108 薬師、確信を得る。
そろそろ、ストラさんの怒りが爆発します。
「まさか、君に頼られる日がくるとはね。」
頭を冷やしたり、四肢のマッサージで血行を促したり、消毒したりとすること数時間。突然の呼び出しにもかかわらずヴォルト先生は、白衣にマスクとフル装備でにこやかに私に話しかけてくれた。
「突然の呼び出しですみません。来てくれて本当にありがとうございます。ぶっちゃけヴォルド先生に頼るという発想しか浮かばなかったので。」
「皮肉・・・というわけでもなさそうだね。ホントに君は、厄介な生徒だ。」
ほほが若干ぴくぴくしているのは、普段の行いの所為だ。ことあるごとにヴォルド先生からの誘いを断り、初対面のときは、不審者扱いして魔法で攻撃した。
だって、勧誘の圧がすごいんだもんこの人。
「で、患者はこの子か?」
「はい、私の診断だけで判断するのは、あまりに危険だったので。」
「ふむ、そうか。優秀でありながら、その判断を下せる君は、やはり医者を目指してほしいところだ。」
「己の未熟を恥じ入るばかりです。薬は作れても、未知の症例の判断は・・・。」
「う、ううむ、それほどか。しかし根腐れとは。」
「まだ確定はしていませんけど。」
言いながら王子を見下ろし、脈をとるヴォルド先生。その姿はベテランの貫禄を感じさせる。教授として現場からは離れていると聞いていたけど、その動きには安心感すらある。
「脈は弱いが正常の範囲、その割には手足の鈍化が進んでいる。この発疹は、「麻疹」かね?」
「その可能性はありますが、おそらくは発症の名残ではないかと。」
ヴォルト先生は、真っ先に私の治療法を信じてくれた1人で、私以上に多くの患者を治療している。というかそもそも、私が嫌っていたのは創生教由来の瀉血とか間違った精進料理などであって、学園で改めて勉強した、この国の医学は尊敬している。勉強する時間が足りないと思ったから医学教室を選択するこを諦めただけだし。
考えても欲しい、医大に通って医者になるには6年以上かかる。薬剤師と医者が別の資格というのもそうだ。ジャンルとして求められる知識量が流石に多すぎる。
「顔の麻疹は、乾燥しているから治療痕、四肢の衰弱は寝たきりによる運動不足と栄養失調。血が四肢に回っていない?その割に内臓機能は正常?いや、この腹のふくらみは?しかし、床ずれがあるようには見えない。」
勧誘するときは気持ち悪かったけど、医者との知識や能力は本物だ。
「これは、確かに根腐れの症状に似ているな。まだ確信を持てないが。」
「はい、ヴォルド先生の論文の内容と一致していたので、これは先生に診てもらう必要があると愚行しました。」
「そう、変に構えなくていい。今の私たちは患者の前に平等だ。大事なのは情報と意見の交換だよ。」
そう言っている間もヴォルド先生の目と手は、王子の症状を把握するために止まることはない。こういう態度を最初に見せてくれば、医学教室へ通うこともあり得たのに。
「や、薬師様、その男は?」
私の治療をうろうろとみていた皇帝が私と先生を交互に見比べながら問いかけてくる。
「こちらは、ヴォルト・デナス先生です。学園の医学教室の先生で、この国の外科治療の権威です。」
「外科、治療?」
「説明する時間が惜しいので、座っててください。今は時間が惜しい。」
「なっ。」
1から10まで教えるのはしょうがない。だが、今はそれどころじゃない。メイドさんもお疲れの様子だったので別室で休ませている。国王?ヴォルド先生を呼ぶタイミングで退室したよ。
「ストラ、彼は患者の父親かな?」
「ええ、そうですねー。」
っておい。だれも説明してないのか、目の前にいるおっさんは帝国の皇帝だぞ。私もしないけどね。
「御父上どの、御子息を心配される気持ちは分かります。ですが、我々を信じてください、最善を尽くしますので、邪魔しないでいただきたい。」
「なっ?」
さすが、先生と言いたいけれど、この患者を見たら身内を怒りたくなるのもわかるわー。
「患者の容体は一刻を争います。正しい治療を施さないと、いやすでに手遅れかもしれない。」
「それは分かっている、本国の医者も創生教の幹部たちも匙を投げた。だからこそ、こうして王国まできたんだ。」
興奮する皇帝。息子の症状に対する私たちの反応への不安が隠せていない。なんならこの数時間で若々しかった髪が白くなり、身体も縮んだ?
「創生教?ストラ君?」
「ですねー、やっぱり。」
そして、医者モードな私たちは皇帝の言葉が気になった。
「創生教の回復魔法なら、これも納得です。」
「そうだね、見たところ、ギリギリ。ホントにぎりぎりだ。患者の体力と精神があってこそだが、これは時間がかかるぞ。」
顔を見合わせつつ、私は確信を得た。
「「患者は治療可能。」」
ほんとギリギリ。王子も皇帝も運がいい。
「なんだと、それはまことか。」
がばと顔を上げて詰め寄る皇帝。
「落ち着いてください。」
先生がおどろいているじゃないか。
「これが落ち着いて。」
「ぴゅううううう(うるさい。)」
「ふるるるる(嬢ちゃんになにさらすんじゃ―。)」
詰め寄る皇帝に対して、両サイドから精霊の攻撃が届く。
「ぐあああ。」
範囲こそ絞ってあるけど、えげつない攻撃は、事前に指示をしたものだ。治療の邪魔をするなら遠慮せずに無力化することを事前にお願いしておいた。
「まじで邪魔にしないでください。」
「しかし、息子が、息子がー。」
ここに来て最強の皇帝というのがネックとなる。邪魔でしょうがないが、並みの兵士さん達では連れ出すことができない。
「い、いいか、助けろ。息子を助けなければ、殺してやる。」
髪が白く染まり、一回り小さくなった。それでも化物だ。その視線だけでさすがのヴォルド先生が顔を青くし、私も冷や汗が止まらない。
「な、何者だ。」
「先生、下がってください。」
「し、しかし。」
「自業自得です。これでアウトです。」
荒事になれていないヴォルド先生の手を引いて部屋の外に避難させる。医者の矜持をしっかりともっているのでその場に踏みとどまろうとするのは尊敬するけど、今倒れられたら困る。
「どこへ、いく治療をしろ。」
狂気に染まりつつある皇帝。右半身は氷漬けで、左半身は熱波で汗だく。縫い留められながらも息子へ近づこうとする姿勢は、
「大馬鹿者。」
動けないことをいいことに私は、その顔面を全力で殴りつけた。
「ぐっつ。」
「かた、ナニコレ。人間じゃないわ。」
殴った拳の方が痛いってどういう構造してんだよ。金属を殴ったような感触だったぞ。
「今すぐ、それを引っ込めろ。息子が死ぬぞ。」
「はっ。」
その上でもう一発、今度は魔法で強化した上で、レフェイに氷の塊を出してもらってそれで殴りつける。
「頭を冷やせ。そんな圧をだしたら、どんな負荷がかかるか想像できないの?」
がんばん殴りつつ、私は王子を見る。
「ち、父上、やめて。」
弱弱しくつぶやき、王子は泡を吹いて気絶した。
「あっ・・・。」
「わかったか、毒物。この馬鹿野郎。」
ガンガン氷を叩きつけながら私は、ため息をついた。
息子を思う皇帝の意思、その圧力はすさまじい物だった。精霊さんが守ってくれていると思っていなければ私だって立っていられない、護衛と監視の兵士達に至っては気絶している。
そもそも重病人の前で騒いだりしたら、そのストレスでどうなるか想像できないのか?
「ああ、わた。」
「今すぐでていけ。」
愕然とする皇帝を蹴飛ばし、外からも援軍を呼んで引きずり出す。
「ああ、あああ。」
自身の行動が招いた結果に絶望する皇帝だが。そんなもので患者の容体は改善しない。
「これは、超えちゃったかなー。」
気づけば患者と二人きり、口元の泡をふきとり、自立呼吸をしていることを確認して私は、各所に浮き上がった青タン、内出血にため息をついた。過度のストレスで血管に負荷がかかり、内出血が起きている。
「やっぱり、限界だったか。根腐れじゃん。」
根腐れ。それは回復魔法の過剰使用により、身体にエラーが発生することだ。
回復魔法のデメリットとして、病気などの場合は、その原因であるウイルスを活性化させてしまうことはさんざん話したが、他にも骨折などを無理やり直した結果、いびつな形で治って障害が残ったり、肌の色が変わるなどの異常が起こったりする。
描いた絵を消しゴムで消して描きなおすようなものだ。ヴォルド先生の論文に書いてあった仮説はそれだった。最初の数度はいいが、何度も繰り返せばキャンパスそのものが痛んでしまう。そして傷んだキャンパスに同じように描いても・・・。
前世で言えばガンに近いそれは、不治の病だ。同時に手遅れになる前なら治療は可能。回復魔法に頼らず、自然回復を徹底させて、リハビリに努めればいい。
しかし、王子は王子であるゆえに、ここまで症状が悪化した。最初はただの風邪だったかもしれないが、父親をはじめとする帝国の実態でゆっくり休むことができず、症状が悪化、体調を整えるために、回復魔法を惜しみなく使われ、表面上を取り繕いながらも、身体はダメージを蓄積させてきた。父親が目の前で誰かを威圧しただけで、身体にヒビがはいるほどにボロボロになってしまった。
そんなこともわからなかったのだろうか?
そもそも弱っている人間の前であんなことをするか?
子どもを思ってモンスターになる保護者というのは前世でもいた。だが、そういうのに限って、守っているのは、「子どもを大事している自分」という存在だ。皇帝は自分が始めたことを正当化しようとしている。
「それも、そうだ。こんなバカな茶番をしたんだから。」
不意に納得してしまった。
食糧事情の悪化から始まった口減らし。そのために王国への迷惑も考えない侵略行為。毒を使った暗殺行為に、威圧的な電撃外交。その隙に行われた窃盗。
どれもこれも考えれば、愚かでしかない。
それでも皇帝やあのメイドは「王子を救うため」と盲信して、猛進したのだろう。
「くそが。」
心のどこかで何かが切れた音がした。
「とりあえず、例の拠点を封鎖させて。」
「じじじ(了解、クマ吉に連絡する。)」
この手間だって、奴らの愚かさが招いたことだ。文句の一つも言ってやろう。
「ストラ君、患者は?」
「内出血です、おそらくはストレスで血管に負荷が。」
「なんだって。とりあえず患部を冷やすしかないか。あとは輸血だ。ベットも柔らかいものに変えなさい。」
「はい。」
ここに来て、皇帝の数少ない成功は、王国へ来たことだろう。少なくともヴォルド先生なら、このボロボロの身体をギリギリつなぎとめることができる。
テキパキと兵士達に指示を出している姿は実に頼もしい。
「だが、ストラ君。私ができるのは現状維持だ。根本的な問題として、患者の身体を蝕んでいる病を取り除かないと、彼は・・・。」
「はい、そっちは心当たりがあります。」
感染症。回復魔法があるこの世界において、一番の脅威となるそれに対策する術は、私が、いや薬師の教えの中にきちんとある。体内の毒素を取り除き、健康を促す。
秘薬ってほどのものではない。
じいちゃんがこの場にいたら、もっとスマートかつ迅速に治療できたかもしれない。が、表面的な不調と身体を癒すことができれば、私でも彼の病を治すことはできる。
問題は、それをする義理が私にあるかだけどね。
ストラ 「やばすぎて、1人で判断はできませんー。」
ヴォルト先生「セカンドオピニオンは基本、そして久しぶりの出番だー」
なんだかんだ優秀な先生に助言を求める。




