第六話:悪魔の兵器
クイナたちから、一足遅れて出発した俺たちは、不気味な塔型のダンジョンを目指した。
俺の率いる第二部隊は、エンシェント・エルフを筆頭に、Bランクである妖狐とドワーフ・スミス、そして特殊な用途で使うグリフォン空爆部隊を引き連れ、切り札として、イミテートメダルで合成した魔物たちの中で鈍重だが強力な魔物たちを【収納】して持ち運んでいた。
グリフォン以外は銃を構え、いつでも撃てるようにしてあった。
グリフォン空爆部隊の背中には予備の弾薬をかなり積み込んでいるし、俺自身が【創造】で銃弾を補充できるので弾切れの心配はない。
出し惜しみせずに、全力で攻めるつもりだ。
白い部屋をあっという間に駆け抜けて、塔型のダンジョンに入る。
そこで、ぎょっとする。
石造りのただっぴろい空間に、数十体の悪魔や魔獣型が居たのだ。
魔物の見た目から、【邪】であることは間違いない。俺の予測が当たった。
もっとも予測が外れて、先に【鋼】をつぶすことになっても何の問題もないがなかったのだが。
「GYUAAAAAA!」
「BYAAAAAAA!」
悪魔や魔獣たちが一斉にこちらに向かってくる。
このただっぴろい空間は、大量に魔物を展開しやすくするための工夫だろう。
罠で戦力を削いだり、迷宮で時間稼ぎをするではなく、物量で押しつぶす。
まったく……なんて好都合なんだ。ずっと、試してみたかったあれを使うのにちょうどいい。
そして、ここにこれだけの魔物を展開しているという事実でおおよそ、【鋼】陣営の作戦の予想がついた。
俺は右手を上げる。攻撃の合図だ。
妖狐とドワーフ・スミスたちが、金属製の小さなパイナップルのようなものを投げる。
見た目の通り、そいつは通称でパイナップルと呼ばれている。正式名称は手榴弾だ。
もちろん、ただの手榴弾というわけではない。標準よりも一回り大きく、中の火薬は特性のミスリルパウダーにしてある。
使っているのがBランクたる妖狐やドワーフ・スミスたちの攻撃力補正もあり凶悪な威力となっていた。
威力重視で巨大化させた手榴弾は、重量が増し、投てき可能な距離は落ちているが妖狐とドワーフ・スミスの筋力があれば矢のような速さで悠々と三〇〇メートルは飛ぶ。
敵のど真ん中で爆発した手榴弾の爆風は半径数十メートルを吹き飛ばし、殺傷力のある無数のベアリングをまき散らした。
妖狐とドワーフ・スミスたちは次々に手榴弾を放りなげ、投げ終わったあとは、アサルトライフル、MK-417を手に取り制圧射撃を始める。
アサルトライフルにしては、大きめの口径である7.62mm弾を扱うアサルトライフルの威力は折り紙付きだ。
射程は五〇〇メートルほど。
数で圧倒的に勝っているはずの【邪】の魔王たちは高威力かつ連続で放たれる銃弾の脅威にさらされ思うように距離が詰められない。
とは言っても、数が違いすぎる。じわりじわりとわずかにだが敵の軍勢は近づいてきていた。
「エンシェント・エルフ、制空権はとれるか」
「ええ、この程度の数ならすぐに掃討できます」
地を這う魔物たちを妖狐とドワーフ・スミスたちが牽制しているなか、エンシェント・エルフは、次々に空を舞う魔物たちを撃ち落としていった。
彼女の主武装はアンチ・マテリアルライフル。
エルダー・ドワーフであるロロノが極限まで魔改造し、ただでさえ装甲車を打ち抜く化け物のような銃の威力がさらに上昇し、とんでもないことになっている。
そのとんでもない破壊力の銃弾で、エンシェント・エルフは超高精度の遠距離射撃を行う。
数キロ先の魔物を一寸の狂いなく撃ち抜くのだ。
それを可能にするのは、遠距離攻撃に強力な威力補正と命中補正がかかる【魔弾の射手】というスキル、加えてエンシェント・エルフの美しい翡翠色の瞳だ。
遠くを見渡せ、優れた動体視力を得る【千里眼】、一瞬先の世界を見通す【未来視】、霊や魔力の流れすら見抜く【霊視】、そのすべてを内包した反則じみた最強の魔眼の一つ【翡翠眼】。
さらに、風を支配する彼女の弾丸は風の影響を一切受けない。
初速から着弾まで、一切減速しない。
彼女が一発弾を放つごとに、空を飛ぶ【邪】の魔物が弾丸の餌食になりはじけ飛ぶ。貫通ではない。あまりの威力に文字通りはじけ飛ぶのだ。
おそらく、長距離戦でエンシェント・エルフにかなう魔物はこの世界には存在しないだろう。
「ご主人様、そろそろ空は支配できました。いつでも大丈夫ですよ」
「そうか。なら、そろそろ真打の登場と行こうか」
俺は指を鳴らす。
すると、グリフォン空爆部隊の面々が羽ばたき、舞い上がる。
今までのエンシェント・エルフたちの戦いはあくまで前座にすぎない。本番はこれからだ。
グリフォンたちは天井ぎりぎりを飛び、次々と一抱えはある金属筒を地面に向かって落としていく。
エンシェント・エルフが空を舞う魔物を駆逐し終わった以上、グリフォンを阻めるものは誰もいない。
グリフォンの落とした筒状のものは地面に激突すると共に爆発した。
それだけじゃない。広範囲に爆炎が広がり、そして燃え続ける。
そう、いつまでもいつまでも。
金属筒を落としたグリフォンたちが俺の命令通り、急いで戻ってきた。
「ご主人様、これ、なんですか? 普通の炎じゃないです。気持ち悪い」
自然を司るエンシェント・エルフがどこかおびえた様子で言葉を放った。
「ああ、普通の炎じゃない。あれは科学……いや、悪魔の炎だ」
その悪魔の炎を浴びているのが、悪魔型の魔物だというのだから笑えない冗談だ。
爆発と爆風を浴び、なお生き残った魔物の一体が体にまとわりつく炎を消そうと地面で転がりまわるが、炎はまったく消えない。絶叫をあげ、暴れまわりやがて息絶える。それでも炎は消えない。
別の場所では、炎に包まれ狂乱したとある魔物が、別の魔物の首を切り裂いて大量の返り血を浴びるが、それでも炎は消えない。
普通の炎ではありえない。
この炎を生み出した爆弾の正体は、いわゆるナパーム弾。
昼は美味しいパンを作る工場でスケルトンたちが夜にせっせと作っていたものだ。
「あの炎は一度燃えはじめたら最後、周囲の酸素がなくなるか、特殊な薬剤をかけないかぎり消えないんだ」
ナパーム弾は、ナフサを主成分とした増粘剤を添加してゼリー状にしたものを充填した油脂焼夷弾だ。一三〇〇度という超高温で燃焼し、広範囲を焼尽・破壊する。
何より性質が悪いのが、前述の通りけして消えないという特異性。
一度炎に包まれたら最後、死ぬまで焼かれ続ける。
「なんて、凶悪な。魔力でも、攻撃力でもない、こんな種類の強さもあるんですね」
「うん、思った以上の効果だね。これは使える。試せて良かったよ」
ナパーム弾を思いつき、作ってみたのはいいが、なかなか実験する機会に恵まれなかった。
今回の【戦争】で実験できたのは大きい。
これを作ったのは、ただの爆弾では威力が足らないと考えたからだ。
この世界の魔物も人間も異様に頑丈だ。爆風や爆発で吹き飛ばしたぐらいだと、死にはしない。
だが、このナパーム弾は違う。一三〇〇度という超高温で相手を死ぬまで、いや死んでも焼き続ける。
いくら頑丈な相手でも一たまりはない。
「思い出しました。この爆弾、確か地下に大量に用意してましたよね」
「万が一人間と敵対したときのための保険もかねてたくさん用意しているんだ。街一つ滅ぼすためにはあれぐらいいる」
もともと、このナパーム弾を作ろうと決めたのは、アヴァロンが人間に攻められたときに備えてだった。
なるべく、平和的に交渉するつもりだが、もし実力行使に出られれば、敵の軍隊をこんがり焼いて威力を見せ付けてから、いざとなれば街一つ簡単に焼き尽くせるという脅しに使うつもりだ。
ナパーム弾はあまりにも非人道的で、戦争ですら使用が禁止された悪魔の兵器だが、戦略差を埋めるためには、これぐらいは必要だろう。
「……できれば使いたくないですね」
「俺もそう思う。そろそろ行こうか。空を飛べばこの炎に巻き込まれない」
炎はいまだに燃え続けているが、もはや全ての【邪】の魔物は死に絶え、動くものはいない。
ナパーム弾が全てを焼き尽くしたのだ。
「この炎、どうすれば消えるんでしょう」
「放っておけば、この空間の酸素を燃やし尽くしてそのうち消えると思うよ。ダンジョンは不思議と生きるために必要なものが物理法則を無視して常に供給されるから、もしかしたら燃料が無くなるまでこのままかも。アヴァロンを攻めてくる敵の足止めにもなるし、このままにしておこうか」
エンシェント・エルフの周囲の空気は、常に清浄に保たれるから、俺たちは平然としていられるが、密閉区間でこんなものを使えば、あっというまに一酸化炭素中毒でお陀仏だ。
グリフォンたちに爆弾を投下したあとすぐに戻ってくるように告げたのは、そのためだ。
逆に言えば、見えない毒が満ちた空間は足止めにはちょうどいい。
そんなことを考えながら俺はグリフォンの背中に乗った。
妖狐と、ドワーフスミスもそれぞれヒポグリフの背中に乗っている。
これで安全に炎の海を越えられるだろう。
さあ、クイナたちに負けないように俺たちも頑張らなければ。
そうして、俺たちは第一フロアを突破していった。




