プロローグ:アヴァロンに忍び寄る影
「【創造】の魔王は面白いね。想像以上だ」
【邪】の魔王の真の協力者は、四つ子の悪魔を通して、【戦争】の一部始終を見ていた。
四つ子の悪魔はそれぞれの【鋼】陣営の魔王に連絡係として随行しつつ、情報を【邪】の魔王と彼に流し続けていたのだ。
【邪】の水晶が壊されたことで映像は途切れてしまったが、十分すぎるほどの情報を真の協力者に伝えていた。
もともと、彼は誰よりも【創造】の魔王に期待していた魔王だが、その彼の期待すら【創造】の魔王プロケルは超えてみせた。
天狐、エルダー・ドワーフ、エンシェント・エルフという三体のSランクの魔物。そして誰も見たことがない強力な武器。
さらに、噂では、かつてさまざまな戦場で魔王たちに恐れられた歴戦の勇士である、白虎すら退けるさらなる切り札があると聞いている。
明らかに生まれたばかりの魔王としては異常なまでの力。このまま行けば間違いなく最強の魔王として君臨すると彼は確信し、警戒していた。
そして、【創造】の魔王を警戒しているのは彼だけではない。
彼のように、【戦争】の一部始終を見たわけではないが、三対一の戦いで彼が勝ったことはすべての魔王に周知されているし、魔王たちの横のつながりで、今回の戦いに強力なAランクである、オリハルコン・ガーゴイル、アーク・デーモン、白虎が【鋼】陣営に貸し出されており、それでもプロケルには勝てなかったという事実が広まっている。
魔王同士の横のつながりは非常に重要だ。実力者ほど広い情報網をもっている。
新旧の魔王たちの間で【創造】の魔王プロケルは、今もっとも注目を集めている魔王となっていた。
「潰すにしても利用するにしても、出遅れるわけにはいかないな。何せ、あいつも本気みたいだし」
彼は、白虎の持ち主だった魔王を思い浮かべる。
思慮深く、大胆、魔王の中でも切れ者と名高い男。彼が白虎ほどの猛者を試金石に使い潰すほどに【創造】の魔王プロケルに入れ込んでいる以上、ゆっくりもしていられない。
彼は、いくつもの謀略を頭の中に描く。
相手は【創造】の魔王プロケルだけじゃない。彼を狙っている他の魔王たちをも出し抜かないといけない。
「とりあえず、いやがらせをしてみようか。協力してくれた【邪】への魔王のはなむけにもね」
彼は【邪】のことは、その小賢しさを見込んでいるだけで、便利な捨て駒としか考えていなかったくせに、白々しいことを呟き、趣味である才能ある若者への嫌がらせを始めた。
◇
~プロケル視点~
「作れるメダルが増えたのはいいが、いまいち使いづらいな」
俺は一人、アヴァロンにある自室で愚痴を言う。
魔王は他の魔王の水晶を砕くことで、その魔王のオリジナルメダルが作れるようになる。
それは非常に素晴らしいことだ。そうなのだが……。
「一月に作れるメダルが増えるわけじゃなくて、作れるメダルの選択肢が増えるだけっていうのがな」
そう、本当に作れるだけだ。
いや、確かにうれしい。俺の【創造】はオリジナルメダルを含む合成にしか使えない。そして【創造】以外のオリジナルメダルを自分の力だけで手に入れる手段は今まで存在しなかった。そう、安定して二カ月に一度、【創造】を使った合成をできるようになったのは大きな進歩だ。
とはいえ……
「今は手元に【刻】と【水】がある。これを使って魔物を作りたいし。しばらくは【創造】だけしか作らないでいいな。新しいメダルは全部Bランクのメダルで魅力に欠けるんだよな」
そう、Aランクのメダルが二枚あって、【創造】は使い切った。そして、ちょうど【戦争】の最中にメダルを作りその場で【合成】したので、再度メダルが作れるのは一カ月後。しばらくは宝の持ち腐れになりそうだ。
俺はゆっくりと体を伸ばす。
今日は、いつも傍にいるクイナたちがいない。
ゆっくりと家で街の運営のための事務仕事を片付けつつ、今後の方針を練りたかったので一人にしてもらった。
一応、あと九カ月ほどの独り立ちが認められるまでの間は旧い魔王からの襲撃を受けることはない。そして、新しい魔王たちは三人がかりで挑んできた【鋼】を打倒した俺に喧嘩を売ることは考えにくいので安心できる。
今、考えるべきは独り立ちした直後に、旧い魔王たちに滅ぼされないようにするための戦力の増大および、街の繁栄。そして可能であれば、強力な魔王との同盟の三つ。
今回の件でいやというほど、同盟の重要性を思い知らされた。
同盟を結ぶのであれば、一方的に利益を得るわけにはいかないので、相手に何かしらの利益を与えないといけない。
「……頭が痛くなってきた。とりあえず休憩にしよう」
気が付けば、かなりいい時間になっていた。
日が暮れて夕食どき。
別に人間の感情を喰らう魔王は食事を摂らなくても問題ないが、俺は娯楽として食事を楽しんでいる。部屋を後にして街の中にある酒場に向かった。
◇
今、アヴァロンには二件の酒場がある。一つはひたすら安いだけが取り柄の店。冒険者たちや農民たちに人気がある店でいつも賑やかだ。もう一つの店はそれなりに高いが、酒も食べ物もしっかりとしたものがあり雰囲気が落ち着いている。
俺は後者の店に向かう。
料理人の腕も食材もいい。積極的にアヴァロンでとれたジャガイモや小麦を使った料理を出してくれるのもポイントが高い。さらに各地の銘酒を支配人の伝手で仕入れており品ぞろえもよく楽しませてくれる。
かなりの頻度で俺はこの店に通っていた。
店に入る。席はそこそこ埋まっていた。
冒険者たちは少なく、街にやってきた商店の関連者が主な客層だ。
「プロケル様、よくいらしてくださいました」
店主である、ダンディーな中年が愛想よく俺を出迎えてくれる。
「ここの店はうまいからな。辛くて強い酒をくれ。料理は任せる」
「かしこまりました」
いつも、俺は料理は店主のおすすめ、酒はどういった酒が欲しいかだけ伝える。こうすると、その日の最高の食材で作った一番うまい料理を食べれる。
他所の村や街から仕入れている食材は、ひどく品質にばらつきがあるので、その日その日でもっともうまい料理が違う。
店主が厨房に指示を出すといい香りがしてきた。
運ばれてきたのは三つの料理と酒、一つ目はジャガイモのグラタン。アヴァロンでとれたジャガイモを薄くスライスして、たっぷりのチーズとトマト、ひき肉を載せてオーブンで焼いたもの。
二つ目はカモ肉のホワイトシチュー。この街の狩人が森で狩ってきたカモをじっくりと手間暇かけて煮込んだ逸品。酪農もこの街で始まっており、朝とれたばかりのヤギ乳が出回るようになってから乳製品が一気にうまくなった。
最後は付け合わせのサラダ。山菜をうまく使っており新鮮で瑞々しく食欲を誘う。
ウイスキーのように琥珀色の強い酒が運ばれてくる。燻製した酒特有のスモーキーな匂いがたまらない。
「今日も、旨そうだ」
「ええ、今日はとくにいい材料を仕入れることができました。シェフも気合が入っていましたよ」
俺は料理に手を付け始める。
ジャガイモのグラタンはとろとろのチーズにトマトの酸味が絶妙にマッチしている。ひき肉のジューシーなうま味をほくほくのジャガイモが受け止める。これは絶品だ。
カモ肉のホワイトシチューもたまらない。しっかりと骨でフォンをとっているから味の骨格がしっかりしているし、カモ肉は身が引き締まって噛めば噛むほど旨みが出てくる。
そして、それらを辛めの強い酒で流し込むと、もう最高だ。
俺は、こうしてうまいものを食っているときに作ってよかったと実感する。薄暗いダンジョンに引きこもっていてはこんな料理は楽しめない。
人間というのは、力も心も弱い矮小な存在だが、有用な点も多い。
お土産に、今日の料理を包んでもらおう。クイナたちにも食べさせてやらないと。
そんなことを考えているときだった。
店の奥にあるテーブルから、知り合いの声が聞こえた。
「ワイト様、元気をだしてください」
ドワーフ・スミスの声だ。それもロロノの一番弟子で先日の【戦争】で防衛部隊の副官を務めた少女。
褐色と銀色の髪をもつなかなかの美少女だ。
「レディ、みっともないところを見せて申し訳ない。ですが、飲まずにはやっていられないのです」
そしてもう一人知り合いがいた。もとは骨の魔物だったが、最近竜人である黒死竜ジークヴルムに【新生】したワイトだ。
彼は勢いよくグラスを傾ける。グラスの中身は俺が飲んでいると同じ。かなり強い酒だ。
店主は竜人が居ても騒がない。一応、この街は迫害されている亜人の街という建前があり、さまざまな種族が共存している。今更竜人ぐらいで誰も驚かないのだ。
「ささ、もう一杯そそぎますよ」
「感謝しますレディ」
恐ろしいペースでワイトは酒を煽っていた。人間ならとっくにぶっ倒れているだろう。
ワイトは俺がこの店に来たことに気付かないぐらいに取り乱していた。結婚の準備が進み、幸せの絶頂にいるはずの彼に何があったのだろうか。
「倒れるまで飲んで嫌なことは忘れてしまいましょう。私が面倒を見ますから安心してください」
「……今日はその言葉に甘えさせていただきます。レディ、私に幻滅しましたか。普段上司として偉そうにしているのに、こんな無様を晒して」
「そんなことないです! むしろ、ワイトさんにも弱いところがあるってわかって、もっと好き…ごほんっ、親近感がわきました」
「ふふ、レディは優しいですね。今日だけは私の愚痴と酒に付き合ってください」
「はい、大丈夫です! 今日と言わず毎日でも!」
どうやら、ワイトにつらいことがあって、ドワーフ・スミスが励ましているようだ。直接話しかけて理由を聞きたい。だが、それはあまりにも……。
そうしていると、ワイトがグラスを机に叩き付けた。
「爬虫類は生理的に無理って、いったいどういうことなのですか! 私はスケさんをこんなにも愛しているのに!」
ごふっ。
思わず俺はむせる。そして彼が取り乱していた理由がわかった。どうやら【新生】して竜人となったワイトをスケさんが拒んだらしい。俺は彼に悪いことをしてしまったかもしれない。今度とびっきりの酒を贈ろう。
「ひどいですよね」
「ええ、かなりきついです。とはいえスケさんの言うこともわかります。種族の壁は厚い。彼女を責めるのも酷かもしれません。やはり同じ種族同士で結ばれるのが一番いいのでしょう」
「そんなことありません!!」
ドワーフ・スミスが立ち上がり大声をあげる。
周りの注目が彼女に集まる。彼女は顔を真っ赤にしてまわりに謝り倒してから席に着く。
「一番大事なのは種族じゃなくて、その人の魅力です。その、私は、別の種族でも、内面が素敵な人が一番いいです。骨だって、竜人だって、素敵な人なら、一緒になりたいです!」
ドワーフ・スミスの言葉を聞いたワイトは、優し気な笑みを浮かべた。
「あなたは素敵な女性ですね。あなたほど素敵な人ならすぐにいい人が現れますよ」
「……複雑な気分です。でも、ワイトさんが素敵って言ってくれて嬉しい」
ドワーフ・スミスはワイトによりかかり、健気にお酒をグラスに注ぐ。
それにしても、ワイトはすごいな。
「あれで、ドワーフ・スミスの好意に気付かないなんて、いったいどれだけ鈍いんだ?」
まあ、きっと今は失恋で視野が狭くなっているのだろう。
本人たちが幸せそうだし、まあいいか。
俺は部下たちの恋愛に口を出すような野暮な上司ではない。そっとしておこう。
二人を最後に一瞥して会計を済ませて酒場を後にした。
◇
家に戻って仕事を再開する。
しばらくすると、手紙が届いた。
最近、他の街や村とのやり取りも増え、それなりな数の手紙が毎日届く。
そのなかに、ひと際立派な封筒に包まれた手紙があった。
中を見る。
俺はにやりと笑う。
「まあ、来るよな」
隣の街の領主からの手紙だった。
内容は想像した通り。
基本的にこの街は国境の外の魔物が支配する地域にあり、どこの国の庇護下にもなく干渉を受けるいわれはない。
だが、そんな理屈、国や街の支配者には通じない。
目の前に美味しそうな果実があればむさぼる。それだけだ。理屈なんて関係ない。
「さて、どう対処しようか」
俺は、もともと予定していた対応策のうちどれがいいかを検討し始めた。なるべく穏便にするつもりだが、相手の出方次第では血の雨が降るだろう。
税金を納めろというなら喜んで収めよう。だが、この街そのものを手に入れるつもりなら、そのときは……。
俺は平和主義者だが、けっして非戦闘主義者ではない。
平和とは高級な嗜好品で、血を対価に手に入れるものだと理解しているのだ。




