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第十二話:ワイトの忠誠

【鋼】の魔王ザガンが従える二体の変動Aランクの魔物。

 そのうちの一体は白金色と黒のコントラストが美しい虎型の魔物だ。

 種族名は白虎。

 魑魅魍魎が跋扈するAランクの中でも特に飛びぬけて強力な魔物だった。


 彼は、【誓約の魔物】ではないが名を与えられていた。

【誓約の魔物】は、魔王と深く結びつき魔力と魂を共有する。そのため、魔王側の負担は少ない。

 だが、名前を与える場合には、魔王から一方的に力を与えるだけだ。繋がりは存在せず、魔王の全魔力を注がれることで魔物の潜在能力が開花するだけにとどまる。


 魔王たちは、滅多なことでは名前を与えない。

 全魔力どころか、限界を超えて魔力を搾り取られる。その反動はすさまじく、半月近く魔力が回復しない。

 魔力が回復するまでの間、魔王は無防備になる上、魔力を使うスキルが使えなくなる。

 逆に言えば、この白虎には、魔王がそこまでして名前を与えるほどの能力があり、さらに信頼されているということだ。


「仮初の主よ。わしがこのフロアの守りを貫いてこよう。なかなかに楽しめそうだ」


 愉悦の表情を浮かべながら、のっそりと白虎は歩き出す。


「まて、サポートの魔物をつける」

「いらぬ。足手まといになるだけだ」

「だが、少しでも勝率をあげるために

「いらぬと言っている。わしの邪魔をするなら……殺すぞ?」


 支配しているはずの魔物の一睨みで【鋼】の魔王は委縮する。

 白虎は一切の敬意をこの【鋼】の魔王に払うつもりはない。

 あくまで、主が面白い魔王が現れたという言葉に興味をもってやってきただけだ。

 この【戦争】に介入した三人の旧い魔王。主以外の魔王は今の立場を守るために若い芽を摘みに来たが、白虎の主は違う。

【創造】の魔王プロケルを試すために試練を与えると決めたのだ。


 たとえ、結果的に【創造】の魔王プロケルが敗れたとしても、白虎から見て、見込みがあると感じたのなら、殺されないように手を回せと命令を受けている。

 白虎の能力は、圧倒的な身体能力に、それを高める高度な身体能力強化魔法。魔力を込めれば込めるほど強化される物理と魔術の双方に優れた耐性を持つ毛皮、さらに強力な精神干渉能力。

 最後の精神干渉を使えば、プロケルを殺させないことはできるだろう。


 魔物たちは、自らを支配する魔王に対して受けている制限は二つしかない。

 1.魔王の命令に逆らえない

2.魔王に攻撃を加えることができない

 逆に言えば、それ以外のことは好きなようにできる。


【鋼】の魔王の思考を誘導するぐらいは可能だ。

 ときに魔物たちは魔王を利用し、食い物にする。だからこそ、一部の魔王たちには、魔物たちを信用できず、知性のある魔物を避ける傾向があった。


「なっ、なんだ、その態度。僕は、おまえの主だぞ」

「ならば。わしが従いたくなるような振る舞いと器を見せてほしいものだな」


 白虎は話は終わったとばかりにダンジョンの中に向かう。

 その途中で、予備兵力として残っていた魔物のうち、【粘】の魔王から【鋼】の魔王が借りていたスライムたちの存在が薄れていき消滅した。


 それは、【粘】が水晶を砕かれた証。

 この短時間で、【粘】のダンジョンを攻略してみせたのか……面白い。確かあそこにはオリハルコンガーゴイルがいたはずだ。あれは自分でも手こずる魔物。白虎の中でプロケルへの期待が高まる。

【鋼】の魔王の心を読むとそこにあるのは、恐怖と焦り。

 そして、白虎にすがる思い。

 なんとか、このダンジョンを突破してくださいという声が聞こえてきた。


 白虎は内心で深いため息をつく。

 仮初の主とはいえ、どうしてこんな小物に仕えないといけないのだろうか。

 まあいい、ここから先、今までの退屈を吹き飛ばすようなものがあればいい。

【創造】の魔王プロケルが、このような小物とは違うことを祈る。


 そんなことを考えながら、白虎はダンジョンに入っていった。

 ダンジョンに入るとき、己の真の主の言葉を思い出す。


「コハクよ。もし、【創造】が俺の期待通りならば、たとえ敗れるにしても、おまえを納得させるだけの力と器を見せることだろう。だが、俺の想像を超える器ならば、戦場でおまえは死ぬ。俺は、そうなることを祈っている。魔王……星の子は、人間を導くための装置でしかない……その運命を振り払う者。こちら側に引き込む価値のある男を見つけられるのであれば、おまえを失ってもいいと思っている。さて、コハクよ。この役目を受けてくれるか」


 主にそこまで言わせる男。

 血がたぎる。

 今回の命令は断ることが出来た。だが、断らなかった。

 己は強くなりすぎた。最後に全力を振るったのがいつだったのかも思い出せない。

 このまま腐っていくぐらいなら、全力で戦って死ぬことを選びたい。

 己でないと、【創造】の器を試せないと言うのなら喜んで死地に向かって見せよう。


 ◇


 白虎は、長い長い洞窟に入る。

 そして、戦闘モードに意識を切り替える。

 視界の先に、ミスリルゴーレムを捉え、走り出す。

 己の能力で、ミスリルゴーレムの思考を読み取り始めた。


 白虎は半径一〇〇メートルに存在する、もしくは視界に収めている。どちからの条件を満たした相手の思考を読むことができる。時間と魔力をかければ精神干渉すら可能。その能力で常に相手の行動を読みとり、さらに圧倒的な戦闘経験と身体能力で最適な対処を実行できる。

 それが白虎の強さの秘密だ。

 無機物のゴーレムにも意思というものが存在する。ゆえに、容易に読み取れる。

 白虎は三歩でトップスピードに乗る。


「来るか」


 ミスリルゴーレムの思考を読んだ白虎は鋼の凶弾が放たれると同時、いやその前に、床を蹴り、壁を蹴り、そして天井に張り付き駆ける。

 物理法則を無視したような挙動も、白虎なら可能だ。

 天井を走る白虎の下を銃弾が通り過ぎていく。


 その脅威を肌で感じ、白虎は何発までなら耐えられるかを計算する。

 おそらく、十発程度。

 物理耐性に優れた体毛に魔力を注げばそこまでは耐えられる。

 この遠距離攻撃の圧倒的な攻撃力の秘密は、武器自体が恐ろしく優秀なこともあるが、ミスリルゴーレムの攻撃力が上乗せされていることも大きい。ミスリルゴーレムは総合力はBランク程度だが、ひどく鈍重な代わりに、おそろしく力が強い。筋力値だけならAクラスに匹敵する。この武器なら鈍重さを補い、長所だけ活かせる。【創造】の魔王は、うまい使い方をする。


 ゴーレムが重機関銃の角度を調整していく。

 天井すれすれに弾が飛ぶようにして、白虎を捉えようとした。

 そのタイミングを白虎は読んでいた。すばやく着地してこんどは限界まで体を低くして走る。

 地面に落ちるまでに二発弾が掠めた。もし、物理耐性が高い白虎でなければ即死ではなくとも大きなダメージを受けバランスを崩し、次に続く弾丸の餌食になっていたのだろう。


「その攻撃、確かに強力だ。だが、上下の素早い動きには対応できない」


 ほとんど逃げ場がない、直線の洞窟。

 その中で、唯一の活路。

 それこそが、素早い上下の動きだった。

 天井ぎりぎり、床を這うような動き。そのどちらも命中させるのが難しく。ゴーレムたちは照準を直すのに手間どる。

 天井と地上を行き来しながら半分以上踏破したころ、地面が爆発した。プロケルがしかけていた地雷が発動したのだ。


 しかし、白虎の速度が速すぎて地雷が作動するころには、はるか前方。

 横穴に隠れているゴーレムたちも無力だった。

 横穴はうまく偽装されて見た目ではわからないが、白虎は見えなくても自分のテリトリーに入りさえすれば、心の声が聞こえてしまう。

 さらに、ここでも白虎の速度が活きた。

 あっという間にすり抜ける。横穴で待ち構えていたゴーレムたちの攻撃が次々に空をきる。

 彼に不意打ちは通用しない。


「油断してきたところでこれか」


 途中で、白虎は息を止めた。

 強力な毒が大気に含まれていた。わずかに毒を吸ったが、自己治癒が追いつく範囲だ。とはいえ、吸い続けると体の自由が奪われるだろう。そういう毒だ。

 白虎は笑っていた。本当にいろいろとやってくれる。

 息を止めていられる時間に限りはある。早急に突破しなければ待っているのは死。

 最奥に近づくにつれ、ゴーレムの照準の制度、角度補正が速くなっていく。


 思考を読み取り、なお回避が間に合わない。

 全魔力を己の体毛に注ぎ限界まで防御力をあげると同時に、極限の集中で辛うじて直撃だけは避ける。

 ここまで直撃は三発。掠めた弾は七発。

 全身を痛みが襲っている。酷使しし過ぎた体は悲鳴をあげてちぎれそうだ。

 だが、それらを意思の力でねじ伏せ、前に進む。

 ついに最奥にたどり着いた。


 傷つき、弾丸を受けつつも鋭い爪で、ミスリルゴーレムの武器を砕く。攻撃手段を奪ったあとは、素手で殴りかかってくるミスリルゴーレムの攻撃をかわし、のど元に食らいついた。ミスリルの体を持つゴーレムが砕けた。


「なかなか、楽しい余興だったのう」


 かみ砕いたミスリルを嚥下しながら、白虎は笑う。

 息を吸い始めたことで、体を大気の毒がむしばみ始めた。

 白虎は、咆哮する。


 それは勝利の雄叫びであると同時に、大気に溶け込んだ毒を吹き飛ばす役割があった。

 ミスリルゴーレムを倒したあとはその場で伏せて、敵の襲撃に備える。


 次のフロアから、またあの武器をもってミスリルゴーレムが現れるかもしれない。

 即座に対応できるように監視する。


 しばらくすると、ぞろぞろと【鋼】の魔王ザガンが配下の魔物と共にやってきた。

 途中で、横穴から出てきたゴーレムたちに襲われたり、自分には通用しなかった地面に仕掛けられている爆弾を踏んで数を減らしているのを眺める。

 ここを離れるわけにはいかない。


 万が一、新たなミスリルゴーレムが現れたとき、即座に対応できなければ甚大な被害を受けてしまうだろう。

 もう一体の変動Aランクの魔物もいる以上、ゴーレムごときに全滅させることは起こるまい。

 焦らず、ゆっくりと【鋼】の魔王たちが最奥にたどり着くのを待つ。

【鋼】の魔王が常に身近に変動Aランクの魔物を置きたがり、うまく扱えていないのは進軍が遅い原因となっていた。

 攻撃に回せば、もっと素早く横穴に潜んでいたゴーレムたちを倒せたというのに。


「ようやくたどり着いたか仮初の主よ。遅いのう」

「どうして、罠とゴーレムたちを処分してくれなかったんだ!」


 開口一番に、【鋼】の魔王ザガンはねぎらいではなく、恨み節をぶつけてくる。

 白虎はもう一段、【鋼】の評価をさげる。魔物に慕われないタイプの魔王だ。


「突破する際にその余裕がなかった。そして、この場を離れるわけにはいかなかった。それだけだ。わしがこの場にいる意味ぐらいわかるだろう?」

「もっ、もちろんだ」


【鋼】の魔王はそう言うが、わかっていない。

 白虎はもう、【鋼】には何も期待しないと決め、全軍が揃い次のフロアへの進軍が可能になるのをじっくりと待っていた。

 さて、次はいったいどんな趣向で楽しませてくれるだろうか。


 ◇


「ワイト様、申し訳ございません。完璧に抜かれました。現在は横穴に潜んでいたゴーレムたちでかろうじて、後続を足止めしています。それも長く持ちません。数が違いすぎます」

「レディ、落ち込むことはない。あれは相手が悪すぎました」


 第二フロアの終点にある屋敷で、ワイトとドワーフ・スミスは次のプランを練っていた。

 第一フロアが、ほとんどたった一体の魔物に突破されてしまった。

 その事実も痛いが、何よりそんな規格外がこちらに向かっているということが恐ろしい。


「レディ、気になったことは?」

「はい、何かしらの手段で、こちらの攻撃を読んでいるようです。そうでないと、あの反応速度に説明がつきません。また、高度な探索魔術を持っている模様です。横穴のゴーレムたちの不意打ちにも気が付き躱してきました」

「ふむ、未来視か、思考を読むのか、単純に超反応速度・超反射神経をもっているか……いずれにしても、その能力と、あの身体能力、そして圧倒的な防御力が重なるのは厄介です」


 白虎の能力を推測し、対策を立てる。

 今、この場には真正面からあれとぶつかって勝てる魔物は一体もいない。策を弄さなければ止めることは叶わない。

 今までの情報を思い返し、分析すると一つ、気になることがあった。

 ゴーレムたちの攻撃はことごとくが読まれたが、大気に潜ませた神経ガスと地雷には、あの魔物は気付けなかった。

 そのあたりに能力を解明するためのヒントがあるだろう。

 その事実、改めていくつかドワーフ・スミスにいくつかの質問をし、詳細な報告と感想を聞いて、おおよそ白虎の能力の正体の見当と、攻略法は思いついた。


「第一フロアのゴーレム、全滅しました。白虎は後続と合流してから攻め込んでくるようです」

「強いだけではなく、かしこく、用心深い魔物ですね。もし、何も考えずに突っ込んでくるなら、後続の魔物たちはもっと削れていたのに」


 ワイトは、そう言いながら仮初の配下たちに次々に指示を出していく。

 第二フロアは、自らの領域。広大な墓地エリアにして迷宮。

 ワイトは自らを強い魔物だとは思っていない。だが、強くなくてもできることは無数にある。

 特に、主が自分の意見を多数取り入れ、作り出してくれたこの場所では。


「怖いです。ワイト様。あんなの、どうやって倒すんですか。D2キャリバーの直撃でもぴんぴんしてました。それにあのスピード、ミスリルをかみ砕く、攻撃力。絶対に勝てないです」


 ミスリルゴーレムを通じて、白虎の戦いを見ていたドワーフ・スミスはすっかり委縮しているようだ。

 それを見て、ワイトは骨だけの手でドワーフ・スミスの頭を撫でた。

 きっと、主ならそうしただろうから。


「レディ、心配するはいりません。勝算はあります。第一、我々の目的は時間稼ぎ。勝つ必要すらない。無数の罠をもって、無数の奇策をもって、せいぜい焦らしてあげましょう」

「ふふ、そうですね。頑張ります」


 ドワーフ・スミスが平常心を取り戻す。

 今は留守にしている、プロケルたち。彼らが戻ってくるまで持ちこたえればいいと考えると気が楽になった。

 

「もう一つ、この戦い絶対に負けない理由があります」

「聞いてもいいですか?」

「我が君、プロケル様がこの作戦を命じたからです。全能たる我が君が、できると思って我々に命じた以上、できないなんてことはありえない。我が君が間違うはずなんてないのだから」


 ワイトは心の底からそう信じている。

 たとえ、その作戦が間違いだったとしても、主の想定以上のことが起きたとしても、自分の力で間違いになんてさせない。成功させてみせる。それこそが、ここにいる意味であり、我が忠誠。


 さあ、ここからが本番だ。

 全力をもって、敬愛する我が君、最強の魔王、【創造】の魔王プロケルの威光を示してみせよう。 

 

 

 

 

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