第十一話:商業の革命
白虎のコハクに話を聞いてから、十日ほど経っていた。
その間に、俺の屋敷とエルダー・ドワーフの工房に強化した結界を張っていた。
陣を作るのは、エンシェント・エルフであるアウラの得意分野だ。とはいえ所詮は結界。一瞬で消える障壁と違い、恒久的に発動し続ける必要があるので数段性能が落ちる。
Aランクの魔物の力なら結界を破ることはできるだろう。
だが、破られたという事実が察知できればそれで十分だ。
さらに、建物の素材をエルダー・ドワーフであるロロノが開発した最高の防音素材にしている。
ひとまずはこれで防諜対策になる。
今は機密事項について、俺の屋敷とエルダー・ドワーフの工房以外での会話を禁じている。
ちなみに、暗黒竜の空戦部隊のことをまったく隠さなかったのは隠しようがないからだ。
訓練しないと使い物にならないし、訓練をする姿を見られれば簡単に使用用途はばれてしまう。
「結界と改築両方ともなんとか終わったな」
「はい、頑張りました!」
「ドワーフ・スミスたちもなかなか成長してる」
アウラとロロノが手を加えられた俺の屋敷を見て満足げに頷いている。
アウラは直接結界を作り、ロロノのほうは防音素材の開発だけ実施し、改築はドワーフ・スミスたちに任せ、自分はときおりチェックと指示に来るぐらいだった。
ロロノには、アヴァロンリッターの量産化という重要な仕事がありそちらを優先してもらっている。
今のところ、まだ目途は立ったところで実現には至っていない。なかなか、ツインドライブの安定した同調には手間取っているようだ。とはいえ、同調に必要なラインはかなり下がったみたいで、すでに三機だけは作れている。Aランクの魔物が三体、短期間に用意できただけでも、ロロノの功績は凄まじい。
「二人ともお疲れ様。ありがとう。これで情報が漏れにくくなる」
最低限の防諜を施したが、これで完璧というわけにはいかない。
根本的な解決をするには、諜報に特化した魔物が必要だ。
そして、それを実現するためには【創造】のメダルがいる。
【創造】のメダルが手に入るのは、まだ数日かかる。【創造】が手に入りしだい俺は新たな魔物を生み出すつもりだった。
「マスターの力になれてうれしい」
「私もです。また、何かありましたらお気兼ねなく命じてください」
ロロノとアウラが、誇らしげに胸を張る。
「ご褒美だ」
二人に【創造】でこの世界ではまだ作れないお菓子を生み出して渡す。ロロノのほうにはドワーフ・スミスの分もまとめて渡した。
「うわああああああ、ふわふわの生クリームたっぷりのロールケーキ。見たことがないフルーツがたっぷり」
「ドワーフ・スミスたちも喜ぶ、ありがとうマスター」
こうして、【創造】でしか作れないものを渡すのは特別なご褒美でありめったにしない。だからこそ、二人の喜びも大きい。
ふと視線を感じてそちらのほうを向く。誰もいない……と思ったが壁から尻尾だけが見えていた。可愛らしいもふもふのキツネ尻尾。間違いなくクイナだ。
俺たちが気になっているのだろう。
そういえば、前からクイナは戦闘以外では役に立てないことに悩んでいた。
これでまた、余計にコンプレックスを感じてしまっているかもしれない。
あとで、少しフォローをしておこう。
「アウラ、ロロノ、持ち場に戻ってくれ。俺も仕事に戻るよ」
「わかりました、ご主人様、がんばってください」
「ん。早く量産型アヴァロンリッターを見せれるようにする」
二人が頷き、立ち去っていく。
この十日の間に防諜の他にも、さまざまな案件が進んでいた。
アウラはついに白虎のコハクを完治させた。
ワイトが行っている暗黒竜たちの訓練は順調。クイナは新入りの妖狐やドワーフ・スミス、ハイ・エルフたちのレベルをあげてくれている。
ロロノの研究もまだ完成はしていないが目途は立ちもう一歩。
部下たちに負けるわけにはいかない。長としての仕事を始めよう。
◇
今日は商会の重役と会う約束をしていた。
わざわざ、面会を申し出るということはそれなりに大きな案件だろう。
気を引き締めていかないと。
そう考えて執務室でデスクワークをしていると、来客が現れた。
俺の屋敷でお手伝いをしてくれている妖狐の一体が恰幅のいい紳士を案内してくる。
彼はこの街に進出した商会の中でも、もっとも大手でありやり手のレリック商会の代表であるレリック。
気を引き締めて対応しないといけない。
「プロケルさん、本日はわざわざ時間を作っていただいて申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。レリックさんのことです。早急に対処しないとまずい案件でしょう。私としても早く情報を仕入れておきたい」
商人は時間の重要さを誰よりも知っている。そのことは理解しているし、評価している。
そんな彼がわざわざ面会を求めたのだ。無下になんてできるはずがない。
「そう言っていただけると助かります。今回、お時間をとっていただいたのは、隣街のことです。実は、アヴァロンに向かう商人たちに嫌がらせをしているのです」
俺は顔をしかめる。
そうか、そういうからめ手できたのか。
アヴァロンでは完全な自給自足はできない。かなりの品物を隣街から商人たちが仕入れて販売している。
税金をあげられれば、物価が一気にあがるだろうし、儲けがでなくなれば商人たちが撤退してしまう。
そうなれば、アヴァロンの生活水準は一気に下がるだろう。
「プロケルさん、基本的に、商品を街に持ち込むさいには関税及び、入場税をとられます。それはどこの街も変わりません。ですが、出ていく際には持ち出しを禁止されている一部の品物が含まれていないかを確認するだけで関税などは取られません。それが通例でした」
地方によって税の仕組みは違うが、隣町は商品にかけられる関税と街に入るときの入場税の二つだけをとっていた。
もちろん、そこで生活をするのであれば他にもさまざまな税をとられることになる。だが、店を構えていない商人たちが気にしていたのはその二つの税だ。
「今は、出るときにも税を取られるようになったというわけですね」
「その通りです。アヴァロンに向かう馬車は、輸出禁止物のチェックを行う際、関税と同額の税金を求めらるようになってしまいました。単純計算で二倍の税金をとられてしまうわけです」
「それはまずいですね」
「ええ、アヴァロンでは関税が存在しないのでその分で相殺できておりますが、我々商人としては、旨みが一気に減りました。今はまだぎりぎり黒字を維持できておりますが、これ以上悪化しないとは限りませんし。早急に手を打っていただきたいのです」
これは隣街からの嫌がらせだ。
俺はまだ支配下に入れという通告に対して、時間稼ぎを続けている。返事を催促する手紙を何度かもらっており。そのたびにまだ時間を要すると手紙を返しているが、ついにしびれを切らせ始めたらしい。
「アヴァロン方面への出口以外から出て、迂回してこちらに来ることはできないでしょうか? 私が馬車を引くために貸し出しているゴーレムのパワーなら悪路をものともしないはずです」
「できるか、できないかで言えばできます。ですが、我々の商会の主要拠点はあの街にあります。万が一脱税と取られてしまえば、破滅です。そのようなことはできかねます」
「もっともです」
想定通りの返事。
さて、どう進めるか。何も手を打たなければ商人からの信用をなくす。
隣街との関係の悪化はすでに知られている。実際にアヴァロンからの撤退を考えている商人も多い。
今すぐに隣町との関係を修復し嫌がらせを止めればベストだが、不可能だ。
とはいえ、商人だって、それを早急に解決できるとは思っていないはずだ。
となると、商人の目的は損失分の補てんだろう。
「わかりました。隣町との不仲は私の責任です。対応をしましょう」
「それは助かります。具体的には?」
彼らは金の流れに敏感だ。アヴァロンで徴収している税の何倍もの金が、動いていることを察知している。
俺に金があることはわかっていて、今回の話を持ち掛けた。
そして、何も言わずに撤退しないのにも理由がある。
彼らにとって、このアヴァロンは未だ魅力的な市場であることは変わらない。
気前のいい顧客が多く、税も安く、治安もいい。
今でも儲けが出ている以上、撤退をするのが惜しいと考えているのだ。
儲けが減った分、俺の懐から金を出してもらいさえすれば、彼らは今まで通りうまい汁を吸える。
「アヴァロンが余計にかかった関税分を補てんする……というのは焼け石に水です。別の街から品物を仕入れる。それも、あの街を経由しない方法を提案させてください」
「それができれば理想ですが、あの町は帝国の最南端です。あそこを通らず、帝国の他の街にはいけませんよ。山道にも関所が用意されておりますし」
「それは陸の話でしょう?」
「まさか、水路ですか? そんなものどこにも」
「スケールが小さいですよ。もっと上です。私が提案するのは空だ。空は誰のものでもない。空を使った流通。それが可能だとしたら?」
そう、ここで関税分を補てんしたところで、より税の額を引き上げられるだけ。
それどころか、もっと直接的な手段で商人を叩いてくる可能性がある。
そもそも、最終的には隣街との戦争を視野に入れている。
もう、隣街には一切頼るわけにはいかない。
どっちみち、根本的に隣町に依存しない商業活動を可能にしなければ意味がならなかった。
そのための、空を使った流通。あの街を経由せずにありとあらゆる場所から商品を集める。
俺の言葉を聞いた商人が目を見開く。
彼は顎に手を当てて、必死に頭を回転させていた。
「空、そんなことが可能か、だが、もし、それができれば」
空を使った流通。それはある意味、流通の頂点だ。
この時代、町や関所を経由するたびに都度税金を取られる。街の市場に出回るころには、何重にも税金がかけられて、品物の価格が膨れ上がっている。
だが、空を使えれば、現地から直接品物を仕入れることができるので安く品物が買える。
港街は栄えているのは、海を通るため、陸路に比べて税金がかかる機会が少ないというのが大きな理由の一つ。
しかし、空はそれに勝る。なにせ、水に面していない街や村からでも容易に仕入れができるし、圧倒的な速度というアドバンテージがある。障害物がなく最短経路を超高速で。
水の浮力がない分、輸送量では大幅に劣るが、それを補ってあまりあるメリットが空にはある。
「プロケルさん。そのようなことが本当にできるとすれば、それは革命ですよ。……何百キロもの金塊よりも価値がある。今まで仕入れを諦めていたもの、コストの関係で割に合わなかった、あるいは鮮度が保てななかったもの、国外に持ち出しが禁止だったもの、そういった商談が何十、何百も成立させられる」
「可能です。アヴァロンにいる限り、空路が使用できることを約束しよう。商人たちの中には隣街との関係の悪化を知り、撤退を考えているものもいることは知っております。無理に引き留めようとは思わない」
商人が息を呑む。
俺が打つ手は、その場しのぎではない。
完全に隣街との関係が終わったあとのことを考えての手だ。
「ですが、私なら商人にとって、魅力的なものを用意できる。そう、隣街から撤退することになっても得る価値があるものを……とはいえ、口でできると言っても信用できないでしょう。実演してみせますよ。そのための準備はすでにしてあります。二日後の午後だ。可能な限り、他の商人にも声をかけておいてください。あなたがたは幸運だ。この世界で初めて空を支配した商人になれるのですから」
商人が息を呑んだ。
「世界で初めて、空を支配した商人……なんといい響きだ」
「ええ、そうです。そして、こういうことは何事も先駆者が一番利益が大きい」
「たしかに、そのとおりです。二日後の実演、楽しみにしておりますよ。プロケルさん」
もともとは、空戦部隊として運用できなくなったヒポグリフたちだが、想定よりもはやく出番が来たようだ。
エルダー・ドワーフの作った道具と合わせれば、通常の馬車の半分ほどの重量ぐらいは彼らなら空を使って輸送できる。
オリハルコンゴーレム十体を輸送できる二トンという空戦部隊に必要な要件を満たせなかったが、商人たちに提供するには十分な力を発揮できる。
さっそく彼らには仕事をしてもらおう。
これは暗黒竜にはできない、彼らだけの仕事だ。




