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第五話:【竜】の魔王アスタロト

 ストラスの魔物に【転移】してもらい、【竜】の魔王のダンジョンに移動した。


 転移陣はダンジョンの中ではなく、【竜】のダンジョンから少し離れた廃墟となった石の神殿の中に設置されていた。


「ストラス、直接【竜】のダンジョン内に転移陣は用意していないんだな」

「そっちのほうが主流よ? 仮に敵に転移陣を利用された場合、ダンジョン内に直接だと致命的なことになりかねないわ。どうしても、ダンジョン内に仕掛ける場合は隠し部屋にしたり見張りをつけたりするわね」


 言われてみればそうだな。

 転移陣は仕掛けた魔物以外にも使用できる。


 まあ、俺の場合は地上部の街を常に解放しているので利用されても問題ないが、避けられるリスクは避けた方がいい。

 多少不便になるが、アヴァロンの城壁の外に転移陣を移しておこう。


「やっぱり、転移できる魔物は便利だな。どのメダルの組み合わせで作ったんだ?」


【竜】の魔王のダンジョンを目指して歩きながら、気になっていたことを問いかける。


「それをただで教えると思う?」

「使ったメダルのイミテートを渡してくれたら、メダルの対価と情報料を込みで、俺がイミテートで出せる、【炎】【水】【人】【星】【歌】【錬金】【勇者】【土】どれでも好きなものを二つを出そう。その条件ならどうだ?」


 あえて、【獣】【風】【竜】を口に出さなかったのはストラスが自分でDPを使って購入できるからだ。オリジナルメダルを一度は手にしている。


「それは魅力的な提案ね。でも、残念だわ。私は【風】と交換で手に入れたオリジナルメダルを使って、転移可能な魔物を作ったけど、そのオリジナルメダルはBランク。イミテートでCランクに下がったメダルで作った魔物が転移能力を持つかは微妙ね」

「たしかに、厳しいな」


 転移は高等な能力だ。最低Bランクの魔物でないと転移は使えない。Cランクのメダルを使った時点で、Aランクと組み合わせても、まれにしかBランクの魔物しか生まれずに、ほとんどはCランクの魔物が生まれる。


 なにより、確実に転移の力を持たせるために、無数の可能性から望んだ存在を引き寄せる【創造】を使うつもりだが、【創造】を使ったとしても最大でAランクの魔物しか作れない。


 Aランクの魔物を作るために【創造】を使うのはひどくもったいない気はする。

【創造】を使うからにはSランクの魔物を作りたい。


「プロケル、どうするの? それでもいいなら、イミテートメダルをあげてもいいわよ」

「それでも構わない。イミテートは何がほしい?」


 俺がそう問いかけるとストラスは、少し悩む仕草をした。

 一つ名案があった。今回もらったイミテートをそのまま使いはしない。

【創造】をそのメダルに変化させることでAランク扱いで魔物を作り、Sランクを目指すのだ。

 情報量として、イミテート二枚ぐらいは惜しくはない。


「そうね、なら【星】と【歌】をもらおうかしら。私の【風】との相性が良さそうね」

「わかった。すぐに準備しよう。【我は綴る】」


 俺は魔王の書を取り出し、DPを支払い二枚のイミテートメダルを取り出し、ストラスに手渡す。


「ありがとう。私が差し出すのはこれよ」


 今度は逆にストラスがイミテートを購入して俺に渡してきた。


「これが、転移を使える魔物を生み出したときに使ったメダルか」


『【相】のメダル:Bランク。空間を司る力を魔物に与える。魔力補正小、敏捷補正小』


 ストラスから受け取ったのは、【相】のメダルだった。

 ランクが低いし、能力補正も小さい。だが、空間を司る能力はありがたい。


 もともとBランクのイミテートをそのまま使うつもりはないが、いずれ【創造】をこれに変化させて魔物を作ろう。


 今、手元にあるオリジナルメダルは一か月の冷却期間を経て、ようやく再び作り出せた【創造】のメダル。あとは【刻】だけだ。


【刻】で時間を【相】で空間を支配した魔物は、ひどく強力そうだが手元のオリジナルを使い果たすのはリスクが高い。

 今から生み出してレベル上げの時間がない以上、マルコの救援時には、ろくな戦力にはならないだろう。

 すこし、様子見だ。万が一、クイナたちが死の危機に陥ったときに、【新生】をするためのオリジナルメダルは常に準備しておきたいという気持ちもある。


「プロケル、ありがとう。イミテートでもこんな珍しいメダルが手に入るのはありがたいわ」

「こちらこそ。【相】みたいなメダルはほしかった」


 お互い、実りがある取引になって何よりだ。

 ストラスとは良好な関係を築き続けたい。


「ストラスは、【戦争】のノルマをこなしたのか」

「いえ、まだよ。一か月後に初めての【戦争】をするわ。実は、宣戦布告を受けたの」

「ストラスなら間違いなく勝てるさ」


 同期の魔王でストラスに勝てる存在が俺以外にいるとは到底思えなかった。


「絶対に勝つわ。プロケルに負けていられないもの。水晶を砕いてメダルも手に入れてみせる。……でも、ケチよね。一か月に一回メダルを作るときに、選択肢が増えるだけなんて。一か月に二つオリジナルメダルを作らせてくれてもいいのに」


 ストラスが小さく愚痴る。


「同意見だ」


 苦笑する。俺も同じことを思っていたからだ。

 もし、水晶を砕いて作れるようになったメダルが毎月一枚ずつ作ることができれば、月に四枚のオリジナルメダルを俺は手に入れることができるのだ。

 そうなっていれば、今のようにオリジナルメダルの数が足りなくて悩むことはない。


「それとプロケル。いい加減、この前の報酬がほしいのだけれど、いつになったら払ってもらえるのかしら?」


 俺は一瞬、言葉に詰まる。 

 そういえば、まだ払っていなかった。


 前回、三体の魔王に【戦争】を仕掛けられた俺のところにストラスは増援に来てくれた。

 そのとき、二つのことを約束している。

 一つ目は、もしストラスが窮地に陥ったら助けに行くこと。

 二つ目は、俺の街で精一杯のもてなしをすることだ。本当はもっと別の報酬を考えていたが、ストラスの希望でそうなった。


「マルコを助けたら、すぐにでも呼ぶよ。くどいようだが本当にいい街になってくれたんだ。ストラスもきっと満足するよ」

「楽しみにしているわ。そのためにも早くマルコシアス様を助けないと」


 ストラスがぎゅっと拳を強く握りしめた。

 ストラスはマルコと一度しか会ったことがないが、マルコのことを強く尊敬しているのだ。

 同じ女性の魔王として思うところがあるかもしれない。

 俺とストラスは、足を早めて【竜】の魔王のダンジョンを目指した。


 ◇


【竜】の魔王のダンジョンは巨大で無骨な荒れた城だった。

 荒れていることが、むしろ見る者に畏怖を与える。


 入る前から、その奥に潜むものが強大であることがわかる。漂う重い空気がそれを感じさせる。


 冒険者の行き来も多い。驚くべきは、その冒険者の誰もが高レベルであること。


 ここはきっと、高難易度のダンジョンであることを売りにして世界各地から強者を集めているのだろう。量よりも質で稼ぐダンジョンだ。


 ダンジョンに着き、ストラスの後について歩いていくと、隠し部屋があり、そこにはどこか、ストラスの転移能力をもった魔物と似ている女性型の魔物がいた。


 想像通りに俺とストラスを転移してくれる。

 直接、【竜】の魔王アスタロトの部屋に転移されたわけではなく、転移した先は客間だ。


 アスタロトの準備が整い次第声をかけられるらしい。

 その間に、【収納】していたワイトを呼び出した。


「我が君、そろそろ私の出番ですかな」

「そうだな、ワイト。おまえは今から竜の長に会う。心しておけ」


【竜】の魔王アスタロトは、すべての竜の頂点にして始まりだ。


「竜の末席にある身として、いささか緊張しますな」


 そう口では言いつつ彼は、どこか楽しみそうだ。


「おとーさん、すごく強い魔物が何匹もまわりにいる。ちょっと、ここは危ないの」


 さきほどまで、黙り込んでいたクイナが尻尾の毛を逆立てて、警戒心をあらわにしていた。


 実は、俺もそれを感じていた。

 強大な魔力をもった者が何体もいる。

 まいったな。予想をしていたとはいえ、ワイトの【狂気化】、クイナの【変化】、切り札を用いて逃げに徹したとしてなお、逃げられるか怪しいレベルだ。


 交渉には細心の注意が必要だろう。

 そんなことを考えていると、俺たちを転移してくれた魔物がやってきた。


「【創造】の魔王プロケル様、【風】の魔王ストラス様。我が主の準備ができました。どうぞこちらに」


 彼女の案内に従い、俺たちは隣の部屋に案内される。

 さて、【竜】の魔王アスタロト。

 彼はどんな反応をしてくるだろう。

 

 ◇


 通された部屋は、果てしなく広い荒野だった。

 荒涼たる大地の中に玉座が用意され、そこに【竜】の魔王アスタロトが座っている。


 その周囲には、四体の巨大なドラゴンが左右に跪いていた。

 見た目は竜の角と尾を持つ初老の男性。


 身にまとう空気は張り詰め、アスタロトの持つ厳しさ、そして器の大きさが伝わってくる。


「よく来てくれたな、【創造】の魔王プロケル。いちどお主とはゆっくりと話してみたかった」


 彼が薄く笑い話しかけてくる。


「こちらこそお会いできて光栄です。このような若輩のために時間を割いていただいたことを感謝します」


 ほとんど無意識のうちに、その場に膝をつき礼をする。

 そうしなければならない。本能がそう叫んでいた。


「楽にしてくれて構わぬ。お主はわしの子でもなければ、配下でもない。対等な関係なのだ」


 その言葉は、優しさに見えてその逆だ。

 いっさいの容赦をしないと言っている。新人魔王だからといって、甘えたことは許さない。

 その、ある意味当たり前な事実を突き付けられて、緊張すると同時に楽しくなってきた。


「本題に入る前にお礼を言わせてください。いただいた【竜】のメダルで、素晴らしい魔物を作ることができました」


 俺の言葉に合わせて、ワイトが優雅に礼をする。


「ほう、すさまじい力を持つ魔物だ。普通に魔物を作ったのでは、こうはならんな。これは驚いた。返礼にわしも自慢の魔物を見せよう」


 アスタロトは玉座に備え付けられていた宝石のついた杖を掲げる。

 すると、暗い空から巨大な影が落ちてくる。


 体長二十メートル。赤褐色の肌と巨大な四肢を持つ翼竜が下りてきた。アスタロトの左右に控えていた四頭の竜は、恐るべき強大な魔物だ。だが、新たなに現れた魔物はそれすらも上回る。

 ワイトが、目を見開き震える。

 その存在の何かに屈しているようにすら見える。


「わしの切り札だ。名はシーザー。種族は秘密じゃ」


 魔王は自らのレベルに応じて、魔物を見抜くことができる。

 だいぶ力をつけてきた俺をもってしても、種族名すらわからない隔絶した力を持つ魔物。


 ワイトは竜種に対する支配権を持つ、【竜帝】のスキルを前回の人間との戦いでのレベルアップにより手に入れた。そのワイトがなお畏怖するということは……。


「なるほど、【竜帝】持ちですか、それも最高位の」


 そう、より上位の【竜帝】であることの証に他ならない。


「かっ、かっ、かっ、これは愉快。まさか初見で見抜かれるとはのう。このシーザーこそがわしの切り札にして、わしの最強部隊の要じゃ。シーザーがいる限り、我が竜の軍団は無敵よ」


 その言葉の意味を考える。

【竜帝】の力があれば、どんな運用ができるか。

 その答えは一瞬で出た。なるほど、それはたしかに無敵だ。規格外の反則。

 もし、味方になってくれれば頼もしい。


「【竜】のメダルの真の力を引き出せるというわけですか」

「正解だ。本当にお主は頭が回るな。わしの配下にしたいぐらいだ」


 俺とアスタロトは笑いあう。

 前座はこれぐらいにして、本題に入ろう。

 そう思ったタイミングで、アスタロトは咳払いしストラスのほうを向く。

 俺に向けている視線とまったく種類が違う。


「そして、ストラスもよく来てくれた。少し痩せたんじゃないか? たまには帰ってきてもいいんだぞ? 誰かにイジメられてないか? わしに遠慮をすることはないぞ?」


 ストラスに向かって、心配そうに声をかけるアスタロト。

 いろいろなものが台無しだった。威厳のある強大な魔王から、遊びにきた孫を出迎えるおじいさんに早変わりだ。


「私は大丈夫よ。ちゃんとやっているわ。それより、今日はプロケルの話を聞いてあげて」

「ふむ、それもそうだのう。さて、【創造】の魔王プロケル、ここに来た要件を言ってもらおう」


 遊びに来たおじいさんから、再び威厳のある強大な魔王に戻る。あまりの切り替えの早さに戸惑うも、なんとか元のテンションを立て直す。


「はい、現在、私の親であり、アスタロト様の友人でもあるマルコシアス様が複数の魔王に襲撃されています。本日お伺いしたのは、私と共にマルコシアス様の救援に向かってほしいというお願いです」


 これが、今日ここに来た理由。

 アスタロトの切り札、【竜帝】を持つシーザーを見て、より強く彼の力がほしいと思った。


「それだがのう。わしは、お主に話を聞く前からマルコシアスの状況は知っている。まさか、本気でわしがそのことを知らなかったとは思っておるまい」

「はい、当然知っていると予想しておりました」


 超一流の魔王はみな、独自の情報網を持っている。

 それにこんな大それた出来事、知らない方がおかしい。


「ふむ、ならわかりきっておるだろう。知っていて動いていない。つまり、わしにはマルコシアスを助けるつもりが微塵もないということだ。【創造】の魔王プロケル。お主がここに来たのは無駄骨じゃ」


 そんなことはわかっている。

 だが、ここに来たのは【竜】の魔王に助ける意思がないかを確認するためではない。

 説得して、マルコを助けさせるためにだ。


 一歩間違えれば、彼の逆鱗に触れる状況。

 最強の魔王の意思を曲げる。その難しさは想像を絶するだろう。

 それでもやり遂げる必要がある。マルコを助けるために。

 さあ、交渉を始めようか。交渉材料はすでに思いついてある。あとは勇気をもって行動するだけだ。

 

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