタと震え、私にかみついた側近さんはブンブンと首をふる。
「ま、まさか。そのようなことは。」
「そうですか、じゃあ、部下の管理もできない無能ってことですね。この状況でまだ侵略を諦めない愚かさを誇りと思っているカスたちなら、そうなるか。」
バナナの皮をむいてもぐもぐ。最近出回るようになったがまだまだお高いこれを用意しているあたり、王城のメイドさんは仕事ができるなあ。
「きさまー。」
数人(数えるのも面倒)の側近たちとメイドさんは顔を青くする中、最初にかみついた側近さんが声を荒げ、腰に下げてある剣に手をかける。彼にとって逆ギレ?もとい私の態度に激高することしか残っていないのだ。
「めんどくせねえな。」
「はっ?」
「騒げば事態が進展するとでも思ってんのか、ガキじゃあるまいし。」
正直に言えば、私の怒りスイッチは完全にオンだ。元気な側近も、いまだに化け物みたいなオーラ―を放っている皇帝もすでに怖くなっていた。
対応にビビッて相手を救えるか、こんなクズどもに気を使ったコミュニケーション?知るか。
「お前は王子の治療ができるのか?その立派な剣で私を切り捨ててみろ、仮に私以外に治療が可能だとしても、王国はこれ以上お前たちを助けるほどお人好しじゃないんだよ。」
というか、この時点でアウトだよねー。メイドさん達は素早く避難し、剣呑な顔の兵士さん達が廊下に集まっている。なにより私を守る様に現れた女王様やフクロウ組と先走って廊下の温度を下げているレフィア、
「な、なななな。」
ここが王城であろうと、結果として帝国との関係が致命的になろうと、精霊さんたちには関係ない。私の立場が色々とアレになるけれど、売られた喧嘩は全力で買おう。
その絶対の意思の前に、プライドだけで立っている側近さんが勝てるわけもない。
改めて私は皇帝を見る。ここに至って、感情の振り切れた私には、このおっさんがただのくたびれたおっさんにしか見えない。
治療の邪魔をする厄介なクレーマーにしか。
「すまない。此度の部下の無礼。重ねて王国への行為を謝罪する。」
皇帝はそう言って頭を下げた。
「な、陛下。」
「貴様らも下げぬか、今の我々は慈悲を請う側と自覚せよ。」
国のトップが自分たちのあやまちを認めて頭を下げる。その意味は重い。この行為はただ頭を下げるだけでなく、賠償や関係者の処罰などを王国や私に任せるということ。
「必要とあれば我らは王国から手を引く?」
「はっ?」
「いやちがう、今後一切迷惑をかけないと誓う。治療に必要なことならば、薬師様の指示にも従います。先ほどの失言についても謝罪します。」
真に息子を助けたいなら、皇帝は最初からそうするべきだった。
力こそ正義な帝国の習慣ゆえに、戦争という形で交渉したのが間違いなのだ。小娘1人、力で脅して皇帝の権威を守ると思ったことが間違いなのだ。
一つ一つを指摘して、文句を言いたい。だが、今はそれも面倒だ。正直顔も見たくない。なんなら布団に潜り込んで不貞寝したい。正直疲れた。
「なんでも、する。なんでもするから、息子を助けてくれ。」
でもそれを言われたら、私は助けるしかない。
気を抜くと吹き出しそうになる怒りと悲しみ。それらを飲み込んで、私は再び白衣を着る。
「なんでも?そうですか。じゃあ、全員、清潔な服に着替えてください。そんな汚い恰好でうろうろされたら、治るものも治せません。頭からびっしりあらってその香水も落としてきてくださいね。」
それならば、徹底して治療してあげよう。
「は、はい。」
なにせ、私は魔女なんだ。帝国とかいうおかしな国の在り方から根治を目指そうじゃないか。
ここにきて、いよいよ話はエピソード0に至ります。
次回はストラ視点で語られる帝国の終焉です。
更新は7月7日までには・・・。




