107 ストラ 症状にびびる。
診断はすれど、ストラさんは医者ではなく薬師です。
シルエットが子どもであったことから予想はしていたが、王子様はボロボロにやせていた。細くなった手足に対してぽっこりとしたお腹、鼻栓をしているのは鼻血対策だろうか?
「失礼。」
手を掴んで脈をとるが、弱弱しいし、爪の先が黒ずんでいる。クマの濃い瞳は充血して、顔が赤い。
「熱あり、脈はある。血行が恐ろしく悪いな。」
長いこと動かしていないからだろう、手足が寝たきりの老人のようにガチガチに固まっている。
「これは何時からですか?」
振り返って訪ねると皇帝が首をかしげ
「おそらくは1年前からだ。突然倒れたと思ったら高熱で動けなくなり、徐々に身体が硬く、それで、血が止まりにくくなった。」
「そうですか?
そっけなく返事をしつつ、上着のボタンをはずす。そして絶句する。
「回復魔法で今日まで、持たせた。だが・・・。」
手足に対してお腹はポッコリとしているが健康そうに見える。いや違うか。各地の関節に点在する青タンは内出血、赤い発疹が広がった肌は、痛々しい。
「これって脳炎?だとしたらアウト?」
がりがりと頭を掻きむしりたい衝動をぐっとこらえる。
「おーい、起きてるかい少年。」
「は、はい。あなたは?」
「そこの父親から息子の治療を頼まれた一般人だよ。」
ひらひらと手を動かせば目で追えている。意識はしっかりとしているようだ。
「僕は、死ぬんですか?」
「生きている限り、いつかは死ぬよ。今はそれが明日なのか調べてるところ。」
「はは、容赦ないですね。」
とりあえずの対処療法として、良く冷やしたタオルを頭にのせる。
「気持ちいい。」
「だろうねー。」
まだ断定はできないが、38度を超えたときは、まずは冷やすことが大事だ。細胞を構成するたんぱく質が熱によって変異してしまえばそれだけで命に係わる。
「痛いところはある?」
「ええっと、頭と関節が痛かったんですけど、最近は・・・。」
神経が麻痺している可能性ありと。
ぱっと浮かんだのは、脳炎の可能性だ。
数か月から1年ほどの時間で症状が進行する脳炎。初期症状として、性格の変化や抑うつ症状などが現れ、その後記憶力の低下や歩行障害などが起こる。視力の喪失や痙攣、摂食障害、などを経て、最終的には意識も消失し、発熱や心不全によって死に至る。
いや、早合点は危険だ。私は医者ではない。
脳炎について知識が深いのも前世で、麻疹などの感染症対策の研修で、重症化の例として資料を見たことがあるからだ。流行り病の極端な例で、1000人に1人とかいう可能性だった気がする。
「そこのメイドさん、ちょっと手を貸してください。」
「は、はい。」
言われて飛んでくるメイドに手袋をつけさせ、彼女の手を借りて王子に寝返りを打たせる。
「自力で寝返りは出来ない感じ?」
「はい、なので床ずれを防ぐために、私が定期的に。」
「献身的だねー。おかげで何とかなりそう。」
発疹こそあるが、背中は比較的健康的だった。床ずれによる褥瘡の一つでもあれば治療は困難だ。
「食事をしていたら、歯ぐきから血がでるとかない?」
「あ、はい。なので最近は柔らかいものを中心におだししています。」
これはビタミン不足?いやわからん。
「じ、実は、数年前より帝国では、麻疹が流行っていまして・・・。」
うん? 症状について考えているとメイドさんが泣きそうになりながら、いや泣きながら語りだした。
「身体にブツブツができ、高熱がでる病。うつる病ということで病人は治るまで隔離されます。ですが、体力のないものは。」
流行り病の対処としては間違いではない。麻疹はちょっと重い病気程度の認識でも問題はない。治療法はなくても、体力があれば自然と治る可能性が高いものだ。
「ですが、その・・・。」
「冷害ね。」
食糧不足による体力の低下。それでもなんとかなったのは、元もとの体力の差と衛生基準の高さだろう。私に金属信仰はないけど、衛生基準は高そうなんだよねー帝国って。
「殿下が高熱で倒れたときは、数日で回復されました。しかしその半年後にまた高熱で倒れしまい、立ち上がることも困難になってしまったんです。」
泣き崩れそうになるメイドを皇帝が支えてソファに戻る。目に見えて落ち込む2人に王子もつらそうだった。
「情けないです、この程度で。」
「この程度って病気を舐めるからです。」
ぴしゃりと言いながら、タオルを交換する。数分とおかずに生ぬるくなってしまったタオルに、今度は氷魔法でキンキンに冷やしたものを置いてあげる。
「睡眠は、寝れる?」
「はい、むしろずっと寝ていたいぐらいです。」
睡眠障害はなしと。いや眠いのって逆にダメなのか?
「痛みがないというのは?」
「なんというか、ぼんやりして、ケガをしているのはわかるんですけど、痛みが遅いんです。」
診断と問診。尿や血液を調べるなんて技術は私にはない。だから患者の言葉と自分の目が頼りとなる。
発疹や高熱というのは麻疹の症状。神経が鈍化して、寝たきりになっているのは重症化したから?その割には肌がきれいすぎる。病気というには手足の症状が顕著すぎる。
「薬師どの、クスリを、万病に効くという秘薬を。」
考え込む私に、皇帝の懇願が届き、私は振り返る。
「帝国の医者は匙を投げた。回復魔法も体調を整える程度で、根治とはならなかった。次第に息子は衰弱し、今は栄養剤と回復魔法でなんとかこの状態を維持してい。病の元を絶たねば回復はないと。」
今にも土下座しそうな勢いの皇帝。そこに一国の長としての威厳はなく、息子を心配する父親の姿があった。
「だから、戦争を仕掛けたんですか?」
不思議とその姿には私の心を動かすものが何もなかった。
「な、そ、そうだ。帝国に伝わる王国の伝説の薬師と、万能薬。創生教が権威を守るためにその存在を禁忌とした薬。それがあれば息子は救える。なんなら病に苦しむ帝国民もな。」
ごまかしや嘘が悪手と判断して、正直に答えた皇帝は立派と言える。この発言は明確な敵対意思の表れだし、隣の国王も表情を険しくしている。
両国の関係が致命的なものとなることは確かだろう。それだけの覚悟をもって皇帝はここにいる。
「まあ、知ったこっちゃないですけどね。」
だからなに?っという話である。
大事なことは皇帝が語ったこれまでの治療遍歴だ。
この病の源はわからない。顕微鏡もないこの世界でウイルスや病原菌を確認する術は皆無だ。だが、薬師の知恵とこれまでの経験のおかげで、王子の症状と治療法には見通しが持てた。
これは私の力を超えている。
「おい、ばか、国王陛下、今すぐ学園へ使者を送ってヴォルト・デナス先生を呼び寄せてください。これは私の手には余ります。これは私だけでは判断ができません。」
「ヴォルトか、医者ならば王城にもいるぞ。」
「ヴォルト先生の知識が必要なんです。「根腐れ」の症例について世界で一番詳しいのはヴォルト先生なので。」
ならば大人に頼ろう。できることならじいちゃんに丸投げしたいけど、きっと来てくれないだろうなー。
ストラ「これは医者の出番だよー。働け国王。」
国王「もはやためらいがないぞ、この娘。」
症状は「エボラ出血熱」「亜急性硬化性全脳炎」などの症例などを参考にしていますが、実際の病気にはない本作のオリジナルな病気です。




