第十六話:創造主の悪ふざけ
圧倒的な勝利で、【戦争】が終わる。敵対する魔王すべての水晶を壊すという勝利条件を満たしたのだ。
目の前で、愛しい娘たちが抱き合って歓声を上げている。
竜人となったワイトは腕を組んで満足げに頷いた。
ちなみに、【鋼】の魔王ザガンは傷ついた体を引きずるようにして距離を取り、墓石に背を預け能力でミスリルの義手を作り両肩にはめ込んでいた。案外、器用な奴だ。さすがは【鋼】の魔王。
【戦争】が終わったことで、創造主により元の場所に転移させられるはずだが、なかなか転移される気配がない。
理由を考えるだけ無駄だ。あの気まぐれな創造主の思考を読むなんて誰にもできない。
その間に状況を確認しておこう。
「クイナ、ワイト。こっちに来てくれ」
第一部隊の隊長であるクイナと防衛部隊の隊長であるワイトを呼び出す。
もはやワイトはワイトではなく、黒死竜ジークヴルムだ。本来ならジークヴルムと呼ぶべきだろうが、ワイトと呼んだほうがしっくりくる。
名前を与えるまではワイトと呼ぶようにした。
「おとーさん、来たの!」
「我が君、どのようなご用件で」
二人が駆け寄ってきた。
クイナは駆け寄りついでに俺の右腕に抱き着いてきている。
きっと、俺と離れていて寂しかったのだろう。
可愛い奴だ。
「隊長を任せた二人に隊について報告をしてもらおう。まず、第一部隊を任せたクイナ。水晶を壊したようだが、隊員に被害はでなかったか?」
クイナにはハイ・エルフや、あまっていたイミテートメダルで作った魔物たちを任せていた。
クイナとロロノが居て彼らが死ぬようなことはないと思うが、きっちりと確認しておこう。
「怪我した子が何人かいる。でも軽い怪我だし、エルちゃんのリンゴを食べてるから、ほっとけば治るの。死んだ子は一人もいないの」
俺は一安心する。
そうか、誰一人欠けずに済んだ。
「水晶は砕いたようだが、【粘】の魔王はどうした」
「殺してないの。【粘】の魔王のダンジョンの最奥にクイナぐらいに強い魔物がいたから、どうしてそんな魔物がいたかを話してもらう代わりに殺さないって約束したの。おとーさん、おとーさんの敵ずるい。みんな親の魔王の魔物をもらってたの! 三人で組んでそれぞれの親から別の子っていう反則を使っているの!」
その言葉を聞いて納得がいった。
白虎は強すぎる。おそらく、まともに戦えばクイナたちですら一対一では勝てるか怪しい。
そんな魔物を【鋼】が作れるとは思えなかった。
【鋼】陣営のやり方は卑怯だとは思うが、俺も【刻】の魔王のカラスの魔物を使っているのであまり強くは言えない。
あの魔物は交渉と、交換で手に入れたものだが親の世代の魔物を使ったことには変わりない。
「【鋼】陣営はそんなことをして強い魔物を手に入れていたのか。クイナたちはそんな強敵を倒したんだな。すごいぞ」
クイナの頭を撫でる。キツネ耳とやわらかな髪が気持ちいい。
クイナは目を細めながら口を開く。
「おとーさん、一番強い魔物を倒したのはクイナじゃなくて、ロロノちゃん。ロロノちゃん、おとーさんの【誓約の魔物】になってすごい力に目覚めたの! あとでたくさん褒めてあげて」
「ロロノを後で褒めておく。でも、今は隊長の役割を無事果たしたクイナを褒めないとね」
「やー♪」
クイナは上機嫌になってより強く抱き着いてくる。
今日の夜は尻尾のブラッシングをしてあげよう。
クイナはブラッシングが大好きだ。
「次はワイトだ。被害状況を教えてくれ」
「はい、スケルトンが二四体が犠牲になりました。ただし、二〇体はワイトのときの私の能力で蘇生が済んでおります。そして、四体はジークヴルムになった私の能力で強化蘇生しております」
ワイトが魔物たちを蘇生できたように、ジークヴルムにも魔物の蘇生能力がある。
それも、死んだときよりも強化しての蘇生だ。
だが、デメリットがないわけではない。ワイトの蘇生は何度でもかけることができたが、ジークヴルムの強化蘇生は一体の魔物につき一回切りしか使えない。より慎重な魔物の運用が求められる。
「そうか、よく犠牲を出さずに持ちこたえてくれた」
ワイトの蘇生が使える回数は二〇回程度しかない。それ以上に殺されていたら蘇生が追いつかなかった。
ワイトだからこそ、その程度の被害で切り抜けることができた。
「お褒めいただきありがとうございます。ただゴーレムと武器類の被害は甚大です。ゴーレムについては、三〇体が破壊されました。重機関銃については四丁が失われ、火炎放射器は一〇丁を壊され、アサルトライフルについては二五丁もの被害が。我が君の貴重な戦力を失ってしまい申し訳ございません」
「ゴーレムも銃もいくらでも作れる。魔物たちの命を優先してくれたおまえを俺は誇りに思う。さすがは俺の右腕だ」
ゴーレムと武器を惜しんで、魔物を失うよりはずっといい。
ワイトはそのことをきちんと理解して指揮している。だからこそ信頼できる。
「なんという、ありがたきお言葉。今後はよりいっそう精進していきます」
優雅に一礼する。ワイトのときから慣れ親しんだ仕草。
だが、身目のいい初老の竜人の紳士となったワイトがそういった仕草をすると様になる。
もし、俺が女なら惚れていただろう。
ワイトに詳細な話を聞いていく。
ダンジョンの被害状況、無数の罠をどう使い、相手はどういった反応をしたかなどを事細かく。
実戦は最大な実験機械だ。これ以上に学べる機会は存在しない。より強いダンジョンにするために可能な限り生きた情報を得ないといけない。
そうしていると、一人の少女が現れた。
俺の同年代の気の強そうな緑髪の少女。保険として水晶の部屋に待機してもらっていた【風】の魔王ストラスだ。
「凄まじい戦いだったわ。プロケル、私は自分の想像の二段階上ぐらいにはあなたがいると思っていたけど。そのさらに上にいかれるなんて夢にも思っていなかったわ」
「参考になったか?」
「ええ、さすがにあなたの戦術をそのまま真似るのは不可能だけど、考え方や姿勢、いろいろと勉強になったわね。いろいろと発想を得ることができたわ」
さすがはストラスだ。彼女は前向きかつ努力家だ。
「それは良かった。とはいえ、手札はほぼ晒したから、今のままストラスと戦うのが少し怖いよ」
「それはないわね。……こんなものを見て、それでもあなたに戦いを挑むのは頭のねじが二、三本抜けてないと無理ね。第一、私はあなたのことを友達だと思っているわ。そうでないと、わざわざ自分のダンジョンを留守にしてこんなところに来ない。もっとも、あなたが私の【風】目当てで攻めてきたときは話は別だけど」
「俺はそこまで恩知らずじゃないよ。俺だってストラスのことは友達だと思っている」
真っ先に駆けつけてくれた友を欲望のために倒す。それは完全に魔王の道を外れている。
「友達。いい響き。……結局私が来た意味はなかったわね。むしろあなたに気を使わせたあげく、一方的に学ばせてもらって、少し申し訳ないわ」
「それは違う。ストラスが最後の守りの役目を担ってくれたから俺は大胆に攻められた。さすがの俺も保険なしに切り札であるクイナ、ロロノ、アウラの三人を攻めの駒には使えなかった」
今回の作戦の根幹は、ワイトへの信頼。今回は使用しなかった絶対防衛領域である第三フロア。それすら超えられても最後の最後はストラスが居るという安心の上に成り立っている。
ストラスの存在そのものが、作戦に貢献しているのだ。
「その言葉、ありがたく受け取っておくわ。でも、魔王としては失格よ。ここは知らないふりをして、借りた恩をなかったことにするように話を進めるべきよ」
「それを言ったら、ストラスだって同じだろう。自分が役に立たなかったなんて言う必要はない。駆けつけた事実だけを強調するべきだ」
お互いに顔を見合わせて笑う。俺たちは友達だからすべてを正直に話した。それで十分だ。
「プロケル、あなたのワイト……いえ、ジークヴルムと少し話させてもらっていいかしら?」
「かまわないが、なぜだ?」
「少し気になることがあるの」
ストラスは真剣な顔でワイトを見ていた。
ワイトがストラスの前までくる。
「どうなさいましたか、ストラス様」
「私はあなたの主じゃないわ。へりくだる必要はないわよ」
「いえ、あなたは我が主の盟友でございます。あなたに失礼な態度をとれば、我が主の品位を疑われてしまいます」
ワイトの言葉を聞いて、ストラスが小さく笑う。
「ふふっ、あなた面白いわね。私のところにスカウトしたいぐらいよ」
それは本気の言葉だろう。
ワイトは優秀な奴だ。もとから智謀に優れていたが、今は特級の武力まで兼ね備えている。
「ごほん、ねえ、あなた。体に異常はない? どんな些細なことでもいいわ。ワイトだったころと何かが変わった?」
「……難しい質問ですね。種族そのものが変わったので、ありとあらゆるものが新鮮ですし。常に【狂気化】を押さえつけているので違和感しかないというが本音です」
「そう……そう言った変化だけならいいのだけど」
「ストラス、どうしてそこまでワイトのことを気にする」
「【新生】を使ったからよ。私の親である【竜】の魔王アスタロト様が言っていたの。【新生】は強すぎるし、便利すぎる。あのひねくれもので、魔王たちの困惑と苦悩が大好き、悪質な愉快犯の創造主が、魔王を喜ばせるだけの能力を与えるわけがない。絶対に落とし穴があるってね」
似たようなことを俺の親である【獣】の魔王マルコも言っていた。
現存する最強の三柱。【竜】【獣】【刻】そのうちの二人が揃って警告をしている以上、無視はできない。
しばらくはワイトから目を離さないようにしよう。
「ワイト、少しでも異変を感じたらすぐに俺に伝えるようにしてくれ」
「かしこまりました。我が君」
ワイトが神妙に頷く。
ワイトにこの力を使ったのは軽率だったかもしれないが、そうでもしないとワイトを失っていた。この力があったからこそワイトを失わずに済んだ。そのことは創造主に感謝しないといけない。
……たとえ、これから何があったとしても。
「ストラス、もし何かあったらおまえにも手紙で情報共有をする」
「助かるわ。そうね、もしワイトにしばらく何もなかったら私も新生を使ってみようかしら。……正直、その力にはあこがれるの」
「だな、この力は強すぎる」
ストラスの【誓約の魔物】は一体を除いてBランク。俺以上に【新生】を使いたい気持ちは大きいはずだ。
それにしても、なかなか転移が起きない。
そう考えていたときだった……。
『星の子らよ。普通ならここで解散となるのだが、おもしろそ……ごほん、我をこれほどまでに楽しませてくれた諸君らのために褒美として歓談の場を設けよう。我が円卓に招く。拒否権はない。これは我の命令だ』
疑問や文句が出るまえに、頭を衝撃が襲う。
意識が遠くなる。
いい加減に慣れてきた転移の気配。
俺の体が飛ばされる。
目を開く。
すると、巨大な円卓に用意された席に座っていた。
周りを見回すと、【鋼】の魔王ザガン、【粘】の魔王ロノウェ、【風】の魔王ストラスが居た。
おそろしく、険悪かつ気まずい空気が流れる。【粘】の魔王は、殺意を込めた目で【鋼】を見て、騙された。殺してやるとわめいている。
【鋼】は【鋼】でストラスを睨んでいた。
そんな中、円卓の頂点にスポットライトが当てられる。
ものものしい音楽が鳴りはじめ、光が点滅する。チープで人をおちょくっているような印象を受ける。
そして、それは現れた。
全身を黒と金が入り混じったローブで纏い、白くて長い髪と髭。
老人だった。しわくちゃの肌。節くれのような腕。
だが、不思議と畏怖と恐怖を与える。
「さて、こうして姿を見せたのは初めてだ。我が創造主。君たちの生みの親だ。さあ、我が用意したこの場にて、ぜひ親交を深めてくれ」
そうして、この場にいる全魔王がまったく望んでいない歓談が始まった。




