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第十話:三人目の【誓約の魔物】

 妖狐とドワーフ・スミスたちを引き連れて迷宮を走っていた。

 エンシェント・エルフが無事、【邪】の魔王を倒してくれることを信じながら。


 敵の魔王に、エンシェント・エルフを上回る魔物が居る可能性はゼロではない。

 だが、俺の魔物の中で最速を誇るエンシェント・エルフなら、どんな相手でも逃げることは可能だと判断して決行した。


「エンシェント・エルフ。信じているぞ」


 そう呟き、足を速める。

 エンシェント・エルフが転移で連れ去られてから、一五分ほど経った頃、突如周囲の景色が歪む。


 行く手を阻んでいた壁が、徐々に消えていき、複雑に入り組んだ迷路はただの更地になっていった。

 俺は胸を撫で下ろす。

 そうか、エンシェント・エルフがやってくれたのか。


「みんな、【邪】の魔王はエンシェント・エルフが倒した。すぐにエンシェント・エルフは追いついてくるだろう。もう少し頑張ろう」


 俺の言葉を聞いて、エンシェント・エルフを慕う妖狐やドワーフ・スミスたちが、顔を見合わせて笑った。

 エンシェント・エルフの無事と、俺たちの勝利を喜んでいるのだ。 


 足を止めてエンシェント・エルフを待つことは考えない。

 彼女なら、すぐに追いついてくる。

 今も、敵の猛攻を耐えてくれているワイトたちのために、一秒でも早く水晶を砕かないといけないのだ。


 ◇


 更地になった【邪】のダンジョンのフロアを次々と踏破していった。

 水晶を壊していないので魔物たちは残っているが、ほとんど抵抗らしい抵抗は受けない。


 少し意外だった。

 おそらく、【邪】のダンジョンの魔物たちには自らの意思というものがないのだろう。

 だから、水晶を砕かれれば消滅するのに、俺たちを止めようとしない。


 魔王は、ある程度、魔物を生み出すときに自我の強さを操れる。

 きっと、【邪】の魔王は自我を奪って魔物を生み出している。

 だから、命令を出す魔王が居なければ魔物たちは何もできない。

 そんな彼らを見て、俺の魔物たちにはそうなって欲しくないと思った。


 自分の意思を持って、それぞれの幸せのために動いてほしい。

 俺はたぶん、クイナたちより先に死ぬ。

 天狐、エルダー・ドワーフ、エンシェント・エルフ。彼女たちの種族は極めて長寿で、体がある程度まで育つと不老となる。

 それに対して、俺の寿命三〇〇年。

 彼女たちの人生は、俺が死んでからのほうが長い。

 もちろん、アヴァロンの水晶が砕かれなければという前提だが。

 そんなことを考えている自分がおかしくて笑いそうになる。

 まだまだ、先の話だ。

 今は目先のこの戦争を勝たないといけない。


「ご主人様!」


 明るい声が聞こえた。

 振り返る間もなく、後ろから抱き着かれる。

 背中に柔らかい感触があった。


「おかえり、エンシェント・エルフ」

「はい、無事帰ってきました! ご主人様の期待通り、敵の切り札を打倒して、【邪】の魔王を倒しました」


 エンシェントエルフが抱擁を解いて、隣を並走する。

 彼女は笑顔で、そしてその表情には『褒めて』と書いてあった。

 俺は走りながら、彼女の頭を撫でる。

 さらさらの金色の髪の感触が心地よい。


「よくやった。エンシェント・エルフ。さすがは俺の【誓約の魔物】だ」


 エンシェント・エルフが【誓約の魔物】という言葉を聞いて、目を輝かせる。

【邪】の魔王を倒したことで、彼女を【誓約の魔物】に選ぶことが確定した。

 ただ……。


「ちゃんと褒めてやるのも、名前をやるのも水晶を砕いたあとだ。今は、急いで最奥まで行こう」

「はい! それを楽しみにもうひと頑張りします」


 エンシェント・エルフは元気よくそう言うと、風の魔術を展開した。

 それは正面の風の抵抗をなくし、さらに追い風で背中を押す魔法。ささやかだが、ありがたい。

 足取りが軽くなるし、疲労も少なくなる。

 そうしてよりいっそう、速さを増した俺たちは一気にダンジョンを駆け抜けていった。


 ◇


 そして、ついに水晶の部屋にたどり着いた。

 簡素な部屋の中央にある石の台座の上で、水晶が青い光を放っていた。

 これが、このダンジョンのコアだ。


「エンシェント・エルフ。お前が砕け」


 それをもって、彼女は俺の命令をすべて果たしたことになる。


「はい、ご主人様」


 エンシェント・エルフは頷くと、風の塊を叩き付け水晶を砕く。


【邪】の支配する魔物はすべて消えた。

 ダンジョンが揺れる。数時間後には、このダンジョンも消えていくだろう。


「予定だと水晶を砕いたあとは、転移陣をこの場に用意してすぐに、俺のダンジョンに転移する予定だったが……ダメそうだね」


 俺はエンシェント・エルフの手の中でぐったりとしているカラスの魔物に目を向ける。

 そう、転移を使える唯一の魔物であるこのカラスは、【邪】の魔王の罠にかかり、薬で半ば意識を失っていた。


「大丈夫です。あと十分ほどで正気に戻るはずです。アヴァロンのリンゴを食べさせましたし、体の中にじっくりと染みるように癒しの魔力を注いだので」


 それを聞いて一安心した。

 このまま走って戻るのは時間がかかりすぎる。

 カラスの回復に十分、転移陣の構築に五分といったところか。

 この十五分は大人しく待たないといけないだろう。


 ……なら、その時間を使って、エンシェント・エルフに褒美を与えよう。


「エンシェント・エルフ、今回はおまえのおかげでこの【邪】のダンジョンを攻略できた。ありがとう。そして、今までの功績と今回の活躍を踏まえて、今から俺はおまえに名を与え、【誓約の魔物】とする」


 エンシェント・エルフが息を呑む。

 そして、抱きかかえていたカラスの魔物を、妖狐に渡し、まっすぐと俺の目を見つめてきた。


「名前を与える前に、確認をさせてもらう。エンシェント・エルフ。おまえは【誓約の魔物】となり、生涯、俺と共にあり続け、共に戦い、共に笑い、共に涙する。その覚悟はあるか?」


 エンシェント・エルフがこくりと頷いた。


「もちろんです。私はご主人様のものです。ずっと一緒です。いやって言われても、傍に居続けます」


 うれしいことを言ってくれる。

 なら、俺も覚悟を決めよう。


「わかった。なら、おまえに名前を与える。エンシェント・エルフ。おまえに与える名前は、アウラだ」


 アウラ。

 それは風の女神の名であると同時に、輝きを意味する言葉。

 彼女には他のみんなを包み込み、照らしてほしい。

 その祈りを込めて、そう名付けた。


「アウラ……それが、私の名前。ありがとうございます。ご主人様。これから、私はアウラです」


 エンシェント・エルフは、アウラと何度か呟き、そして名前を受け入れた。

 その瞬間、俺とエンシェント・エルフの魂がつながる。

 彼女の力が流れ込んでくる。

 それだけじゃない。エンシェント・エルフの感情、心、そして彼女自身ですら知らない隠された能力。そういった情報も押し寄せてきた。


 クイナやロロノのように、アウラにも【誓約の魔物】になったことで初めて引き出された力があった。

 なるほど、だからこの子は星の化身というスキルを持っていたのか。


 そして、俺自身にも変化があった。

 体の奥底から力が漲ってくる。

 そして、クイナたちのスキルと魔術のいくつかが使えるようなったと、なぜか理解できた。


 三体の【誓約の魔物】が揃ったことで、ようやく魔王としての力を十全に振るえるようになった。

 おそらく、今の俺なら変動Aランクの魔物にすら遅れを取らない。


 力に酔いしれそうになる自分を御して、エンシェント・エルフのほうを見る。

 すると、彼女も俺と同じような状態だった。


「すごい、ご主人様の力が、心が、魂が流れ込んでくる。暖かい。クイナちゃんも、ロロノちゃんも、こんな気持ちをずっと味わっていたんですね。少し嫉妬です」


 ぼうっとした顔でエンシェント・エルフ……アウラがつぶやく。

 頬が上気して、色っぽい。

 彼女を正気に戻すために声をかける。


「アウラ、左手を出してくれないか?」


 それは、結局渡しそびれた指輪を渡すためだ。

 リンゴを模した紋章を彫り込んだプラチナリングに、エメラルドグリーンの翡翠をあしらった指輪。


 アウラもそれに気付いたのか、頬を赤くして左手を差し出してくる。

 彼女の左中指に指をはめた。

 左中指の指輪が意味するのは、邪気からの守りと協調性。

 ただの一体の魔物ではなく、幹部としてみんなを導く彼女には必要なものだ。


「これからは、よりいっそう頼らせてもらうよ。アウラ」

「はい! 私も今まで以上にずっとご主人様のために頑張ります」


 こうして、エンシェント・エルフにアウラという名前を与えることができた。

 カラスの魔物を見ると、いつの間にか起き上がり、ふらふらとしながら転移陣を描き始めた。


 この調子ならもうすぐアヴァロンに戻れるだろう。

 アウラたちが無事ということは、まだ水晶は砕かれていないことは間違いない。

 ワイトたちが持ちこたえられているか。

 それだけが、心配だった。

 そうして、焦る気持ちを押し殺しながら、じっと転移陣の完成を待っていた。

 


応援ありがとう! おかげで累計百位の壁を突破しました!!

本当にうれしいです。みなさまの応援に報いるように面白い作品を書いていきますよ!

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