第十三話:指揮官の器
白虎は静かに体を休めていた。
ミスリルゴーレムを倒したものの、ダメージはけして少なくない。それほどまでに、ミスリルゴーレムの放つ一撃一撃の威力は凄まじかった。
優れた治癒力も白虎の長所の一つだが、さすがに短時間で全快とまではいかないだろう。
「仮初の主よ。気が散る。落ち着け」
己の誓約の魔物である、中身のない動く鎧キリングアーマーに包まれた【鋼】の魔王ザガンはさきほどからせわしなく体を揺すっていた。
「落ち着いてなんていられるか! 【粘】の馬鹿が倒されたんだぞ」
【粘】から借りていたスライムたちが消えたことで、【粘】の魔王ロノウェの水晶が壊されたことが明らかになった。
つまり、【粘】の魔王ロノウェが従えていた強力な魔物であるオリハルコンガーゴイルすら打ち砕く強力な魔物が、戻ってくることを意味する。
それどころか、防衛ではなく【鋼】の魔王のダンジョンに即座に向かっていればたやすく水晶を砕かれてしまうだろう。
それまでに、【創造】の水晶を砕かなければならない。
「だからこそ、落ち着け。焦ってなんになる。魔王は常に冷静でいなければならぬ。焦れば判断を誤る。焦りは配下の士気を下げる。その程度のことすら学んでおらぬのか?」
白虎は、あきれた口調で告げる。
だが、その言葉は【鋼】の魔王ザガンをより苛立たせるだけに終わった。
わめくザガンを無視し、白虎は体を休めることに専念し始めた。
ようやく、足の遅い魔物たちが追いつき、進軍可能な準備が整ったとき、突如それは現れた。
背後……、五〇〇メートル先に壁にうまく偽装された横穴から二体のミスリルゴーレムが現れたのだ。
手には、重機関銃。
まずい、白虎が全身の毛を逆立てる。
次の瞬間だった。
二体のミスリルゴーレムの重機関銃が火を噴いた。
白虎の背後に居た【鋼】の魔王ザガンの配下の魔物たちが次々に凶弾に倒れていく。
「うわあああああああ、なんだ、なんだよぉぉぉ、後ろからなんて卑怯だぁぁ、全軍、はやく次のフロアに行くんだぁぁぁ」
半狂乱で【鋼】の魔王ザガンは背後からの銃弾の嵐から逃れようと部隊に指示を出す。
「待て、仮初の主、それはあまりにも」
すばやく、背後の敵を排除しようとした白虎。しかし、背後にひしめく友軍が雪崩のようにこちらに向かってきているせいで、見動きが取れない。
「いいから、はやく次のフロアに行くんだよぉぉぉぉ。フロアをまたげば、あの攻撃は届かないんだ!」
そして【命令】されてしまった。
仮初の主とはいえ、魔物は魔王の命令に逆うことはできない。意に反して体が動く。
「よく聞け、わしらは意図的に追い立てられている。次のフロアになだれ込むように誘導されているのだ。ならばその先には」
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
忠告すらば命令で封じられる。
我先にと、次のフロアに向かう【鋼】の魔王ザガンに並走する。彼は自らの作り出した精鋭部隊を先頭にし、その後ろに自ら、そして極限まで鍛え上げられた変動Aランクの魔物二体を並べる陣形を組ませた。
白虎は奥歯をかみしめる。
してやられた。
敵軍の将はこちら側が気を緩める一瞬をずっと待ち続けていた。
大量のゴーレムたちを砕かれ、戦力を削られ続けながらも切り札を使わず、辛抱強くもっとも致命的な瞬間を選んだ。
全軍がそろい、いざ、次のフロアに! その瞬間の奇襲で【鋼】の陣営はぼろぼろだ。
加えてミスリルゴーレムの銃弾を掻い潜りうる、白虎の動きは後続の友軍によって遮られるのも計算のうちだろう。
そして、【鋼】の軍勢は、斥候すら出せず、一切の準備がない状態で、恐慌状態で次のフロアに全力でつっこむことになってしまう。
白虎は考える。もし、自分が敵軍の指揮官であれば、そんなカモ罠で一網打尽にする。そして、そのことを【鋼】の魔王に伝えられないのが歯がゆかった。
「よし、抜けたぞ!!」
【鋼】の魔王ザガンが歓喜の声をあげた。
目の前に広がるのは巨大な墓石な並ぶ墓地地帯、入り口の付近だけ開けた平地になっていた。
敵は見当たらない。
少しでも前へ、彼の軍勢は足を速める。
そして、彼の近衛であるBランクの魔物が先陣を切り……深い谷底に落ちた。
数秒後、何かが砕ける音が聞こえた。
とてつもなく深い穴、しかも幅も大きい。三メートルほど。入り口付近では気付けなかったが、近寄ればだれでも気付けるものだった。もし、冷静さがひとかけらでもあれば引っかからなかっただろう。だが、その冷静さを奪われてしまっていたのだ。
被害にあったのは、先頭にいた【鋼】の魔王の精鋭だけ。残りはぎりぎり踏みとどまった。
しかし……
「来るなぁ、お前らとまれええええええ」
【鋼】の魔王の命令によって全速力で後続が押し寄せてきていた。
慌てて、【鋼】の魔王ザガンが止まるように命令をするが、勢いが止まらない。
後続の魔物たちは、全力で奈落のそこへ、【鋼】の魔王ザガンを叩き落そうとする形になっていた。
「あいつらを壊せ! 白虎、アークデーモン」
【鋼】の魔王ザガンの命令により、後続の友軍を白虎と、アークデーモン。二体のAランクの魔物は攻撃する。
二体のAランクの攻撃は強力で、【鋼】の支配する魔物たちを粉々に砕く。
おかげで、なんとか奈落の穴に落ちることは免れた。
白虎は、殺意を込めた目で【鋼】の魔王ザガンを見る。
よくも、よくも、味方殺しをさせたな。
武人である彼にとって、それは最大の屈辱だった。
殺したい。この害しか生まない屑を。
だが、その時間はない。
なぜなら、奈落の穴の先には……。
ミスリルゴーレムと、スケルトンたちが居た。平地と墓地地帯の境目にある墓石に隠れていた彼らが姿を見せたのだ。
ミスリルゴーレムは重機関銃、スケルトンはアサルトライフルを構え、扇状に広がっている。
白虎は、苦笑する。当然だ。追い立てた先には罠を仕掛けるのは常道。
一斉放火。
こちらの体勢は最悪。
全滅してもおかしくない状況。だが、冷静に対処すれば問題ない。
そう考え行動に移そうとした瞬間だった。
「ひっ、ひぃぃぃ、白虎、アークデーモンなんとかしろ、全力で、はやくぅぅぅ、すぐに」
あまりにも愚かな命令が【鋼】の魔王から放たれた。
二体の極限まで鍛えられた最強の魔物たちが、その命令により動き出す。……そう、全力で。
アークデーモンが闇の障壁を全力で展開する。
その障壁で、【鋼】の魔王ザガンの軍勢を守る。
彼の圧倒的な魔力で展開される障壁、その闇の障壁はたやすく、すべての銃弾を弾き飛ばす。とてつもない魔力消費を引き換えに。
本来は、対軍防壁として展開する渾身の切り札。アークデーモンであれば、こんなものを使わずとも、もっと少ない消費で【鋼】の魔王を守れた。だが、全力でという命令で無理やり使わされてしまった。
そして、白虎のほうも異変が起きる。大気が震えるほどの魔力の高まり。
【鋼】の魔王ザガンの命令、全力で、速く。その強制力によって、己が最大の切り札を発動させる。
その名は……。
「【雷刃白虎】」
それは白虎の切り札。
自らの体を白い雷に変化させる。
白く輝いた。次の瞬間にはミスリルゴーレムは粉々に砕ける。
白い雷は、弧を描くように奔る。
意思を持った雷光。
扇状に展開していたスケルトン、そのすべてが刹那に消滅する。
雷に変化した白虎の体が元に戻る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
白虎は大きく肩で息をしていた。
無理もない。それは、彼にとって最強にして最後の切り札。雷鳴の速度と必殺の破壊力を持つ。彼がこの技を使って殺せなかった敵はいまだかつてない。Sランクすら狩れると自負する。正真正銘の必殺技。
一日に一度が限度の絶技だ。
名を与えられたときに得た限界を超えた力。
その代償は大きい、魔力の八割を失い。傷ついた体はさらに弱り、体力は根こそぎもっていかれた。
白虎の忍耐力は限界に来ていた。
切り札を、己が認めた強者しか使わないと決めた技を、無駄撃ちさせられた。
この状況、もっと効率よく打ち砕く方法はあった。
だと言うのに……
「お主! お主はいったい、なんのつもりで」
怒鳴ろうとした瞬間だった。
【鋼】の魔王ザガンが吹き飛ぶ、強い衝撃を額に受け、仰向けに。
キリングアーマーのヘルムがぱっくりと割れ、彼の額から血が流れる。
死んではいない。だが、相当の衝撃があったようで、脳が揺らされ【鋼】の魔王ザガンの目はうつろ。
周囲に敵影はない。わけがわからない。
だが、考えるより先に体が動く。白虎は奈落の穴を飛び越え、【鋼】の魔王ザガンに覆いかぶさり、体毛に魔力を込めて、硬質化。次の瞬間、衝撃、激痛が肩に走る。
この痛みは、ミスリルゴーレムの一撃とほぼ同等。
防御力が高いキリングアーマーのヘルムが砕けるわけだ。もし、自分がここで庇わなければ【鋼】の魔王ザガンは二撃目で即死だった。
攻撃を受けた角度、その方向をにらみつける、一キロ先に高台が用意され、可愛らしい金髪のエルフが長い筒を構えていた。
そこで、確信する。
落とし穴は囮、その先に待ち構えていたゴーレムやスケルトンすらも囮、本命はこの狙撃。初めから魔王殺しが狙いで、相手はこの戦争をここで終わらせるつもりだった。
視界にとらえた以上、思考が読める白虎に弾丸が当たることはない。【鋼】の魔王ザガンの首根っこを咥え、己の背中に乗せる。毛を絡みつかせ落ちないようにする。
三撃目、四撃目、を躱し、さらに逆方向の死角から放たれた、もう一体のエルフの狙撃を回避。
白虎はエルフを視界に収めたことで、思考を読み伏兵の存在に気づいてたからこそ、躱せた。
もし、その能力がなければ攻撃をもらっていただろう。
伏兵は、五〇〇メートル先の木の枝に隠れての狙撃。彼が思考を読めるのは、半径一〇〇メートル以内と、視界に収めた相手のみ。
今のはかなり危なかった。
一体、何重の罠が仕掛けれているのか。
これで終わりと思いたいところだが……。
上空を、グリフォンたちが舞う。そして黒い塊を落としてくる。
それはナパーム弾。
その存在を白虎は知らない。だが、危険でないはずがない。
アークデーモンに視線を送り、全力で駆けぬける。
二体は奈落の穴を飛び越え、少しでも前へ、何体かの【鋼】の魔物も後に続く。半数ほどは奈落の穴を飛び越えることができずに落ちていく。
そして……ナパーム弾が地面に着弾。地獄絵図が描かれた。
着弾したナパーム弾は、爆炎で平地を飲み込み、そして燃え続けた。
奈落の穴を超えられなかった魔物たちは、一三〇〇度に至る超超高温に焼かれ続け、灰になる。
そして、今なお【鋼】の魔王ザガンの命令に従った後続の魔物たちは今なおこのフロアに現れ続け自ら地獄の炎に飲み込まれる。
かといって、前のフロアに戻る選択肢はない。そこにはミスリルゴーレムの重機関銃の掃射が待っている。
ここに来て白虎は理解する。完璧に嵌められた。【鋼】の魔王のザガンの魔物はほぼ壊滅だ。
残った【鋼】の魔王の戦力は白虎とアークデーモン、そして運よく爆撃を逃れた十体程度の魔物だけ。
白虎は生き残りを連れて墓地地帯に入る。平地は危険すぎる。
しばらくして、【鋼】の魔王ザガンが目を覚ます。
「仮初の主よ。これからどうする」
「とにかく、進め、進むんだ、ここは危ない」
「初めて意見があったのう」
【鋼】たちの陣営は墓地地帯の中に、周囲を壁に囲まれた場所を見つけ、ようやく体を休めることができた。
白虎は周囲を自らの力で探り、敵が近くに居ないことを確認し、さらに長距離射撃を警戒し、自らと【鋼】の魔王を射線が通っていないところに移動させた。
「白虎、なんだ、なんだこれは、僕はいったい何をされた、この一瞬で、何がどうなれば、僕は怪我をして、たくさんの魔物が殺されるんだ。教えてくれ、教えてくれよ」
【鋼】は、よほどさきほどの一撃に恐怖を感じているのか、膝を抱えて震えていた。
彼の纏っていたキリングアーマーが消滅し、生身を晒していることも彼を追い詰めていた。
「これが【創造】の力と言うことだ。ろくに手駒もないのによくやる」
白虎は、称賛の言葉を贈る。
今まで現れた魔物はBランクがもっとも強い魔物。それもごく少数。それなのにここまでの戦闘力を見せてきた。
そして、なによりも特筆するべきは、相手の指揮官。
計算高く、周到、大胆さを併せ持ち、引き際も弁えている。
いったい、どれほどの漢か。
会ってみたいものだ。
そう考えていた頃だった。
彼の思考感知圏内にスケルトンが複数体入ってきた。迎え撃つ。
奇襲するはずだったのに先手を打たれたスケルトン二体は慌てずにアサルトライフルで牽制射撃をしてきた。
白虎は無視して突っ込む。この程度の攻撃なら己の体毛で耐えられる。スケルトンたちは射撃を続けながらも後退する。
逃がさない。白虎は足に力を込める。
あと少しで爪が届く、その瞬間だった。怪しげなノズルを持った二体が奥から現れる。スケルトンごとき、恐れるまでもない。そう理性は言っているが、彼の本能が後退を選ばせた。後ろに飛ぶ。
噴出されたのは炎。その色は、さきほどグリフォンたちが巻き起こした地獄の炎と同じ色。
白虎は冷や汗を流す。いかに己の体毛でもあの消えない超高温の炎がまとわりつくのは危なかった。
スケルトンたちは、アサルトライフルで弾丸を撒きながら、狭い通路に逃げ込む。そしてゴーレムが巨大な体躯で完全に道を塞いだ。ゴーレムを倒すころには、スケルトンたちは消えていた。
「こっちを休ませないつもりか」
白虎は、そうごちる。
そして、それは正しかった。
迷宮突破を目指し、少数精鋭で進軍する【鋼】陣営のもとに、何度も襲撃があった。
いやがらせのように、スケルトンたちは攻撃を加え、ゴーレムを壁にして撤退する。
それが何度も続く。ときには墓場に用意された別の罠を利用して、ときにはハイ・エルフの狙撃を交えて。ときには、ドワーフの土魔術を利用して地形すらも変えて利用しながら。
その都度、対処に苦慮する。
消極的な攻撃ばかりで、こちらの被害は少ない。だが、自分以外の精神疲労がまずい。とくに【鋼】の魔王はいつ切れてもおかしくない。
その攻撃が一〇回目を超えたころ、白虎は一つの決断をする。
「仮初の主よ」
「なっ、なんだ白虎」
「お主という、足手まといを抱えたまま、このフロアを突破するのは不可能だ」
さきほどから、スケルトンたちに好き勝手されている。
墓地地帯に入ってから、倒せたのはわずか一〇体のみ。
【鋼】の魔王ザガンを守らないといけないという制限が重くのしかかっている。
「じゃあ、どうするって言うんだよ」
「ここは、三方を壁に囲まれ奇襲がされにくい。アークデーモンが居れば、お主を守り切れるだろう。お主はそこで休んでおけ」
「おまえはどうするんだ?」
「先ほどの魔物の思考を読んでな。指揮官の魔物が居ること、そして奴の居場所がわかった。先行し、単騎にて砕く。指揮官さえ居なくなればあとは烏合の衆になるだろう。わし一体ならそれが可能だ」
それは強がりではない。
確かに自分は傷つき、魔力は果て、疲労は全身を襲い、切り札は使った。
だが、それでも可能だ。白虎には最強の魔物の自負があった。
「わかった、頼む、僕はここで待ってるから、はやく、なんとかしてくれ」
「おうよ。邪魔はしてくれるなよ」
そうして白虎はたった一人で先に進む。
一筋縄では、いかないだろう。
もしかすれば、辿り着くことすらできず死ぬかもしれない。
だが、そんなものよりももっと大きなものが彼を突き動かしていた。
それは、自分を待ち受ける漢との対決への期待。
彼はその期待を胸に、全力で疾走を始めた。




