第十二話:蒼穹のヒポグリフ
商人の一人と面会した二日後、俺の屋敷の面会室にはこの町に進出した商会の代表者が全て集まっていた。
普段はアヴァロンには常駐せずに部下に任せている商会の主たちまで来ている。
普通に考えれば、あの話を聞いて即座に早馬で隣町に戻り、即座にこちらに向かわないと間に合わない。
それほどまで、空路の魅力を感じていたのだろう。
その気持ちはわからなくはない。関税がかからない上、最速での輸送。いくらでも金を生み出すことができる。
輸送量が少ないという問題も、高価で軽い品物を仕入れればいいだけだ。例えば、この世界で高価とされる香辛料、例えば宝石類。
予定されていた人数が集まり、約束の時間になった。
さあ、始めよう。俺は立ち上がる。
「さて、皆様。以前レリック商会の主には説明しましたが、この街アヴァロンでは、空を使っての品物の流通を可能にしました。その恩恵をアヴァロンに貢献していただいている皆様に提供したいと考えております。あらかじめ伝えさせていただきますが、あくまでアヴァロンに出店されている方々のみが受けられる恩恵です。私も、アヴァロンに益をもたらさない相手に施しをするつもりはない」
商人たちの目が俺に集まる。
さすがに、自らの力で商会を切り盛りしてきた実力者だけあって目に力がある。
下手な貴族たちを相手にするよりよほど気が抜けない。
「皆様の貴重な時間を浪費するわけにはいかないので、早速ですが、その手段を実演させていただきます。ついてきてください」
その言葉に商人たちが頷く。
そして、俺はアヴァロンの外に商人たちを案内した。
◇
商人たちを案内したのは、開けた広場だ。
ここはもう俺のダンジョンではない。
そこではドワーフ・スミスたちがヒポグリフたちの面倒を見ていた。
ヒポグリフは馬よりも一回り大きい、馬の体と鷲の頭をもった魔物だ。
商人たちが魔物であるヒポグリフを見て、体を固くする。
……もし、これが暗黒竜であればそんなものですまなかった。あいつが常に放出している特殊能力畏怖で、よくて失神、悪ければ精神に変調をきたしていただろう。
「皆様、安心してください。みんな調教済みのいい子たちですよ。アヴァロンは迫害されている亜人が集まる街です。魔物の調教が得意な子が一人いましてね。彼女の故郷ではヒポグリフの調教が盛んでした。彼女が調教したこの子たちは従順ですし、人間の言葉を理解し、判断できます。馬よりよほど安全で扱いやすい」
俺の言葉を聞いておそるおそるといった様子で商人たちはヒポグリフに近づく。
さらに一人の商人が頭を撫でた。するとヒポグリフが目を細めて気持ちよさそうな声を上げる。
それを見た商人たちが次々にヒポグリフに触れ、微笑む。
思ったよりもはやく馴染んでくれたみたいだ。
ヒポグリフの他には、天井に固定具が付いたタイヤのない馬車の荷台のようなものが用意されていた。
アヴァロンリッター輸送用コンテナを一回り小さくしたものだ。
「さて、皆様。もうお察しかもしれませんが。空路を行く方法は極めて簡単です。そちらの荷台をヒポグリフが持ち上げて飛ぶ、ただそれだけです」
商人の一人が手を挙げ質問する許可を求めてきた。
俺はどうぞと言って質問を促す。
「最大の輸送量はどれぐらいだ?」
「そちらの荷台に五〇〇キロが限界です」
おおよそ、馬車であれば一トン運べることを考えると少ないが、だが積載量を補ってあまりあるメリットがヒポグリフにはある。
「そこまでの馬力がその魔物にあるのか」
「ええ、魔物ですので見た目よりずっと力が強いのです。馬とは比べ物にならないぐらい力持ちですよ」
とはいえ、俺にとっては少し物足りなかった。
空戦部隊では、最低アヴァロンリッターを十体、高速で運ぶ必要がある。
五〇〇キロしか運べないと、アヴァロンリッターを一度に二体までしか運べない。
これが暗黒竜なら十体は一度に行ける上に、まったくスピードが落ちない。
「速度はいかほどに? 移動可能時間は」
「荷台が空であれば、一時間に三〇〇キロは飛べるでしょう。荷台に限界まで荷物を積めば一時間に二〇〇キロが限界でしょうね。休憩なしで飛べるのは二時間が限界。三十分休憩を挟めば、日に三回は飛べます。一日の上限である二時間飛行を三回飛べば六時間休ませてやってください」
商人たちがあまりの驚きにあんぐりと口を開けた。
無理もない。
馬車は遅い。舗装された道ですら一時間に一五キロが限界。悪路であれば時速一〇キロ。それに一時間も走らせれば休憩がいる。
丸一日で五〇キロがせいぜいだ。
……もっとも、暗黒竜に比べるとヒポグリフは遅すぎるが、あいつらは訓練で、アヴァロンリッターを十体搭載した荷車を運びながら音速で飛行してみせた。
「さて、このヒポグリフは輸送量こそ、馬車の半分ですが、荷物が満載でも馬車の四日分の距離をたった一時間で移動します。まる一日も飛ばせば一か月の距離を飛ぶことが可能です。それも空故に最短距離で行くので実際はもっと効率がいい。空では、いっさいの障害物、悪路を気にする必要がありません。盗賊に狙われることもないでしょう」
俺の言葉に商人たちの頭のそろばんが全力で叩かれる。
どれだけのメリットがあるか、俺が口にするまでもなく自分で気が付くのだ。
「なんと」
「これは……すぅんごぉい」
「馬車で、冒険者を雇って護衛にして、数日かけて……そんなのが馬鹿らしくなるな」
「是非とも、手に入れたい! いくらでも儲けられる」
全員がヒポグリフの魅力に目の色を変える。
一人の商人が口を開いた。
「スペックに関してはまったく文句がない。だが、本当に安全なのか? それだけが気になる。そもそもどうやって言うことを聞かせれば」
「気になって当然でしょうね。では、実際に商品を仕入れにいきましょう。誰か、馬車で四日以内にいける場所に仕入れを予定している方はいませんか? ヒポグリフなら一時間もかからない。私が同行します。一緒にヒポグリフに乗ってみましょう」
さすがに、恐れがあるのかなかなか名乗りでるものがいない。
強引すぎたかと後悔していると、一人の商人が手をあげた。俺に面会を求めたレリック商会の代表。レリックだ。
やはり彼か。
彼は商人のなかでも別格だ。行動力も度胸もある。アヴァロンにもっとも早く進出し、もっとも稼いでいるのは彼だ。
「なら、私が。もとより最初に経験したいと考えていました。ちょうど、肉を仕入れたかったんだ。最高の牛肉を育てている村がある。山奥で、道も舗装されていないのでなかなか仕入れに苦労していた、空を行けるのであれば、仕入れが容易になる」
「わかりました。ではこちらに」
俺は、ヒポグリフに商人のレリックをまたがらせる。
馬具は、ドワーフ・スミスたちに作ってもらったものだ。エルダー・ドワーフに比べれば質が落ちるが、人間では到底作れないほど優秀だ。
金具がついており、万が一手を放しても落ちないようになっている。
「残された皆様は、ヒポグリフの扱い方を、その子たちが教えるのでぜひ聞いてください。他に気になる点があれば質問してくださってもかまいません。質問が終われば解散願います。ヒポグリフを使った感想は、きっとアヴァロンに戻り次第レリック商会さんがしてくれるでしょうからお楽しみに」
ほかの商人たちが頷く。
そして、彼らはドワーフ・スミスたちにいろいろと質問をし始めた。
俺はヒポグリフに乗ったレリックに向き直る。
「ほう、これはなかなか乗り心地がいい」
「私は、ヒポグリフに荷台を括り付けてきます」
俺は、その言葉の通りヒポグリフの馬具についている金具と馬車を接続する。
かちりと音がなってしっかりと固定される。
「ではいきましょう」
商人の後ろに俺は乗った。
「どうやって、ヒポグリフを操ればいい」
「口で指示をすればいいですよ。簡単な言葉なら、この子は理解します。まずは真っすぐ飛べと命じてください」
「わっ、わかった。まっすぐに飛べ」
ヒポグリフがヒヒンと鳴いて、軽快な音を出して走り出す。そしてジャンプした。
金具が引っ張られ、荷台が宙に浮く。
ヒポグリフは翼で揚力を生み出して飛ぶわけではない。魔力で飛ぶ。だから、風は巻き起こらない。
特製の魔力伝導ワイヤーで荷台にもヒポグリフの魔力による浮力がかかり、荷台が浮き上がった。
そして、空の旅が始まる。
「これは、すごい、ははっ、風が気持ちいい。景色がいい。これが空か」
商人は浮かれている。空の旅を満喫しているようだ。
ヒポグリフの能力で風が押しのけられているからこそ、寒さも感じないし風圧もない。極めて快適な空の旅が楽しめる。
とはいえ、初めての超高度の景色だ。少しは怯えると思っていた。肝が大きい。
俺は後方に手を振る。
空気が揺らぐ、エンシェント・エルフのアウラが風の魔術で飛行し追走していた。アンチマテリアル・ライフルを構えた完全装備。
また、空気が揺らぎ彼女の姿が消える。
空気で可視光を曲げて不可視になる彼女の得意魔法。
魔王たちは大事な戦力である魔物をダンジョンの外に出すことは少ない。ましてや空だ。よほどのことがない限り空で襲われることはないが、今、アヴァロンと俺は狙われている。念のためにアウラに護衛についてもらっていた。
「レリックさん。私は、あなたの目的地の場所がわからないので、ヒポグリフに指示をお願いしますよ。高度をあげろ、さげろ、着陸しろ、右に曲がれ、左に曲がれ、急げ、スピードを落とせ。このあたりが基本です。何を言ってもこの子は理解しますので気兼ねなく命令を」
「なんと!? 本当に扱いやすし。乗り心地も最高ですし、もう馬なんて乗ってられないですよ」
はしゃいだ様子で、レリックはヒポグリフに指示をだす。
ヒポグリフはしっかりと彼の声に反応して方向を変える。
レリックは面白がって、いろいろと命令していた。その命令に律儀にヒポグリフは応えた。
そして、一時間もたたないうちに、馬車で四日はかかるである山奥の村にたどり着いた。
レリックは、速やかに取引をして牛を一頭まるまると買い上げ、追加料金を払って特急でさばいてもらい、乳製品と共に、村人たちに頼んで荷車へ積み込んでもらう。
「ははは、いつもは牛そのものよりも輸送費が何倍もするんですよ! 何せ御者の給料、護衛の給料、危険手当、それも往復で十日分だ! それがいっさいかからない! この値段で、ここの最高の牛が仕入れられるなんて奇跡だ! 戻ったら、私の店で最高の牛肉を格安で振る舞いますよ。今後はこんな奇跡の輸送方法が使い放題なんて、ああ、どうしよう、何を仕入れよう。海の先の孤島の宝石、南の香辛料、いや関所が多すぎて敬遠していた、秘境の名産品。夢が広がります」
商人は上機嫌で、荷台に積まれる荷物を見ている。
随分と興奮している。この様子だとほかの商人たちに熱心に魅力を説いてくれるだろう。
荷物の積み込みが終わると俺たちは帰路につく。
戻るまで三時間もかからず、荷台に詰まった最高の牛肉をアヴァロンに持ち帰ることができた。
アヴァロンに戻るなり、商人たちが押し寄せてくる。
あまりにも早く戻ってきたので、ひどく驚いているようだ。
どうやら、その牛の産地は商人たちの間で有名らしく、ヒポグリフのすごさが十分に伝わっているみたいだ。
レリックが興奮気味にヒポグリフについて他の商人に語る。どんどん熱気が広がっている。
気が付けば、さきほど集まっていた商人たちが全員そろっていた。
一通り話が終わり、レリックの興奮が回りに伝播していた。
ちょうどいい、追い打ちをかけよう。
「この通り、ヒポグリフは流通において優れた力を発揮します。アヴァロンには二十体、ヒポグリフが存在します。今後も、頭数は増えていく予定です。使用条件はアヴァロンで経営している店の売り上げが一定金額を超えていることです。一店舗につき一体まで早いもの勝ちで貸し出します」
その金額を告げる。
ちょうど、この街に出店している商店の中央値。
普通にすれば達成できるが、片手間にはできない売り上げ。
これは、幽霊出店でヒポグリフだけを使用するのを防ぐためだ。
「そして、ヒポグリフの最大レンタル期間は四日です。四日経てば何があろうとヒポグリフはアヴァロンに戻ってこようとするので盗もうとしても無駄です。それは理解してください。四日の期限が過ぎれば、延長は認めません。次の予約を優先しますので再度の使用予約をお願いします」
商人たちがアヴァロンでの商売以外にヒポグリフを使うのは許容する。
だが、度を越えた使い方はさせない。
この使い方でも十分すぎるほど儲けはでるはずだ。
そして、もう一つ目的がある。
強制的にアヴァロンに定期的に戻らせることが重要なのだ。荷車を空にして移動する馬鹿な商人はいない。ちゃんとアヴァロンで売るための商品をつめて戻ってくる。
アヴァロンに絶対に戻ってこないといけない以上、世界各地で商人たちが仕入れた商品がすべてアヴァロンに集まる。
そして、商人たちが世界中から集めた魅力的な商品たちがアヴァロンに満ちる。
それも、関税はほとんどかからず、輸送量もほぼ無料で仕入れ値が他と比べて破格。
つまることろ、アヴァロンは世界でもっともたくさんの魅力的な商品が安く集まる最高の都市になるのだ。
うまくいけば、今の何倍もの人間が集まる。
それこそが、ヒポグリフによる空輸の真の目的。
……とはいえ軌道に乗せるまで課題は山積みだが。
「また、荷車を紛失した場合。一年のヒポグリフの使用禁止を言い渡します。過失に応じて罰金もあるのでご容赦を」
少しでもヒポグリフの輸送量をあげるために、荷車はエルダー・ドワーフに作ってもらった超軽量型カーボンでできている。
純粋に荷車としても非常に価値が高い。釘を刺しておかないと売りさばかれることもありえる。
商人たちが俺の話を理解し、目で仲間の商人をけん制し始めた。
「というわけで、本日のヒポグリフのお披露目は終了です。明日以降貸出を開始しますので、先月の売り上げが基準値を超えている方は是非、お試しください。また、基準値を超えられていない方も月ごとに審査を行いますので、来月は使用できるように売り上げの向上を目指してください。それでは」
俺はその場を去る。
あとは、商人たちが勝手に考えて行動する。
少なくとも現時点でアヴァロンから撤退しようとは思わないだろう。
とはいえ、隣街こうやって嫌がらせを始めてきた。
完全にしびれを切らせて奴らが乗り込んでくる日はそう遠くないはずだ。
手札は揃いつつある。
最後の一ピースを揃えれば盤石。
「いよいよ三日後か」
俺の【創造】メダルが手に入るのが三日後。
諜報型の魔物を【創造】する。
それは、火のクイナ、土のロロノ、風のアウラに続く、四大属性、水を使った魔物。
これで、四大属性が揃う。
「さて、楽しみだ。今度の子もクイナたちみたいにいい子ならいいが」
俺はにやりと笑って帰路に就いた。




