第二話:白虎と新たな果実と
ロロノと二人で【鉱山】の調査を行った結果、ミスリルの埋蔵量が倍増し、さらに少量であるがオリハルコンが採掘できることが判明した。
代わりに銀の埋蔵量が減ったが、些細なことだろう。
ロロノは帰ってくるなり、工房に閉じこもり新たな武器の設計を始めた。
彼女の話では、オリハルコンの手持ちが少なかったので、かなりオリハルコンを節約し性能面では妥協した設計でクイナたちの武器を作っていたそうだ。
故障時のスペアパーツまで考えるとそうせざるを得なかったらしい。だが、今となっては性能を第一優先にできる。ロロノはクイナたちの武器の再設計を行っていた。
そして、今日は別の仕事がある。エンシェント・エルフであるアウラと共に朝から屋敷を出た。
「では、ご主人様。行きましょうか」
「そうだな。アウラ」
明後日には、隣の街から兵士が送られてくる。とは言っても、街の運営を止めるわけにはいかない。
裏でさまざまな準備を進めながら、表の作業をしっかりと行っていた。
今日は、アウラが新たに育てた果物を見に行くのだ。
その果物は、リンゴと同じくこの世界から存在しなくなった作物だ。
どうせ果物を増やすなら、この世界の誰も知らないほうが売りになると考え、さまざまなものを【創造】し、アウラの力で選定した。
「ふふ、ご主人様の寝顔可愛かったですよ」
「自分では見れないからよくわからないよ」
昨日はアウラと一緒に寝る日だった。
彼女の場合はクイナやロロノのようにべったりとはしてこないうえ、娘たちの中で唯一俺より先に目を覚まし、微笑みながら顔を覗き込んでくる。
一緒に眠ることを楽しんではいるが、他の娘たちとは距離感が微妙に違う。
「ずっと気になっていたんだが、アウラだけは俺を父と呼ばないな。何か理由があるのか?」
クイナは常に、ロロノは感情が昂ると俺のことを父と呼ぶ。
だが、アウラはご主人様としか呼ばない。
「呼んでほしいんですか?」
「そういうわけじゃないが」
アウラは唇に指をあて、にやりと笑う。妙に艶めかしい。
「私は、クイナちゃんたちと同じぐらいにご主人様が好きです。でも、ちょっと好きの種類が違うんですよ。これ以上は秘密です」
そう言うと話は終わりとばかりに目的地へとせかしてくる。
ロロノと同じように手を繋いでくる。だけどつなぎ方が違った。手のひらを外側に向けるあれだ。
「わかった。深くは聞かないよ。じゃあ。行こうか」
そうして、二人で果樹園に向かう。
◇
果樹園にたどり着いた。
ハイ・エルフが忙しく動き回りリンゴの樹の世話をしていた。
人間の農民も多い。
人間たちは、リンゴの世話ではなく収穫を行っているようだ。
リンゴはアヴァロンの貴重な特産品だ。なにせ、エンシェント・エルフであるアウラが作った【生命の水】で発芽し、ハイ・エルフたちの祝福を受けて育っているだけあって、数か月の間腐らず瑞々しいまま保存できる。さらに栄養たっぷりで腹持ちもいいことからダンジョンに向かう冒険者たちに重宝されている。
さらに、疲労回復効果に病を癒す効果、治癒力の強化、呪いの解呪まで対応と至れりつくせり。
始まりの木でとれる果実ほどの圧倒的な効果はないが、下手なマジックポーション並みの効果がある。その噂がものすごい勢いで広がり、店に並ぶなり一瞬で消える人気商品となった。
リンゴを買うためだけによその街からやってきて、宿に泊まっていく客も多く、アヴァロンにとっての生命線になりつつある。
「相変わらず見事なものだ。生命力に満ち溢れている」
「当然です。エンシェント・エルフとハイ・エルフに愛されて育っている木なんですから」
エンシェント・エルフは当然として、ハイ・エルフも高位の存在だ。これほど恵まれた果樹園は他にないだろう。
「こうして立派なリンゴの木々を見ていると、久しぶりに始まりの木が見たくなったな」
「いいですね、新しい果物の前にそっちを見ましょう。あの子もきっと、ご主人様が会いにくれば喜びます」
「そういうものか」
「そういうものです」
アウラに案内され果樹園の奥に行く。
すると、周りの木よりも二回りほど巨大な樹がそびえたっていた。
周囲の空気が違う。清冽で力強いオーラを感じる。
たくさんの実が実っており光り輝いて見える。……いや、比喩じゃない。黄金色に光っている。
「アウラ、あれはなんだ? 今までさすがにあんな光り方はしてなかったはずだが」
「【誓約の魔物】になった影響だと思います。始まりの木は全魔力の半分を注いだ特別な【生命の水】をほぼ毎日与えていますし、その力に耐えられるように、手を加え、それはそれは立派な木だったのですが、【誓約の魔物】になって、【星の化身】の力が強化されちゃって、もう、天上の果実とか、そんなレベルのものが実るようになっちゃいました」
ペロッとアウラが舌を出す。
俺は絶句する。
見るだけで、あれの内包している力が凄まじいことが伝わってくる。
そもそも、Sランクのエンシェント・エルフの全魔力の半分を日常的に受けている時点で頭がおかしい。それがさらに強化されたと考えれば、あの異常さも納得できる。
「食べてみてもいいか」
「はい、ぜひどうぞ」
始まりの木に近づく。
すると、木の陰からのっそりと、白い巨体の獣が現れ、牙を見せつける。
今にもとびかかりそうな剣呑とした気配だ。
「あっ、コハクさん、待って」
アウラの声でピクリと白虎が動きを止める。
「よく見れば、【創造】の魔王か。リンゴ泥棒だと思ってしまった。すまない」
そう言うと、白虎はその場に伏せてあくびをする。
彼の立派な体毛から黄金のリンゴが転げ落ちてきた。それをばりばりと食す。
大変、美味しそうに食べており、恐ろしくシュールな光景だった。
「いったい、あれはなんだ?」
俺はアウラに問いかける。
「リンゴの木の番犬ならぬ、番虎さんです。ご主人様にコハクさんの治療を任されていましたので、呪いの浄化と治癒を行ったあと、ここに連れてきたんです。表面の傷や瘴気は払えたんですが、ワイトさんの一撃、体の奥底まで瘴気が入り込んでいたし、魂もかなり汚染されていて、始まりの木が纏う聖なる気と果実で外側と内側からの長期間の治療が必要でした」
「たった一撃で、白虎ほどの魔物をそこまで壊すのか」
今更ながらSランクを超えた、その先にいる黒死竜ジークヴルムの力を思い知った。
「ええ、正直、はじまりの木のリンゴがなければどうしようもありませんでしたね。私の気でも浄化しきることは不可能です。こうしてゆっくりと回復していくしかありません」
俺はつばを飲んだ。
随分と頼もしい。
だが、それはそれとして……。
「番虎ってなんだ」
「その名の通りですよ。ほら、あそこの立て札にも書いてるじゃないですか、勝手にリンゴを持っていったら虎に食い殺されちゃうって。もともと、わりと盗みに来る人が多かったんですよね。それがリンゴが金色に輝くようになってから増えちゃって。それも一流の冒険者さんが何人も連携をとって命がけで現れるんです。私やハイ・エルフがいればなんとでもなるんですが、ゴーレムさんだけのときだと敏捷が足りずに盗まれちゃってたんです。でも、白虎さんが来てから安心できるようになりました!」
「なっ」
一瞬眩暈がした。
たしかに、元からすさまじかった始まりの木のリンゴがさらにパワーアップした黄金のリンゴ、命がけで手に入れようとする猛者が現れても不思議じゃない。
なにせ、冗談抜きで不治の病すら癒せそうな代物だ。そうする価値はある。
それはわかるのだが……。
「なにも、白虎に見張りをさせることはないだろう。仮にも最強クラスの魔物だ。それに俺たちの大先輩でもある」
そう、彼は歴戦の勇士だ。
それなりの敬意を持つべきだ。
アウラが小さくなる。
そんな中、白虎が口を開いた。
「かまわぬ。もとより我が言い出したことだ。聖気溢れるこの場から我は離れられんし、この果実を食さないと回復もせん。これだけ貴重な回復アイテムを使わせてもらっているのだ。それを育てたそちらの少女にも感謝しておる。少しでも恩を返さねばならん。働かぬもの食うべからずというやつだな」
カカカと白虎は愉快そうに笑った。
「本当にいいのか?」
「ああ、ここは我にとって心地よい。何よりこのリンゴという果実は美味だ。なんの不満もあるまいよ」
「わかった。傷が治るまでここにいてくれ。白虎」
「そのような頼み方をせんでもいい。もっと横柄にしろ。お主は正真正銘の我の主なのだから」
白虎が俺の配下になってから、いろいろと話をした。
彼は俺に忠誠を誓う代わりに一つだけ条件を出している。
【鋼】の前の主の話は聞くな。
元とはいえ、主の秘密を話すのは自分の信義に反する。己の誇りを踏みにじるのであればそれなりの覚悟をしろと。
そして、俺はその条件を飲んだ。こういった漢は好感がもてるし、けっして裏切らない。白虎の忠誠が手に入るなら、この条件は許容範囲内だ。
「アウラ、こういうことは事前に教えてくれ。白虎は受け入れてくれたが、気を悪くする場合もある」
「申し訳ございません、ご主人様」
「怒らないでやってくれ。我が言い出したことだ。この少女にも遠慮があった。我の短慮で、恩人が責められるは我も辛い。よくしてくれている。いい魔物だ」
俺は苦笑する。
「わかった。アウラ、変な言いがかりをつけて悪かった。おまえは十分に役割を果たしていたようだな」
「いえ、私こそ配慮が足りませんでした」
アウラと目を見合わせて笑う。
変なわだかまりができずによかった。
そんな俺たちを見て白虎はにっこりと笑い口を開いた。
「恩を受けた少女のために、我が主に一つ忠告を授けよう。生まれ変わったワイト。あれは別に最強でもなんでもない。過信をするな。使い方を間違えれば無駄死させることになるぞ。もし我が全快になりさえすれば、一対一なら確実に勝てる」
「それは、本当か? あの圧倒的な速さと強さ、強力な特殊能力。穴があるようには見えないが」
白虎はカカカと笑い、話の続きをした。
「あの漢はよく我の見舞いに来てくれているのだが、その折に気付いた。あれは常時、【狂気化】を押さえつけるためにかなりの力を使っている。おそらく、【狂気化】を解放していない間は全能力が一ランクは落ちておる。特殊能力も十全には振るえないであろう。その状態であれば、我も、そこの少女でも倒せる」
「【狂気化】を解けば?」
「それなら、それでいい。【狂気化】を続けると戻れなくなる。限界時間はさほど長くない。知性と理性を失った暴れるだけの魔物の攻撃など、いなし、避けることに集中すれば対処は容易い。あとは【狂気化】の限界が来て、消耗しきった奴を倒すだけ。この作業も、我でもそこの少女でもできる。おそらく、極まったAランクの魔物であれば、同じであろう。あれは真の強者には勝てんよ。あの性格だ。窮地に陥れば、いずれ限界を超えた【狂気化】を続け、戻れなくなるだろうよ」
白虎の言うことはもっともだ。
ワイトの欠陥が見えた。通常時は【狂気化】を押さえつけるために弱体化し、解放したらしたらで、逃げに徹されれば詰め切れない。
とはいえ、一ランク能力が落ちたところでSランクの魔物。遅れをとることはまずない。それに、【狂気化】したワイトが逃げ切れる魔物はもっと少ないだろう。
「参考になった。あいつに頼りすぎるのはやめよう。基本は軍師として活躍してもらう。あとは数で押してくる相手を一掃する際には【狂気化】は輝くだろう。もしくは、相手が逃げることができない状況での詰めを頼む」
「我も賛成だ。あれほどの漢を失うのは惜しい。大切にしてやってくれ」
白虎はそれで話は終わりとばかりに、その場で丸くなって眠り始める。
それにしても、さすがは歴戦の勇士。随分と頼りになる存在だ。一戦力として優秀なだけではなく、俺たちに足りない経験を埋めてくれる。
傷が癒えたら、番虎を止めて、重要な任務についてもらおう。
その際に、ここの警備は、ロロノが開発中の新型ゴーレムに任せるつもりだ。軽量高速型ゴーレムなら、一流の冒険者相手でも遅れはとらない。
「ちなみに、リンゴを盗みに来た連中はどうしているんだ?」
「殺して埋めておき、見舞いに来る度にワイトが強化蘇生でアンデッドかして連れ帰っておるぞ? レベルの高い冒険者どもは、ランクが高く知性のあるアンデッドになるとワイトも喜んでおった」
……本当に白虎とワイトが気が合うみたいだ。俺の知らないところで、少しずつ戦力が増えているらしい。
◇
そして、いよいよ今日の本命だ。
アウラに案内されて辿り着いたのは、リンゴとはまた違う魅力的な果実をつけた木々。
その正体は桃だ。
桃も、すでにこの世界では失われている。
とは言っても、似て非なるものとしてピナルという果実がある。
元は魔王の魔物で、野生化し繁殖したエルフたちが作った隠れ里で育てられているらしい。
「これが、新たな果実か」
「はい! もう、いい感じに熟してますよ」
「……これははじまりの木のようにならないよな?」
「あの木は特別です。この街で最初に育った気だからあそこまでしているんですよ。さすがに、ああいうのは一本が限界です。でも、愛情はたっぷり注いでますよ」
俺は桃の実を一つむしる。
よく熟しており、甘い匂いが漂ってくる。
リンゴのさわやかな香りもいいが、桃の濃厚で力強い香りも素敵だ。
ロロノにもらったナイフを胸ポケットから取り出し、皮を剥き、半分に切り片方をアウラに渡す。
彼女は微笑みつつ受け取った。
「味見をしよう。クイナやロロノには悪いけど、一足先にね」
「はい! ご主人様」
俺たちは桃にかぶりつく。
口の中に、たっぷりの果汁があふれる。むっちりとした歯ごたえとジューシーな甘さで脳がとろけそうだ。
エルフたちが育てた最上級の桃をもぎたてで食べる。なんて贅沢な味だろう。
「うまい」
「はい、とっても甘くて美味しいです」
食して確信した。
これはリンゴと並ぶ新たな特産品となるだろう。
もともと、ありとあらゆる伝説で桃は長寿を得るとされている。もしかしたら、そういった効果が発揮されるかもしれない。
「よくやったアウラ。さすがにリンゴだけだと飽きられる。これでよりいっそうアヴァロンに人が集まるよ」
「そうなると嬉しいですね」
「そうだな、DPはいくらあっても困ることもない。ある程度溜まってきたら階層を増やしていろいろと面白いことを始めたいし、Bランクの魔物の増員もしたいしな」
クイナたちへのお土産にいくつか桃を摘み、俺たちは家路についた。
新たな特産品はきっと、大活躍してくれるだろう。
明日はワイトに会いに行くと決める。
元リンゴ泥棒のアンデッドたちの戦力を把握しておきたいし、上司として失恋した部下を慰めたい。
何より、人間対策を行うためにワイトのアドバイスは必要なのだ。




