第十八話:開戦
そして、とうとう戦争の日がやってきた。
残念ながら、戦争までの間に隣街の裏にいる存在を突き止めることができなかった。
だが、向こうの戦力・戦術は筒抜けだ。
防御結界がほどこされ、諜報不可能な施設からの諜報を可能にしたのは【創造】で作り出した盗聴器の数々。
建物自体に入れなくても、建物に入る人間に近づくことはできる。そいつに、オーシャン・シンガーたちが豆粒ほどの盗聴器や小型カメラをしかけてやれば情報は取り放題だ。たとえ盗聴器の存在がばれたところで問題ない。なにせ、見たところで敵にはそれがどういう機能を持ったものかわからないのだから。
今、隣街の最高機密はすべてアヴァロンに垂れ流しになっていた。
◇
俺はゴーレム、そして魔物たちと共に、俺が作り上げた【平地】へと移動する。
事前の取り決めでは、俺が指定した平地できっちりと、開戦の合図をしてから戦いとなっている。
この平地はDPで買ったものでしっかりとDPが手に入る。ここの平地は可能なかぎり広く設定してあった。
陣形を整えていると、隣街の軍も準備を始めた。
互いに準備が終わると、ゴーレム軍団と隣街の軍隊が列を組んで相対していた。敵の数は三,〇〇〇を超えている。こちらのゴーレムは三週間で増やした分も合わせて四〇〇弱。数の上では不利だが一体一体の性能を考えると互角。
今回の戦争には時間制限が存在する。時間が来なくてもどちらかが降伏すれば戦争は終了。
ゲームのように聞こえるが、この時代の戦争はこういったものが一般的だ。
お互い、あまり被害を出したくない。ルール無用での戦いでは、一般市民、街の生命線を互いに傷つけてしまう。
勝っても、負けても深い傷跡を受けることになる。
だから、あらかじめ戦う場所を決めておいて、真正面から打ち合う。
そうなれば、戦場で軍人以外の被害はない。戦争が終わっても街の運営が問題なくできる。
勝敗は死傷者の数や、捕虜の数できまる
戦争にこそルールが必要だ。
「パトロン、やっぱりだいぶゴーレムを警戒しているみたいだね。前面を重装歩兵で固めて、前線を食い止めつつ、後方の魔術師たちが大規模魔術で一掃するっていうのが作戦みたい。それとは別に、遊撃部隊として精鋭たちが集まっているよ。あれが敵さんの自信の源だね。うわぁ、あの人たちのドヤ顔微妙にむかつくなー。まるで世界で一番自分が強いって思ってそうー、ああ、ぷちってやりたいー」
手に持っているコップから、ルルイエ・ディーヴァの声が聞こえる。
この平地には前日に雨を降らして、無数の水たまりができている。ルルイエ・ディーヴァは異界に潜りつつ、すべての水の窓から情報を収集し続けている。
敵の情報はすべて筒抜けだ。
「ルル、ありがとう。敵の指揮官の位置はわかるか」
最近わかったのだが、名前を与える際には、強い意志と魔力を込めて願わないとしっかりとした名づけにはならない。
愛称で呼ぶぐらいはなんの問題もない。
ルルイエ・ディーヴァは呼びにくいので、俺はルルと彼女を呼んでいた。
「うん、わかるよ。えっと、ちょっと待ってね」
俺の背後からルルイエ・ディーヴァが現れる。
俺が懐から【創造】で作り出した双眼鏡を取り出す。
そして二人で双眼鏡を覗き込む。ルルイエ・ディーヴァが一人の男を指さした。
なるほど、あいつが指揮官か。
その特徴を俺は口にする。風が吹いた。
”彼女”なら、風でその音を拾ってくれる。
「じゃあ、作戦通り、潜っていてくれ」
「りょーかい。じゃあ、頑張ってねパトロン」
ルルイエ・ディーヴァが水たまりに潜っていく。
ここまではおおよそ、事前に集めた情報の通りだ。
アヴァロンリッターという規格外の戦力、三百を超えるゴーレムを見せて、なお敵が強気にでられる理由。
それは、隣街の裏に潜む何者かが用意した、Aランクの魔物にも匹敵する英雄クラス三十人の存在だ。
一対一でも、Aランクの魔物を倒せる上に、人間は連携に優れる。一人ひとりで戦うときとは比べものにならないほどの強さを集団で発揮する。アヴァロンリッターに勝てると考えても不思議ではない。
通常、一つ街でそれだけの人数を集めることは不可能だ。国でだってそうだろう。それができた敵の黒幕の存在は不気味だ。
だが、あまりにも甘い。なぜ、俺の切り札をアヴァロンリッターだけだと思えるのだろうか。この俺が、本当の切り札を戦いの前に晒すとでも思っているのか。
随分と舐められたものだ。
その、代償はこの【戦争】で払ってもらおう。
◇
そして、とうとう戦争の時間が来る。
相手の陣の中央から、立派な馬に跨った騎士が一人出てくる。いで立ちを見る限りかなり身分の高い騎士だ。
彼は先陣を切っているわけではない。戦いを開始する前の最終確認に来ている。
俺も前に出なければ。
とはいえ、こちらが徒歩だと恰好がつかない。
そう考えていると、馬以上の体躯を持つ白虎のコハクが吠えた。そして背中を俺に見せつける。乗れと言っているのだろう。
「いいのか?」
「我が主の出陣よ。徒歩でいかせるわけにはいくまいて。それにわしなら護衛も果たせる」
「頼む、コハク」
完治したコハクの姿は、いっそう迫力をましている。彼が積み重ねた経験より生まれる独特の緊張感と合わさり、まさに歴戦の戦士。彼が自軍に居るだけで味方の士気があがる。
俺はコハクに乗って陣の中央に向かう。
コハクが近づくと騎士の軍馬がひひんと鳴いて、暴れて逃げ出し、騎士が地面に打ち捨てられる。
あたりを気まずい沈黙が包む。
いくら厳しい訓練で鍛え抜かれ、戦場を潜り抜けて度胸をつけた軍馬でもコハクの迫力には勝てなかったようだ。
軍馬は、全力疾走で戦場を去ってしまった。
向こうの騎士は茫然とした顔で膝をついている。
可哀そうに……とりあえずまっすぐ進む。
そして、徒歩になった騎士と、コハクに乗った俺が向きあった。
騎士のほうはなんとか、平静を取り繕い、戦争開始の作法を一つ一つ消化していく。
戦争のルールを読み上げる。
当初の予定どおり、この平地のみを戦闘領域とすること、捕虜に対する約定など。
つつがなく意識合わせは終わり、お互い陣に戻る。
そして、向こうの陣から大きなラッパの音がなった。
戦争開始の合図、向こうの重装歩兵が叫び声をあげ突撃してくる。
本来なら、まずは弓の矢を降らせてからの突進だが、ゴーレムに物理攻撃は効果が薄いという判断だろう。
悪くない。
だが、それはあくまでゴーレムへの対策でしかない。
他はおろそかだ。さて、そのつけを払ってもらおう。
次の瞬間、向こうの指揮官の上半身が吹き飛ぶ、さらに俺と読み合わせをした身分の高い騎士のまでも。
首が吹き飛んだあと、遅れて射撃音が聞こえてくる。音速を軽く超えた弾丸故の現象。
「ご主人様、お仕事完了です」
空の景色がゆがむ。
現れたのは硝煙を立ち昇らせたアンチマテリアルライフルを構えたエンシェント・エルフのアウラ。
彼女のアンチマテリアルはフル・オリハルコンモデルの最新型に代わっていた。ED-03AMデュランダル・アヴァロン。
以前よりも大型化した無骨だがどこか気品がある白銀のアンチマテリアルライフル。
彼女は、頭に直撃させたが、あまりの威力に上半身が爆散してしまったのだ。音速の数倍を超える弾丸は余波だけで、この現象を引き起こす。圧倒的な威力だ。
よくよく見ると、二人の周囲にいた兵士たちが余波だけで吹き飛び、後方にいたものは貫通した弾丸によって死に絶えている。
「お疲れ様」
「疲れるほど頑張ってないですけどね」
アウラは微笑んで、くるくるとアンチマテリアルライフルを回す。
敵の陣地と俺の陣地の距離は二キロ程度しかない。
アウラは止まっている的なら五キロまでは確実に当てられる。
この平地すべてがキルゾーン。そして、あらかじめルルイエ・ディーヴァが指揮官を特定していた。
そうなれば、開幕直後の狙撃なんて朝飯前というわけだ。
空を飛べる以上どこからでも射線が通る。
「さて、これで終わってくれれば無駄な殺生をしなくて済むんだがな」
大将首をとって終わり。
それが理想だ。もし、指揮系統がしっかりしていて、すぐにリカバリーしてくるなら、文字通り敵の戦力を壊滅するしかない。
水の中から声がした。
「残念、パトロン。見事に指揮を引き継いだね。現場は混乱しているけど戦争続行、頑張ってね」
「仕方ないか。ちょっと虫が良すぎた。アウラ、おまえはハイ・エルフたちと共に陣の後方からスナイプ。最優先は、精鋭揃いの遊撃部隊。ルルイエ・ディーヴァ、アウラに危険な連中の情報共有を頼む」
「ういうい、パトロン。じゃあ、アウラ姉。一緒にがんばろ」
「はい、ルルちゃん。たくさん、殺しましょうね」
ルルイエ・ディーヴァがまた異次元に潜り、アウラの姿が消える。アウラが空気を屈折させて不可視化したのだ。
アウラのアンチマテリアル・ライフルはもともと戦車の装甲を撃ち抜く化け物、それがオリハルコンを自由に使えるようになったロロノの魔改造により、オリジナルの四倍以上と、とてつもない威力になっている。
最新型のアンチマテリアルライフル。ED-03AMデュランダル・アヴァロンは、ツインドライブゴーレムコアを搭載している。
ロロノの【魔術式刻印】と組み合わせ【硬化】の魔術を発動させ、さらに余剰魔力すべてを【加速】に割り振り破壊力につぎ込むという設計だ。
オリハルコンの強度と【硬化】の二重の強度がないと銃がはじけ飛ぶほどのふざけた威力がある。
当然、反動は凄まじいを超えて、ただの凶器だ。ロロノいわく、頭のおかしい銃。反動をアウラのように風の魔術などを使って自前で反動を消さないと、撃った瞬間に死んでもおかしくないらしい。
さらに、アウラ自身のスキル。遠距離攻撃に対する、攻撃・命中力の強化を果たす【魔弾の射手】。最強の魔眼である【翡翠眼】。加えて、風の魔術で空気抵抗の完全無視というすべてが重なり、Aランクの魔物でも防御スキルか防御魔術がなければ即死する威力となった。
たとえ英雄クラスの冒険者でもアウラの狙撃は防げない。
デュランダル・アヴァロンから放たれ、アウラのスキルで強化された弾丸は音速の五倍もの速度となり、どれだけ距離が離れようが風の抵抗がないため失速も威力の減衰もない。
透明化し気配を消した射手が空から放つ、超超高速の超遠距離砲撃。アウラの存在に気付けというほうがおかしい、気付いたところでアウラは高速飛行精密射撃に戦法を変えるだけ。
圧倒的に理不尽な戦場の死神。それがアウラだ。その死神がルルイエ・ディーヴァという目を手に入れた。
彼女と遮蔽物のない平地で戦うこと自体がすでに自殺行為と言える。
さきほどから、射撃音が断続的に聞こえている。
射撃音と共に、向こうの切り札である英雄クラスの冒険者の上半身が爆散していく。運悪く近くにいたものは余波で吹き飛ばされ、その後ろにいた兵士たちは貫通した弾丸に巻き込まれ餌食となった。
なんの前のぶれもなく。次々と。
完璧なヘッドショットが次々に決まる。
何人も殺されているのに、敵はどこから、なにをされているのかすらわからない。
英雄ともてはやされた圧倒的な強者たちが、悲鳴をあげ、取り乱し、わけもわからず死んでいく。
そのみじめな姿は、敵の士気を著しくさげる。
当然だ、もともと英雄たちは彼らの心のよりどころなのだから。
また一人、上半身が吹き飛んだ。この分だと、全滅するまでに十分かからない。
「とはいえ、一撃一撃、放つから多人数相手の殲滅力はないんだがな」
それが彼女の唯一の弱点だ。そこは別の手段で補うしかない。
敵の重装歩兵前線部隊が、だいぶ近づいてきていた。
敵の総数は三千人を超える。
アウラだけなら、どんなに頑張っても到着までに百人程度しか処理できない。
このままではあっという間に俺の陣営は兵士たちに飲み込まれる。
敵は、俺がゴーレムを突撃させてくると読んでいるのだろう。
そして、ゴーレムを重装歩兵で受け止め、後衛の魔術士たちの戦術魔術で一掃する。
頭のいい戦術だ。だが、そんなものに乗ってやる必要はない。俺はゴーレムを出さずに、別の戦法をもって敵の重装歩兵を止め、さらに敵の後衛の魔術士たちを蹂躙する。
「ワイト、おまえが育てた空戦部隊。存分に力を振るわせろ」
「はっ、我が君の御心のままに」
ワイトが口笛を吹く。
すると、アヴァロン方面から、十体の暗黒竜が飛翔し戦場へやってくる。
敵兵たちが空を見上げ、大きく口をあけ体を震わせる。
禍々しい、暗黒竜の姿に怯えながら。
すべての暗黒竜がコンテナを輸送している。
コンテナの中身は二種類。
一つは大量のナパーム弾。そしてもう一つは……。
さて、空を支配する。その意味を教えてやろう。




